第21話 野生化したのはジョルジュのせい(1/3)


「死ぬ気で挑む者にのみに許されたこの訓練は、俺が忠誠を誓うイザベラ様の慈悲により、特別に許可されたものである」


 フランシス公爵家が保有する『ククリ山』の訓練地。


 騎士科一年、総勢二十名が参加することになったこの訓練に、ジョルジュはこれまでにないほどの気合いをもって臨んでいた。


「もう一度言う、お前らが口さがない戯言ざれごとで傷つけた、イザベラ様の慈悲によるものだ!」


 その強い視線を受け、訓練生達は思わず敵に相対したかのように身構えた。


「ひよっこ同然の有象無象に、無償で訓練地を解放してくださったフランシス公爵閣下に感謝をすることだな……!」


 ジョルジュが握りしめる稽古用の木剣から、ミシミシと今にも割れそうな異音が聞こえる。


「だが命を懸けて鍛錬しようとするその心意気や良し! これより一ヶ月、技のみならず腐った性根も、俺がともに鍛え直してやる!」


 檄を飛ばし、仁王立ちで腕を組むジョルジュの迫力に、訓練生達は緊張のあまりゴクリと喉を鳴らしたのであった――。



 *****



 朝陽が昇る前から目を覚まして、剣を振る。


 その後は日替わりで、『植物採取班』、川に仕掛け網を設置する『川魚捕獲班』、小動物を捕獲する『狩猟班』の三班に分かれ、各々力を合わせて食事の準備をした。


 一番大変なのは『狩猟班』である。

 石や倒木が邪魔をして、満足に歩くことすら儘ならない獣道で小動物を狙わなければならない。


 障害物を縫うようにして夜のうちに設置した『くくり罠』に、小動物がかかっている日は、わっと歓声があがる。


 そしてパンすらない簡素な朝食を終えると、また訓練に入るのだ。


「なんでしょうね(もぐもぐ)、洗練された貴族令息だったはずが、段々と野生じみてきましたね(もぐもぐ)」


 リスのように口いっぱいに食べ物をつめながら、パメラが感嘆の息を漏らすと、イザベラの頬がピクリと動いた。


「いやはやジョルジュ様の手腕と言いますか、これなら平民になっても辺境の森を余裕で生き抜けそうです」


 よかったよかった……何が良かったのかは分からないが、呟くパメラの前には、焼き立てのふわふわパンに、旬のオードブル盛合わせ。


 じっくりと焼き上げた鹿肉のローストは旨味が凝縮され、柔らかな食感が相まって頬が落ちそうになるほど美味である。


「パンだけでもとんでもなく美味しいのですが、ひよこ豆のクリームスープと合わせると優しい味が際立ち、これまた絶品ですね!」

「パメラ、食事中に覗くのはおやめなさい。お行儀が悪いわよ?」


 フランシス公爵家お抱えシェフのランチに舌鼓を打ちながら、借りたオペラグラスで騎士科の訓練生達の様子を窺っていると、イザベラにチクリと注意をされてしまう。


「そうは仰いましてもイザベラ様。すでに半分以上の工程を消化した彼らの野生化に、私は興味津々なんです」


 ギルの誓約書があることに気付かず、他の令息達と同じ条件で訓練を開始してしまったため、慌ててジョルジュに直談判したのだが……そこは鬼教官ジョルジュ。


『苦しみなくして成長は無い』『男に二言は無い』とあえなく却下されてしまった。


 葉っぱの上に寝ると虫に刺されるため、かゆそうにしているギルを見兼ねたイザベラが特別に全員へ布を支給した。


 ジョルジュ指導のもと、木々を集めて建てた野営テントは不格好だが、今では彼らの憩いの場となっているようで、「日に日に野生化していく男達の経過観察をするにはもってこいだった」と、のちにパメラは語る。


 毎日パメラが舌鼓を打つ、公爵家特製『豪華なランチ』とは対照的に、自給自足で簡素な昼食を終えた彼らはまた、午後に過酷な筋肉トレーニングを実施するのだ。


 とはいえ、筋肉の疲労や損傷を回復するため、数日おきに休息を設ける必要がある。休息日はジョルジュから技術論を学び、意見交換と考察を重ね、技術面を磨いた。


「イザベラ様、ご覧ください! 山籠もり前は『俗欲』に塗れた顔をしていた愚か者達ですが、まるで憑き物が落ちたかのように良い顔になってきました!」

「そうかしら……?」

「そうですよ! ギラギラと欲まみれの顔をしているのは、ジョルジュ様くらいです!」


 食事を終えたイザベラが、お気に入りのオペラグラスで訓練地を覗くと、サボる奴は許さないとばかりに恫喝するジョルジュの姿が目に入る。


 その時、パメラの視界の端に門をくぐる来客の姿が目に入った。


「あれ? イザベラ様、お客様のようですよ」

「今日は来訪のお約束はないけれど……誰かしら?」


 パメラの声掛けに驚いたイザベラが、窓から身を乗り出すようにして玄関へ視線を向けると、客など訪れないはずの山中の別荘で、訪問を告げる鐘が鳴る。


「なぁんか、見覚えのある顔ですねぇ……」


 ずらりと並んた訪問客は見慣れた顔ばかり……特進科に加えて、普通科の貴族令嬢達もいる。


 見たことのない者も交じっているが、いずれも十代後半の貴族令嬢と思わしき少女達が、護衛とともに列をなし、別荘の扉が開くのを待っていた。


「文句がある場合は直談判するよう申し付けたから、話をしに来たのではなくって?」

「そういえば、参加者にもお伝えしましたね」


 すぐに招き入れるようイザベラが指示を出すと、普段は美しく装い、気取った様子の令嬢達が見るも無残なボロボロの姿で登場する。


 その数は、なんと片手に余るほど。


「皆様、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」


 平素からの交流もなく、楽しい余暇を突然邪魔しに来た無礼者……そんな面持ちでイザベラが言葉を掛けると、令嬢達は俯きがちに顔を見合わせた。


「イザベラ様、先触れのない突然の訪問、大変申し訳なく思っております。ですが、私達の婚約者に罰をお与えになったと伺い、居ても経ってもいられず参りました……!」


 口火を切ったのは特進科の学級長も務める伯爵令嬢のシャネア。


 クラスの中心的な立場で、成績は万年二位。

 性格きつめ、トップを邁進する平民パメラを目の敵にし、暇さえあればうわさ話に精を出す……パメラが嫌いな貴族令嬢の一人である。


「罰……?」

「イザベラ様の機嫌を損ねたのは、我が婚約者の不徳の致すところですが、これではあんまりです! 寝食すらままならないと伺っております!!」


 馬車の乗り入れすら許されない登山道。

 さらに山腹に向かう険しい山道は、普段アウトドアとは無縁の貴族令嬢にはさぞつらかったことだろう。


 髪が乱れ、衣服も汚れ、枝に引っ掛けたのかところどころ破けている。


「はぁあ!? 何を言いがかりを……」

「待ちなさい、パメラ」


 その言い草にカッとなり、一歩前に出て反論しようとしたパメラを扇で制し、イザベラは令嬢達へと視線を向けた。


「婚約者のため、自ら山中に乗り込むその気概はなかなかのもの……嫌いじゃないわ」


 満足気にひとつ頷きバサリと扇を開くと、その迫力に令嬢達はビクリと肩を震わせる。


「シャネア様だったかしら? それに皆様も……説明するよりもご覧になったほうが早いでしょう。まずは汚れを落とし、ゆっくりとお休みになってください。今何を言っても聞き入れる余裕はないでしょう?」


 余程山登りがつらかったのか、涙のあとが頬に残っている令嬢もいる。


 イザベラの言うとおり、怒りと疲労で聞く耳を持てる状態ではなさそうだ。


「今晩はお泊りいただき、明朝お話を伺います」


 キッパリと告げられ、それ以上食い下がる気力もなく、勢いを失った令嬢達が侍女に連れられて二階へと上がっていく。


「まさか自ら来るとは思わなかったわ!」

「追い返さないのですか?」

「どうして? 素晴らしいじゃない」


 パメラが心配そうに問いかけると、令嬢達を見送るイザベラの扇が微かに震えた。


「愛だわ……!!」


 明日が楽しみね! と頬を上気させながら、イザベラは嬉しそうに微笑んでいる。


「まぁ反応が楽しみではありますね」


 まるで面影の無い、別人になった婚約者の姿を見てどう反応するのか、楽しみではある。


 イザベラと二人きりで過ごせる楽しい休暇だったのに……。

 邪魔されたのを残念に思いながら、パメラはひとつ、短く息をついた。





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