第20話 パメラよ。お前もコソコソ、何をしておる?


「イザベラ様、お納めください」


 山籠もり合宿前日の放課後。

 日中慌しく騎士科の校舎を行き来し、パメラがこそこそと何かをしているのには気付いていたのだが……。


「あら、何かしら?」


 懐からおもむろに取り出し、恭しく差し出されたのは、クルクルと丸められた紙の束。


 得意満面で褒められ待ちのパメラに、イザベラは首を傾げながら受け取った。


「……誓約書?」

「はい! 相手は仮にも貴族。フランシス公爵家といえど、後々面倒なことになると困ります! それ故ジョルジュ様監修のもと、参加希望者には事前に誓約書を書かせ、つい先程全員分を受領しました!」


 よりにもよってジョルジュ監修……相当厳しい内容になっているに違いないと、イザベラは誓約書を広げて目を丸くした。


「生死に係る傷病によらず、一切を自己責任とする……?」

「はい! 死ぬか生きるかは、すべて熊にお任せです!」


 一行目から随分と物騒だが、これについては口頭でも伝えている。


「稽古に使用する剣と、衣類以外のすべての持ち込みを禁じる……」

「もちろん、イザベラ様が仰ったとおり食料も不可です! さすがに少し心配だったので、念のためジョルジ様に確認をし、これについても快諾を得ております!」


 フランシス公爵家の新人騎士も、同様の条件で一ヶ月稽古合宿をおこない、毎年問題なく乗り切っているらしい。


「川魚も取れるし、問題ないとジョルジュ様も仰っていました!」

「そう……ジョルジュが言うなら間違いないわ」


 イザベラの言葉を受け、教室の少し離れたところでジョルジュが嬉しそうに肩を揺らす。


「最後はこれです! 一番大事な誓約については、直筆で書かせました!!」


 この誓約書がある限り、いかなるギャフンも我々は合法的に許されるのです! と大威張りのパメラ。


「違反した場合はいかなる処分もお受けします……? ふふふ、よくやったわパメラ。訓練場所を見下ろせる公爵家自慢の別荘があるから、お前もいらっしゃい。……ジョルジュ!」

「はい! 店の手伝いをするパメラ様の代替要員を、急ぎ一名手配致します」


 白羽の矢が立ったのは、先日、商業者組合が主催するイベントで串焼きを売り、大好評を博したパメラの代替要員。


 フランシス公爵家勤務、見目麗しい青年の今後一ヶ月のスケジュールが、本人の知らないところで急遽埋まった。


「えっ、いいんですか!? うわぁ、別荘なんて初めてで楽しみです……!」

「それは良かったわ。ジョルジュ、もしこれについて文句を言う者がいたら、わたくしの滞在する別荘を案内しなさい。いくらでも話を聞いて差し上げるわ」

「承知しました。参加者達にも伝えておきます」


 フランシス公爵家に文句が言える者など、いるとは思えない。


 ……だが返り討ちの準備はできている。


「明日が待ち遠しい! こんなに楽しみな休暇は初めてです!」


 はしゃぐパメラに、凶悪な顔で口元を綻ばせる主従……イザベラとジョルジュ。


 だがジョルジュ監修……その手に持つ誓約書の束に、ギルとレナードの署名が含まれていたことなど、その時の二人は知る由もなかったのである――。



 *****



 長期休暇に突入し、山籠もり合宿に参加するギル達とは別行動で、別荘に向かったフランシス公爵家御一行様。


「御覧なさい、パメラ。木々の緑がとても美しいわ」

「本当ですね! ハァハァ、こ、木漏れ日も、まるで光のカーテンのようです!」


 さわさわと風に揺れる木々の葉音が、耳に心地良い。


 周囲を見回し、パメラが感嘆の息を漏らした。


「これくらいで息が上がるなんて……パメラは少し運動不足なのではなくって?」

「昔は軽々登っていたのですが、最近確かに勉強ばかりで、体力が落ちたのかもしれません」


 山麓の整備された登山道を超え、少し険しい道が続く山腹へと差しかかる。


 あらかた別荘に準備されているため、荷物が少なくて済んだのはありがたいが……思っていたよりも険しい道のりにパメラは弾む息を整えた。


「……そう。運動不足は健康に良くないわ」


 これからはしっかりと運動なさいと助言をし、イザベラは再び目を上向ける。


「まぁ! 小鳥の声が聞こえるわ!! なんの鳥かしら?」

「な、なんでしょう……ハァハァ、ヤマガラでしょうか」


 護衛騎士の肩を叩き、嬉しそうに問いかけると、呼応するようにまた小鳥の声が聞こえた。


 ジョルジュがいないため、本日より一ヶ月は、別の騎士が三名体制でイザベラの警護にあたる。


 屈強なはずの護衛騎士……だが先程からゼェゼェと息を切らしている。


「お、おも……」


 思わず漏らした一言に、イザベラが護衛騎士をギロリと睨みつけた。


「……おも?」

「いえ、ちっ、違うんです! 面白い話でもしようかと!!」


 大慌てで訂正し、苦しそうにゴホゴホと咳込む護衛騎士……その両腕には、イザベラがお姫様抱っこされている。


「……そう、構わないわ。始めなさい」

「ええッ!? ええと……」


 歩く気のないフランシス公爵令嬢は、「楽しみだわ」と一言漏らすと、ゴージャスな扇子でパタパタとあおぎ始めた。


「えええ……」


 震える腕に、ゼェゼェと上がる息。

 こんな状態で面白い話などできるはずもなく、助けを求めるように他の護衛騎士へと視線を向けるが、そっと目を逸らされる。


 一番体力がありそうだというイザベラ目線で指名されたこの騎士は、青褪めながらも面白い話を絞り出そうと、額に汗して考えた。


 ……常日頃からイザベラを甘やかすジョルジュが、足を痛めては良くないからと毎回抱っこし、息も切らさず山腹の別荘まで軽々運ぶこのイベント。


 主人を愛してやまない専属イケメン護衛騎士、ジョルジュ・グラハム。


 過保護なこの男は、イザベラが物心付いた時から、山道は運んでもらうものだと教え、役得とばかりにお姫様抱っこを強要してきたのである。


 労わるような皆の視線を全身に浴びながら、「抱っこするか面白い話をするか、どっちでもいいから代わってくれ……!」と目で訴える、ジョルジュ代理の護衛騎士。


 あまりに必死すぎるその形相を憐れに思い、パメラが『面白い話』係を引き取ったのは、実にこの三分後のことであった――。






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