第26話 閑話:その頃、指導教官サルエルは。
具合の悪くなった女子生徒をレナードが救護室へと運ぶ。
そして同様にギルに抱かれ、救護室へ向かったイザベラを追い、専属護衛騎士のジョルジュも後からついて行く。
完全に出遅れてしまった指導教官サルエルだったが、何事もなく丸く収まって良かった良かったと、稽古場の周囲を見渡した。
朝稽古が終わってから始業時間までは、少し時間に余裕がある。
婚約者同士でたわむれる者、新しい出会いに喜ぶ者、早々に諦め教室へ戻って行く者……悲喜こもごもの展開が、指導教官サルエルの目の前に広がっていた。
ふと見ると、可愛らしい少女がポツンと一人、先程までイザベラがいた場所に取り残されている。
飾り気のない身なりから察するに平民だろうか、手にタオルを握りしめ、イザベラ達が去った救護室の方をじっと見つめていた。
レナードかギル、それとも既婚者であるジョルジュのいずれかに、片思いをしていたのかもしれない。
渡す相手がいなくなり、困っているのであれば……自分にくれたりはしないだろうか。
女性にまったく免疫のないサルエル。
様子を窺いながら、ジリジリと少女に近付いていく。
騎士団の後輩達には慕われるものの、強面のせいで女性には常に怯えられ、早二十五年……生まれてこの方、恋人がいたことなど一度もない。
これまでの生涯すべてを剣に捧げてきた王宮騎士団の誉れ高き騎士、サルエル。
少し年は離れているが、手に職あるし、同じ平民ならもしかしてチャンスがあるかもしれない。
独り身をこじらせた草食系騎士……指導教官サルエルは、ドキドキしながら少女へと近付いた。
「あ、あの……!」
思いきって話しかけてみると、少女がこちらに視線を向ける。
サルエルを至近距離で見た初対面の女性は、大抵小さく悲鳴を上げるか、目を逸らすのだが……その少女は物怖じせず、まっすぐに視線を返してくれる。
よく見ると可愛い……!
化粧っ気もなく粗末な恰好をしているが、これは磨けば光るタイプである。
独身彼女無し、仕事以外は家に帰って剣を振るだけの毎日。
花形職、高給取りの王宮騎士団なので、お金はもりもり貯まっている。
俺なら可愛い服とか、なんでも買ってあげるのに……!
悲しいかな、見た目には遠く及ばない草食系男子サルエル。
声をかけるなり固まったサルエルを前に、パメラは小首を傾げた。
せめて、せめてもの記念にタオルだけでも……!
サルエルの願いむなしく、少女は訝し気な顔をしながら、タオルを自分の首にかけてしまった。
「パメラ様、どなたにも渡さないのですか?」
「え、タオルをですか?」
婚約者と仲良さげにしていた令嬢が気付き、パメラと呼ばれたその少女に声をかけると、不思議そうに自分のタオルを握りしめる。
「シャネア様ったら、さすがは貴族令嬢ですね! いいですか? 私のような平民にとって日用品にかかる金額は負担が大きいのです。大事なタオルを他人にあげるなど、
「え、ではソレはなんのために……?」
「自分用に決まっているじゃないですか!」
じ、自分用だったのか。
それなら仕方ないな……。
ガッカリするサルエルの目に、救護室から戻って来たレナードが映る。
パメラと知り合いらしく、戻るなり気安げに声をかけた。
「お? パメラ、そのタオルは渡さないのか?」
「またその話ですか? ですから人様にプレゼントするほど、懐に余裕はありません! まったく……よく見てください。そもそもこんな使い古してくたびれたタオルをあげて、喜ぶ男性がいるとでも?」
レナードの目の前に少しほつれ気味のタオルを広げると、確かに使い込んだ雰囲気が否めない。
俺ならそれでも全然構わないのに……サルエルがじっと見守っていると、レナードがパメラのタオルをひょいっと奪い取った。
「じゃあ俺のと交換してやる。買ったばかりのリネンクロスだ」
自分の腰ひもに結び付けていた布をほどき、代わりとばかりにパメラの頭へふわりとかけると、パメラが驚いた顔で布に触れた。
「いいんですか!? 確かにこれは良いものです……なんだか得をした気分です」
「だろう? 大事にしてくれ」
上質なリネンに早変わりし、これは良いモノをもらったと満足げに去っていくパメラ。
ああいう方法もあるのかと感心して眺めていると、視線に気付いたのかパチリとレナードと目が合った。
「……よし、レナード。そのくたびれたタオルと、王宮騎士たる俺の高級品を交換してやろう」
「ええッ!? なぜですか!?」
「お前なら今後いくらでも、貰える機会があるだろう」
「はい!? いやいや、欲しければご自身で貰ってください。三日間限定イベントなので、あと二日は女子生徒達が来ますから!」
じりじりと距離をつめる指導教官サルエルに、警戒するレナード。
「それが出来たら苦労はしない……!」
校舎の周りをぐるりと散歩し、朝から幸せな時間を過ごしたギルとイザベラが戻ってくるまで。
パメラのタオルを賭けた攻防戦は、続くのであった――。
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