第9話 ご褒美とは別にイベントがあるようです
「……ギル様、ギル様」
昼休み、コンコンと叩かれた騎士科の窓を開けると、イザベラが窓下にちょこんと屈み顔を覗かせている。
公爵令嬢らしからぬ自由な行動は、イザベラ仕様。
正面から入ってくればいいのにといつも思うのだが、口さがない噂話をされた事があるのか、騎士科はあまり好きではないらしい。
お姿を見られるだけで充分ですと言われると、それはそれで嬉しいのだが、かといってオペラグラスで観察されるのもどうかと思い、最近はたまにお茶会がてらイザベラ専用ルームに足を運び、雑談に興じることも増えてきた。
「イザベラ様、どうされました?」
席から立ち上がり、窓下に屈むイザベラを覗き込むようにして視線を合わせると、「実は……」と困ったように眉を下げた。
「先日伺ったご褒美の件、もう少しお待ちいただいても宜しいですか?」
試験前、ギルが伝えた「頑張ったご褒美」についてまだ悩んでいたのかと思わずギルは口元を綻ばせる。
「勿論です。何か迷っている場合はいつでも相談してください」
「ありがとうございます。沢山あって、どれにしようか楽しく悩んでいるところです」
御褒美と言っても、相手はフランシス公爵家の御令嬢。
一介の学生、しかも貧乏伯爵家のギルに出来る事など高々知れている。
沢山あるらしいご褒美候補の内容が気になるところだが、それでも楽しく悩んでくれていると聞き、なにやら嬉しい気持ちになってしまう。
「俺に出来る範囲ではありますが、なるべくご要望に沿えるよう頑張ります」
「そのお言葉だけでも十分すぎるくらいなのですが、実を言いますとこのような機会を頂くのは初めてで、余計にどうしようか悩んでしまって……あの、適した段階とかもありますので」
そういえばシャツの匂いを嗅いでいた日に、そんな事を言っていた。
思い出したギルがクスリと笑うと、イザベラもつられて微笑み「お待たせして申し訳ありません」と小さく呟く。
こういう姿を見ていると、本当に普通の女の子なんだよなぁ。
はにかむイザベラを目に留め、ギルはふと思う、
騎士科の連中と比べて身分が高い訳ではなく、特段取り得もない自分に、こんなにも真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれる公爵令嬢。
本来であれば雲の上の人なのだが、誤解も解け、こうやって普通に話せるようになった。
好きかと言われるとまだ自信はないが、でも会う度に彼女の可愛らしい一面に気付く。
「では御褒美は決まり次第にして、それとは別に御都合が合えば、今度の週末一緒に出かけませんか? 大したことは出来ませんが、色々頂いた御礼がしたいです」
「一緒にお出掛け!? しかも、御褒美とは別にッ!?」
今までのお礼が全然出来ていなかったので、それではと誘うと、ギルの提案に驚いたのか窓枠に手をかけて立ち上がり、イザベラは前のめりで叫んだ。
ギルとイザベラのやり取りが気になって、知らぬふりをしながら実はこっそり聞き耳を立てていた騎士科の生徒達。
食い気味に叫ぶイザベラの勢いに皆振り返り、衝撃で目を大きく見開いたイザベラの姿に思わず震えあがる。
「是非! 是非ともご一緒させてくださいッ!」
「良かった、それでは後ほど改めてご連絡します。ちょうど商業者組合が主催するイベントが週末にあり、王都のメイン通りに沢山の屋台が立ち並びます。パメラの実家も出店するそうなので、途中で立ち寄りましょう」
「なっ、なんてこと!!」
嬉しさを隠しているのか、頬を上気させギリリと顔を強張らせる姿に、周囲の生徒達がゴクリと息を呑んだ。
この顔は……うーん、恐らく喜んでくれているのだろうなぁ。
一瞬慄きつつも、少し耐性の付いてきたギルは推し量るが、そんなこと知る由もないクラスメイト達は何をされるのかと、ただただ怯えるのみである。
「なんてことなの。大変な事になったわ……」
親の仇を前にしたかのように、険しい顔で考え込むイザベラ。
週末デートの件でもはや頭がいっぱいなのか、去り際の挨拶もそこそこに、何やら独り言ちながら特進科の教室へと帰って行く。
足元がおぼつかない様子を心配し、特進科まで送ろうかと窓枠に手をかけたギルを、植え込みから現れた専属護衛騎士が問題ないと手で制し、イザベラのもとへと駆けて行った。
「こわすぎる……」
静まり返る教室内で、ぼそりと誰かが呟く声が聞こえる。
それを合図に騒然とする中、誤解だと反論しようとしたギルの肩を、レナードが強く押さえ込んだ。
「この状況で否定したところで、誤解を招くだけだ」
「でもこのままでは」
「止めておけ。陰口を叩かれるのは日常茶飯事だと、ご本人も仰っていただろう。ここで揉めると後々お前の立場まで悪くなる。そんなこと、きっとイザベラ様も望んじゃいないぞ」
レナードに窘められ、納得のいかない心持ちで渋々呑み込んだギルを、同期のクラスメイト達が遠巻きに見ている。
特に何をしたわけではない。
驚いて嬉しくなって、考え込んだ――ただ、それだけなのに。
これでは正面から訪ねる気にならないだろうなと溜息を吐きつつ、つい最近まで同じように思っていた自分もまた同罪だなと、ギルはまたひとつ溜息を吐いた。
***
今度はなんだろう……。
騎士科の教室へ遊びにいったはずなのに、何やら考えこむように口元へと手を当て、小さく頷きながら歩くイザベラの姿が目に入る。
物思いにふけるその様子を、パメラは訝し気に見つめていた。
「パメラ、こちらへいらっしゃい」
特進科の扉口から声を掛けられ、パメラがやれやれと立ち上がると丁度始業のベルがなり、イザベラの脇からすり抜けるようにして教師が入って来る。
「でもイザベラ様、授業が始まってしまいます」
慌てて席へ戻ろうとしたパメラを睨み付けるイザベラ。
波を打ったように静まり返り、急に冷え込んだ教室で、教師は何事かと首を傾げてパメラを見た後、振り返りイザベラへ視線を向けギシリと固まった。
「……許可するから、行ってきなさい」
頼むから早く行ってくれと訴える教師とクラスメイト達。
パメラは溜息を吐いて教科書を閉じ、イザベラの元へと向かったのである。
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