第35話 皆様そろい踏みですね


 件の侯爵令息ノイマンは、苛立ちながら膝をゆすっていた。


 地味な伯爵令嬢との婚約に我慢して、公式の場であれだけ合わせてやっているというのに感謝もなく、息抜きに他の令嬢とちょこっと遊んだだけで泣き出す始末。


 現地集合、四対四の『食事会』のハズなのに、開始五分を過ぎても自分一人しかいないとは、どういうことだ!?。


 この俺を待たせるとはいい度胸だ。

 だが所詮は余りもの……大した令嬢も来ないし、この遊びもそろそろ終わりかな……そんなことを思っていた矢先、やっと女生徒が一人やって来た。


 微笑みを浮かべるその少女に、目が釘付けになる。

 身分も容姿も自分以下の令息しか呼んでおらず、今日も独り勝ちの予定だったが……こんな可愛い子、うちの学園にいたか?


「特進科のメラと申します。あれっ、まだお一人しか来ていないのですね!」


 聞いたことのない名前の美少女は、お腹が減っているのだろうか。

 メニューを手に取り注文するや否や、運ばれてきた食事をすごい勢いで平らげていく。


 あまり長くない髪を結い上げ、レースをあしらった花飾りが耳元を華やかに飾り立てる。


 貴族令嬢にしては珍しく、ほんのりと日焼けした肌は健康的で、クルクルとよく動く表情に合わせて気の強そうな瞳が輝き、まるで猫のように可愛らしかった。


「騎士科の朝稽古でお姿を拝見したことがあります。とても素敵でした……ノイマン様、とお名前でお呼びしてもよろしいですか?」


 なんだ、俺のファンだったのか。

 一気に気分が急上昇し、ノイマンは優越感に鼻をひくつかせた。


「勿論だ。メラ嬢はどちらの家門か聞いてもいいかな?」

「ん――、本日は内緒の集まりと伺っていますので、秘密です!」


 秘密でもなんら差支えは無い。

 甘えるように小首を傾げる姿も可憐な上、しかも自分のファンということは、最初からその気なのだろうと口元が緩みっぱなしになる。


「そうか、まぁそれならよいが……今日は気分がいい。俺の驕りだから、好きな物をいくらでも頼むといい」


 ワインの品揃えも豊富な少し高めのお洒落なレストラン。

 とはいえ庶民も出入りが出来る程度の店なので、お腹いっぱい食べても高々知れている。


 ノイマンの言葉に、「わあぁ嬉しいです! ありがとうございます!!」といちいち感激するメラがまた可愛くて、ノイマンは『食事会』開始十分で席替えを提案した。


 正面席から移動させ、隣に侍らせると、メラは嬉しそうにワインを注いでくれる。

 久しぶりのに胸をときめかせながら、早速メラの手に触れようとすると、「キャッ」と小さく叫んで手を引っ込める。


 ぐっ、くそう……なんて可憐な……。

 続けて指を握ろうとしたその時、遅れて来たもう一人の令嬢が現れた。


 斜め前に座ったのは、見覚えのあるご令嬢……伯爵令嬢のシャネア。


 確か婚約者がいたはずだが何故こんな場所に? と思わなくもないが、それはノイマンも一緒なので仕方ない。


「メラ嬢、今度俺と二人でどこかに行かないか?」


 シャネアに自己紹介をされるが、他の令嬢なんて目に入らない。

 気を取り直してデートに誘うと、それはそれは嬉しそうに上目遣いで見つめてくる。


 なんだもう俺に夢中じゃないか。

 にやけっぱなしでメラを眺めていると、続けてもう一人……地味なワンピースに身を包んだ令嬢が現れた。


「お、お前……ッ!? おいエレナ、なんでお前がここにいるんだッ!? つけてきたのか!?」


 よりによって婚約者がこの場に現れるとは……!?

 そもそも八人での食事会なのにまだ半分しか来ていない上、そのうち一人が婚約者って、どういうこと!?


 頭に血が上り、エレナに文句を言おうとしたその時、参加男性が座るはずの席にドカリと座ったのは…なんとフランシス侯爵家の騎士ジョルジュ・グラハムだった。


「な、なぜ貴方がここに!?」

「参加するからに決まってるだろう? 俺の前で、か弱き婦女子に暴言を吐くことは許さんぞ?」


 好戦的な眼差しを向けられ、今にも剣を抜いて暴れだしそうな気配にノイマンは縮み上がる。


 そもそも生徒同士が集まる場に……なんで既婚者のグラハム卿が!?


 抜群の知名度と実力、人気は他の追随を許さない……しまったこれでは自分が霞んでしまうと心配になってメラを見ると、ジョルジュには目もくれず、食らいつくようにしてメニュー表を見ている。


 ……まだ食うの?

 どんだけ腹が減ってるんだ!?


 実は物凄い貧乏なのかと思いドレスを見るが、糸が密に織り込まれた滑らかなサテン生地のドレスは、どこからどう見ても一級品であり、漏れる陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


 やっぱり可愛い……婚約者のエレナがいると邪魔なので、今日はもう終わりにして、この子と二人で仕切り直したほうがようさそうだ。


「メラ、俺とこの後、どこか二人で行かないか?」

「え? 始まったばかりですし、まだ全然参加者が揃っていないですよ?」

「男性メンバーも足りないし、今日はもうお開きにしよう」


 正面でエレナが息を呑む音が聞こえるが、もうどうでもいい。


 破談になるなら望むところ……何ならこの子に挿げ替えたい。

 そっとメラの手を握ろうと指を伸ばしたところで、突然店内にざわめきが拡がった。


「イザベラ様!」


 嬉しそうに手を振るメラの視線の先には――まさかのイザベラ・フランシス。


 なぜこんな店にイザベラが――!?

 ゆったりと歩く姿は余裕に満ち満ちて、格の違いを見せつける。


 そして何故か『食事会』の女性席に腰を掛け、鋭い眼差しを向けてきた。


「イザベラ様、もう今日はお開きにするみたいですよ?」

「まぁ、そうなの? 来たばかりなのに? ……わたくしに今すぐ帰れと、そう仰っているのかしら?」

「いえ、そんな滅相もございません!」


 ギロリと睨まれ、ノイマンは手の震えを必死に押さえた。

 帰ってくれるなら嬉しい限りだが、かのイザベラ相手にそんなことを言える訳がない。


「なんとノイマン様が、好きな物を好きなだけ御馳走してくださるそうですよ!」

「ええっ!? メラ、ちょ、待っ」

「……そう。では、何を頼もうかしら?」


 フランシス公爵家のご令嬢がこんな店で何を頼む気だと驚愕に目を見張っていると、イザベラはメニューに目を通すことなく店員へ視線を送った。


 青褪めた店員を押しのけて、店長だろうか、責任者っぽい年配の男が慌ててやってくる。


「アルリーゼの貴腐ワインを持ってらっしゃい」

「……承知しました」


 アルリーゼの貴腐ワイン!?

 何言ってるんだ、そんなの、こんな店にあるわけないだろう!?


 だが注文を受けるなり、責任者が店外に駆けていく。

 まさかどこかに買いに行かせる気なのか!?


 輸入本数は年間わずか百本余り、そもそも手に入れることすら難しい、アルリーゼの貴腐ワイン。


 希少価値が高く、十五年以上熟成させた最高級品は、金貨一枚にも匹敵する。


「さぁ次は何を頼もうかしら? こういったお店で食事をするのは初めてだから、迷ってしまうわね」


 いや、だからメニューを見ろ!

 好きな物を好きなだけって、そういう意味じゃなく、メニューから選んでって話で……。


「なんでもノイマン様は、食事会で気に入った女性に声を掛けるのだとか。今日は一体誰に声を掛けるのかしら?」

「イザベラ様、よくご存じですね! この後二人きりで、どこかに行きたいって仰っていました!」

「きっとイザベラ様だわ」

「悔しいですが、お譲りします」


 おい、メラ何言ってんだ。

 シャネア、お前の目は節穴か?

 でもってエレナ、何を譲る気だ!?


「無論、この中で一番尊い女性が選ばれる。……つまり、イザベラ様だな」


 ノイマンの背中から、ドバっと汗が噴き出した。

 イザベラと二人きりなど、舎弟のように付き従う自分の未来しか見えない。


 と、いうよりまだ男性席が二つも空いているのに、あいつら一体いつになったら来るんだ!?


 助け舟を探して挙動不審に辺りを見回していると、見覚えのある二人組が歩み寄り、空いた座席に手を掛けた。



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