第22話 野生化したのはジョルジュのせい(2/3)


 よほど疲れがたまっていたのだろう。


 陽が昇りきる頃、やっと目を覚ました令嬢達は、公爵家特製の豪華朝食に目をみはる。


 さすがはフランシス公爵家、突然の訪問にも関わらず、別荘地の朝食でこのハイクオリティーである。


 一夜明けてお腹も膨れ、気持ちに余裕のできた令嬢達は、そろそろと遠慮がちにイザベラの部屋の扉をノックした。


 扉が開き、案内をしてくれた侍女に導かれるようにして部屋へ入ると、ルーフバルコニーに出入りする窓の近くに、腕を組んだパメラが立っている。


「皆様、おはようございます。そろそろ来る頃だと思っていました」

「あ、あの、イザベラ様とお話がしたいのですが……」

「五分ほどお待ちください。イザベラ様はただ今お取込み中です」


 なぜかパメラから待機命令を出され、仕方なくその場に留まる令嬢達。


 部屋続きのルーフバルコニーを見遣ると、オペラグラスを片手にイザベラが外の様子を窺っている。


「パメラ、パメラ! あの素敵な方はどなた!?」

「……ギル様ですね」

「まぁ! ギル様だったのね! どうりで……」


 質問を受け、持っていたオペラグラスでチラリと確認した後、やれやれと呆れ気味にパメラが答える。


「あら? 今日は御髪おぐしが少し乱れているようだけれど……でもワイルドなギル様も素敵ね!」


 質問から回答まで、毎回頬を染めてはしゃぐ一連のやり取りは、日次恒例である。


「あっ、イザベラ様、ギル様がこちらをご覧になっていますよ。レナード様と他の方も……向こうからも見えるんですね!」

「て、手を振っていらっしゃるわ! ギル様がわたくしに、手を!! きゃあああ、ギルさまぁぁあああッ!!」


 落ちそうなほどに身を乗り出し、大はしゃぎでブンブンと手を振るイザベラ。


 目の前で何が起こっているのか理解が追い付かず、令嬢達はポカンを開いた口が塞がらない。


 周囲には目もくれず、夢中で手を振るその様子は恋する少女そのもの……恐ろしい顔で威圧する普段の様子からはかけ離れたその姿に、もはや言葉も出ず、令嬢達は呆然と立ち尽くした。


 なおも手を振るイザベラをそのままに、パメラが令嬢達のもとへと歩み寄る。


「パメラ様、これは一体?」

「皆様、お分かりになりましたか? 説明するよりも御覧になったほうが早い・・でしょう……?」


 フンと鼻を鳴らしてパメラが威張ると、待ってましたとばかりに侍女がオペラグラスを配布した。


「それでは、昨日の質問です。こちらも御覧いただいたほうが早い・・と思いますので、イザベラ様の手を振る方向をご確認ください」


 なぜパメラが仕切っているのかは疑問だが、手を振るのに夢中でイザベラが令嬢達に見向きもしないため、仕方が無い。


 十数人がゆったりとくつろげるほど広い、フランシス公爵家のルーフバルコニーへ出ると、男達の怒号が耳へと届いた。


 その勢いに怯えながら、令嬢達は恐る恐るオペラグラスを覗きこみ……見る影もない婚約者達の姿に度肝を抜かれる。


「……ヒィッ!」


 すぐさま叫んだのは、特進科の学級長シャネア。


 それもそのはず、山籠もり開始から既に半分以上……二十日あまりを経過して今もなお進行し続けている、貴族令息達の野生化現象。


 シャネアの婚約者は髭がもじゃっと伸び、顔の下半分が、ふさふさと熊のようになっている。


 婚約者の変わり果てた姿に令嬢達が震えながら見守っていると、早くも昼食の準備だろうか。


 男達が三方向に分かれ、なにやら忙しなく動き出した。


「イザベラ様、あの……」


 やっと平静を取り戻したイザベラにシャネアが声をかけると、見られていたことにようやく気付き、恥ずかしそうに照れながらコホンと一つ咳払いをした。


「あら、皆様。昨晩はゆっくりお休みいただけましたか?」

「お、御礼が遅れまして申し訳ございません。心尽くしの朝食に、着替えまで……ありがとうございました。おかげで人心地つき、ゆっくりと身体の疲れを癒すことができました」

「そう、それはなによりです」


 てっきり昨日の無礼な訪問を罵られるかと覚悟をしていたのだが、気にも留めない様子でイザベラは令嬢達へと向き直る。


「あの……お怒りではないのですか?」


 感情にまかせげ勢いで押しかけたものの、やり過ぎたのは自覚している。親族にまで罰が及んだらどうしよう……そんな思いでいるのだろうか。


 恐々ともうひとりの令嬢が問いかけると、イザベラは訳が分からないとでも言うようにキョトンと目を丸くした。


「あら、どうして? 愛する婚約者のために、険しい山道を登ってこられたのでしょう? ご立派です。素晴らしいことだわ」


不躾を責めるでもなく、呆れるでもなく、誉められたことに驚き、令嬢達は顔を見合わせる。


 その時、男達のいる方角から、わぁっと歓声が上がった。


「な、なにごとですか!?」


 声が上がったのは『狩猟班』。

 一人の令息が嬉しそうに小動物を天高くかかげている。


 今日はごちそうだ!


 婚約者の声だったのだろうか、令嬢の一人が慌ててオペラグラスを覗きこんだ。


「フランシス公爵家の新人騎士に課す工程に、毛が生えた程度の訓練内容。自給自足とはいえ、監督する者がついておりますし何も心配はございません」


 不安気に見守る令嬢達を安心させるように、イザベラは言葉を続ける。


「騎士科の皆様は、自ら志願して今回の山籠もりに臨みました。誓約書をしたためさせたのは、その覚悟を自らに刻み込むためです」

「そうだったのですね……」

「ジョルジュ指導のもと、皆めきめきと実力を伸ばし、今では小型の熊なら一人で倒せるほどの腕前なのだとか。愛する婚約者との未来のため、皆必死で頑張っているわ」


 ……本当はパメラが無理矢理書かせたのだが、そこはあえて伏せておく。


「そ、それなのに、私達はイザベラ様の罰などと言いがかりを……!?」

「言いがかりだなんて……わ、わたくしもその、恋する気持ちは分かりますもの」

「……イザベラ様ッ!!」


 その言葉に令嬢達は、ハッとしたように両手で口元を覆った。


 先ほどの様子から、ギルに恋をしているのは一目瞭然……身分は違えど皆同じ、恋する少女達なのだ。


「婚約者を愛する者同士、想いはひとつです」


 イザベラは未だ婚約手続きの承認待ち状態なのだが、そこもあえて伏せておく。


 溜息が漏れるほどの美しい所作。

 ゆったりとした動作で令嬢達を見廻すと、綺麗に話をまとめたイザベラは、にこりと微笑んだのである。



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