第33話 イザベラ様の恋愛相談室(1/2)
学園長公認、高級感溢れるラグジュアリールーム。
豪奢な調度品に囲まれ、赤い革張りのソファーに仲良く並んで腰を掛ける恋人達……。
久しぶりに訪れた平穏な日々を、イザベラは心行くまで楽しんでいた。
フランシス公爵家、特製スパイス入りクッキーは、いつもの二倍高くお皿に積まれている。
放課後の訓練を終えたギルが手を伸ばそうとしたところで、イザベラがそっと制止した。
「ギル様、本日は新作があるのですよ」
こぼれんばかりの微笑みを浮かべながら、中央にある少し緑がかったクッキーを手に取る。
「栄養価の高いナッツを砕いて混ぜました。とても身体に良いので、是非召し上がってください」
「ありがとう、自分で……」
「まぁそんな。折角ですので、わたくしが」
「え? いやそんな、自分で」
「……ギル様?」
「じゃ、じゃあ……」
最期は有無を言わせず、口元に向かって嬉しそうに差し出すイザベラ。
ギルは恥ずかしそうに顔を赤らめて、イザベラが手ずから食べさせるため差し出したクッキーを、パクリと食べた。
「お味のほうは如何ですか? ギル様のお口に合いまして?」
「う、美味かったです」
「まぁ、良かった! 実はその、わたくしも少しお手伝いをしたのです」
先日のお誕生会の一件が余程嬉しかったのだろう。
あのイザベラがお菓子作りを手伝ったと聞き、ギルが驚きに目を瞠る。
「これを、イザベラが作った……?」
「はい。ナッツの薄皮をいくつか剥かせていただきました」
大変だったのですが頑張りました、とキラキラしい眼差しを向ける公爵令嬢。
イザベラにお願いされ、フランシス公爵家の料理人もさぞ困ったことだろう。
生地を混ぜるような力仕事をさせるわけにもいかず、かといってなるべく手を汚させない工程が好ましい。
結果、ナッツの殻を取った後に残る、『ちょっぴり張り付いた薄皮を剥く係』に任命されたようだ。
「ああ、本当だ。指先が少し赤くなってる気がする。大変だったねイザベラ……ありがとう」
「いえ、そんな、ギル様のためですもの」
数個薄皮を剥いた程度で指先が赤くなるわけがないのだが、ギルが優しく指先に触れる。
大きな手に指先を包まれて、イザベラは嬉しさに頬を染め、満足げに俯いた。
ほわんと空気が桃色に染まり、二人が座るソファーの周りに薔薇が飛ぶ。
二人きりならまだ良いのだが、室内にはご機嫌で見守るジョルジュと、気まずそうに目を逸らしながら、ひそひそと話すレナードとパメラがいた。
「ギル様、ちょっとイザベラ様に甘すぎやしませんか? 薄皮程度で指が赤くなるはずがないでしょう」
「可愛くて仕方がないんだろ。もう駄目だアイツは。俺達とは違うステージに進んでしまった」
「公開告白で何かが吹っ切れた感じも否めませんが……私、もう帰っていいですか?」
「待てパメラ。まさかここに俺を一人で置いていく気じゃないだろうな!?」
耐え兼ねた二人が窓の外へと目を向けると、見たことのある令嬢が一人、佇んでいた。
特進科の……いつも部屋の隅にいる目立たないグループの女子生徒。
イザベラとはあまり交流が無く、お誕生会には来ていなかったメンバーである。
パメラの視線に気付き、イザベラも窓へと目を向けた。
恋人だろうか、同じく交流のない特進科の男子生徒と二人で何やら話をしている。
言い合いをしているのだろうか、女性生徒が何かを言われ、ゴシ……と涙をぬぐうように手の甲で目を擦った。
「……泣いているのかしら?」
「そう見えますね。恋人と何かあったのかもしれませんね」
「そう……皆、つらい恋をしているのね」
イザベラの問いにパメラが答えると、眉をひそめる。
「女性同士でしたら、お力になれるかしら? ギル様、名残惜しいですが本日のお茶会はこれにて終了とさせていただきます」
残念そうにギル達を見送り、お茶会を終えた部屋にはイザベラとジョルジュ、パメラを残すのみとなる。
「それでは私もお暇を……」
「パメラ」
そそくさと逃げようとしたパメラを呼び止め、イザベラは高らかに告げた。
「あの方々をこちらへ。素晴らしい恋人を得たこのわたくしが、相談に乗ってさしあげるわ」
自信満々に微笑むイザベラ。
もはやギルとの婚約については、なんの憂いもない。
すべてを手にした彼女は、自分の幸せを誰かにおすそ分けしたかった。
急遽始まった『イザベラ様の恋愛相談室』。
そう。
恋愛マスターを自称する彼女は、誰かの恋愛相談に乗ってみたかったのである。
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