第34話 イザベラ様の恋愛相談室(2/2)


「男女混じっての食事会……?」


 訝しげに問いかけたイザベラの圧に怯え、初めてイザベラと話す特進科の女子生徒は、小さく悲鳴を上げた。


 先日、婚約者や恋人のいない生徒達の『出会いの場』として設けられた、タオル手渡しイベントが大好評を博し、見事数組のカップルが誕生した。


 実はあの後も、騎士科と特進科でたまに交流が行われ、メンバーを変えて食事会が催されているらしい。


「幹事は私の婚約者です。可愛らしいご令嬢と楽しげにお話をされていて……。それだけならともかく、私の誘いを断り、二人きりでデートまでしていたのです」

「……許しがたいクソ野郎ですね!!」


 高位の貴族令息と縁を持ちたいのは、どの令嬢も同じこと。


 そんな令嬢たちの想いを利用して、とある貴族令息が浮気相手を物色していると聞き、イザベラの眼光が鋭くなる。


「これは大問題ですね。崇高な出会いの場が、浮気相手を探す下賤な会に成り下がっているじゃないですか」

「なんて……破廉恥な……ッ!!」


 婚約者がいながら相手を変えて遊んでいると聞き、イザベラはギリィッと唇を嚙み締めた。


 しょんぼりと肩を落とす女子生徒を気遣うように、パメラがその背に手を置き、少し気持ちを落ち着けたらどうかとお茶を薦めている。


「イザベラ様、どうされますか? 野放しにしておくと危険です」


 訴えるように告げるパメラへ、イザベラはゆっくりと頷いた。


 特進科を代表する貴族として、これを見過ごすわけにはいかない……決意とともにジョルジュへ視線を向けると、なぜだかワクワクと目を輝かせている。


「……ジョルジュ、物理的制裁はしないからお前の出番はないわよ?」


 だって独身男女が入り乱れる破廉恥な『食事会』なのでしょう?


 イザベラは困ったように頬に手を当て、「客観的に判断するには情報が必要だわ。敵情視察はしたいわよねぇ……?」と物言いたげに視線を巡らせる。


「でも困ったわ。わたくしにはギル様という心に決めた方がいるのに」


 どこかに条件に合う、恋人も婚約者もいない特進科の女子生徒はいないかしら?


 嫌な予感がしたのだろうか、激怒していたパメラはビクリと肩を震わせた。

 呟くイザベラのみならず、ジョルジュの視線まで一身に浴び、パメラが一歩後退る。


 ふとパメラの瞳に、先ほどまで嘆いていた女子生徒の、期待に満ちた顔が映り込んだ。


「い……嫌ですよ! 私だって年頃の可憐な乙女なんですから! そんな訳の分からない集いに顔を出すなんて、絶対嫌ですからね!!」


 わーわーと全力で騒ぎ出す様子に、「さすがに可哀想かしら?」とイザベラは一瞬迷うが、メンタルの強さといい、頭の回転の速さといい、どうみてもパメラが適役である。


「これは特別手当が必要ね」

「……!!」


 イザベラがちらつかせた伝家の宝刀にヒュッと息を呑み、パメラは一瞬で押し黙った。


 パメラの扱いは手慣れたもの……輝くコインを積めば積むほど、彼女のやる気は漲るのだ。


「諸経費込みの美味しい食事付きよ。ああそうそう、服も必要だから、わたくしがよく行く店で急ぎあつらえなければ」


 おめかし用の服が一着しかないとパメラが嘆いていたのを、イザベラはしっかりと覚えている。


 それもフランシス侯爵家御用達の店ともなれば、格式高く、庶民は一生手に入れることが出来ないであろう最高級の仕立服である。


 どれほど金を積んでも、予約すら取らせてもらえない……まさにお値段以上、一着作れば、就職活動や公式な場にも長く着ていける超優れものなのだ。


「拘束時間は一時間くらいかしら? 経費別払いで銀貨三十枚……?」


 その声に引き寄せられるように、パメラがスススと近寄ってくる。

 自称『年頃の可憐な乙女』は、今や目を爛々と輝かせながら、激しく金勘定をしていた。


 もう一声! そんな叫びが聞こえてきそうなほど、期待に満ちた眼差しをイザベラへと向けている。


「……そうね、銀貨四十枚、といったところかしらね」


 これでどうかしら?

 ちょうどいい落としどころではないかとパメラを見やると、明らかに頬が緩んでいる。


 想定外の臨時収入に笑いが止まらないのだろう。

 一歩足を踏み出せば届きそうなほどイザベラの近くに控え、笑いを堪えるのに必死である。


「悩める淑女を救う役、このパメラがしかと承りました! ついでに恋人の一人や二人、作ってきてやりますよ!!」

「……お前のそういうところ、わたくしは大好きよ」

「お褒めいただき光栄です! ですが平民なのに参加してもいいんですか?」

「安心なさい。もし困ったら、場合によってはわたくしも参加してあげるわ」


 豪奢な扇をあおぐ姿は貫禄をそなえ、どこまでも従いたくなるような頼りがいに満ちている。


 女子生徒の期待を受け、パメラは人生初の出会い系『食事会』に参加することを決意したのである。



 ***



 イザベラに別れを告げた後、忘れ物を取りに来たギルとレナードは、廊下で呆然と佇んでいた。


『独身男女が入り乱れる破廉恥な『食事会』なのでしょう?』


 独身男女が入り乱れる破廉恥な『食事会』?

 なにそれ……!?


 窓から吹き込む風に乗って、微かに耳へと届く声。

 扉を開けようとギルが手を伸ばした直前、困ったようなイザベラの声が耳へと届いた。


『ついでに恋人の一人や二人、作ってきてやりますよ!!』


 元気なパメラの声に、ギルの後ろにいたレナードもビシリと固まる。


 一体何の話をしてるんだ……?

 二人で顔を見合わせていると、追い打ちをかけるようにイザベラが『わたくしも参加してあげるわ』と宣言した。


 途切れ途切れの声に、扉へ耳をつけるようにして聞き耳を立てていた二人の男子生徒は、仰天して剣を取り落としそうになる。


 独身男女が入り乱れる破廉恥な『食事会』に、パメラが恋人を作りに参加する?


 しかもイザベラまで――!?


「……え? どういうこと!?」

「俺が知るか!」

「パメラはまだしもイザベラが……?」


 ついさっきまで、あんなに大好きオーラを醸し出していたのに、何故そんな怪しい食事会に?


 青褪めるギルの腕を引き、二人はふらつく足取りで寮へと戻った。


 そのままレナードの部屋へと突入したギルは、ショックのあまりテーブルに突っ伏し、「イザベラはそんなことしない」と自分に言い聞かせるように繰り返している。


「侯爵家のノイマンが、定期的に女子生徒と食事会を催していると聞く。俺達の聞き間違いならいいが、そうでないなら見過ごす訳にはいかない」

「ノイマン……? 婚約者がいるのに?」

「どうするギル、行くか? 二人ともああ見えて純粋だから、コロリと騙されてしまいそうだ」


 山籠もり合宿には参加していない、一学年上の……騎士科二年の男子生徒。


 ギル達と交流はなく、名前だけ知っている程度の仲である。


「……行く」


 突っ伏した腕の隙間から、ギルはぼそりと呟いた。


 どういうつもりかは知らないし、ジョルジュがいるから大丈夫だと思いたいが、あまり良い評判を聞かない……何かあっては一大事である。


「なら参加者にわたりをつけておくから、二人で参加しよう」


 出会いを求める破廉恥な『食事会』。

 かくして二人の男は参加を決意したのである――。





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