第10話 一番質素なものを選んだ結果、こうなりました


 普段遠くに足を運ぶ機会の少ない市民たちにも、様々な特産品や地の料理に触れ、楽しむ機会を作って欲しい……王都のみならず、各領地からも広く出店が許されたこのイベントは、そんな思いで商業者組合が主催するものである。


 楽し気な音楽が方々から聞こえ、大勢の人で賑わうメイン通りから少し離れた待ち合わせ場所で、ギル他二名は呆然と立ち尽くしていた。


 曲線を組み合わせた王国の伝統的な文様に加え、格調高い装飾が施された外観。

 馬車の扉は黄金で縁取られ、中央にフランシス公爵家の紋章がこれでもかと主張している。


 こ、これは一体……?


 あの後、パメラとレナードが順番にイザベラルームへと呼び出され、作戦会議が行われたらしい。

 いきなり二人きりだと緊張して何を話したら良いか分からないので、最初だけでも付いてきてくれとイザベラに頼み込まれ、巻き込み事故的にいつものメンバーが同行することになったと聞いた。


 なおパメラは実家の屋台を手伝う予定があったため、イザベラが代替要員を派遣し、無理矢理同行を強制した。

 ギルとしては折角なので二人で……と思っていたのだが、申し訳ないとレナードに謝られ、イザベラが恥ずかしいなら仕方ないかと承諾する。


 御者が馬車を停めると、騎乗で同行した護衛騎士がふわりと優雅に馬から降りた。

 切り取られた芝居の一幕のようなその光景を、周囲の人々は息を呑んで見つめている。


 羽飾りがあしらわれた、つば広帽子。

 耳元にはサファイヤのイヤリングが揺れ、ゴールドと紺を基調としたワンピースには、花がモチーフの手刺繍が金糸で華やかに施されている。


 騎士のエスコートで地に降り立ったイザベラが周囲をぐるりと見廻すと、濃紺をベースに織りなされた装飾のリボンが、風に流れるようにフワリと揺れた。


 光を集めた先端のレースが、まるで夜空に輝く星々のように煌めいている。


「うお……ご、ごーじゃす……」

「なんですかこれ……」


 レナードとパメラが虚を突かれたように呟き、ギルは押し黙りゴクリと喉を鳴らした。


 え、俺達今から、あの人と出店を回るの!?

 目が潰れそうなんですけど?


 待ち合わせ五分前、まだ合流すらしていないのに、心がくじけそうになる三人。


 パメラは先日呼び出された時の事が、走馬灯のように脳裏に蘇った。


「二人きりで一日中一緒に過ごすだなんて、恥ずかしくて一体どうしたら……」

「大丈夫です、ギル様ならスマートにエスコートしてくださいます! それにほら、貴族令息であれば手慣れているだろうし、心配いりません」


「てっ、手慣れているッ!?」

「いえその、こ、こわい、睨まないでください! 街へ行くのが手慣れて……そう街へのお出掛けもお手の物、という意味です!!」


「……そういえば、パメラのご実家が出店されるとか」

「あ、はいそうです! 私も手伝う予定なので、是非来てください!!」


「そう……代替要員を一名派遣するわ。途中まででいいから、ついてらっしゃい」

「はい!? いえいえ、イザベラ様、デートは二人で行くものですよ。そんな無茶を」


「銀貨五枚よ」

「喜んで見守らせていただきます」


 こうしてデートの見守り要員として手を挙げたパメラ。

 一方レナードもまた同様に、思い出していた。


「当日何を着て行けばよいかしら? ギル様はどのような服装がお好きなの?」

「本人に聞けばよいのでは……な、なんですかその目は! 溜息まで!? ひ、ひど、そもそもあいつの家は貧乏なので、普段着は限りなく質素です。しかも今回行くのは街の出店。並んで歩くのであれば、いかにも貴族っぽい華美なものは避けたほうが無難です」


「なるほど……それではあまり装飾の付いていないワンピースなどが良いかもしれないわね」

「ああ、ワンピースを嫌いな男はいません。それがいいですね! 制服に毛が生えた程度で充分だと思います」


「でも折角ギル様とのお出掛けよ? オシャレもしたいわ」

「いいですか? 今回のイベントは平民も多く来ます。人目についてしまうとギルの性格上、周りに気を使って楽しめない可能性があります。地味に、そして目立たぬように。この二つが原則です」


「そう……残念だわ」

「少ないながら物取りもおりますので、豪華な宝飾品は避けてください」

「仕方ないわね……ああ、そうそう、話に困った時の賑やかしとして、レナードもついていらっしゃい」

「にぎやかし!?」


 こうしてパメラ同様、見守り要員にアサインされたレナード。


 護衛騎士を付き従えゆったりと歩む姿は優雅で、そこらの貴族には到底真似できない威厳に満ち溢れ、格の違いを感じさせる。


「ギル様! お待たせ致しました!!」


 ギルを見つけるや否や一転して頬を赤らめ、満面の微笑みを浮かべるイザベラに周囲の緊張がやっと解け、安堵の溜息がそこかしこで聞こえた。


「イザベラ様、華美な服装は避けた方が良いとお伝えしたはずですが」

「まぁレナード、何を言っているの? わたくしの手持ちで一番質素なものを選んだのよ?」

「人目につくとギルの性格上、周りに気を使ってしまうのでは、ともお伝えしましたが」

「……こんなに地味なのに!?」


 驚いて口元に当てるその手には、見るからに高そうなレースの手袋。


「こういうお姿を拝見すると、イザベラ様が国内最高峰の御令嬢である事を思い知らされますね」


 気が付けば周囲の視線はすべてイザベラ御一行様へと注がれている。

 パメラにまで溜息を吐かれ、沈黙を守るギルへとイザベラは心配そうに目を向けた。


 先程までの自信あふれる姿が嘘のようにしゅんとして、まるで親に怒られる前の子供のようである。


 申し訳ないと思っているんだろうな。

 チラチラを様子を窺う姿に思わず吹き出しそうになりながら、ギルは一歩前へ出た。


「人目が気にならないと言えば噓になりますが、イザベラ様らしくて、これもまた良いと思います。……とてもよくお似合いです」

「まぁ! お似合いだなんてそんな……ギル様もとても素敵です」


 なんとなく丸く収まったところで、それでは早速と四人は歩き出したのである。




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