第23話 野生化したのはジョルジュのせい(3/3)


「イザベラ様! このお花はどこに置けばよろしいですか?」


 あれから数日、イザベラの発案により、令嬢達はそのままフランシス公爵家の別荘で休暇を過ごした。


 令嬢達の護衛は手持ち無沙汰になったのだが、あの・・ジョルジュが指導教官と聞き、自ら志願して訓練合宿に参加した。


 大所帯となったため、ますますジョルジュは張りきり、訓練はより厳しく凄みを増していく。


 そして数日ではあるが、令嬢達も日夜共に過ごすうち、イザベラが怒っているわけではないと分かるようになってきて、たまに怯えるものの、コミュニケーションが円滑に取れるようになってきた。


「イザベラ様は寛容すぎるんですよ。まったく……」


 ブツブツ文句を言いながら、準備をしているのはパメラ。


 今までイザベラ独占状態だったため、それはそれで面倒臭かったのだが、いざ理解者が増えると面白くないのだろう。


「相変わらず平民はうるさいこと」

「運良く許されたからといって、コロリと態度を変えるシャネア様のほうがどうかと思いますけど? そうやって考えが足りないから万年二位なのです」

「何ですって!?」


 ああ言えばこう言う……本来学園では身分差によらず無礼講が許されている。


 犬猿の仲の二人は顔を突き合わせるたびに喧嘩をしているが、なんだかんだで楽しそうに掛け合いをしている。


「貴方達、そろそろ静かになさい」


 イザベラの鶴の一声で、一斉に静かになる令嬢達。


 今日は山籠もり最終日。


 途中参加の護衛達も含め、なんと一人も脱落することなく、ジョルジュの訓練合宿をやり遂げた。


 身も心も鍛え抜かれ、まるで別人のように逞しくなり、イザベラも主催者として鼻高々である。


 訓練合宿の成功を祝し、ご褒美に代わる場を設けましょうとイザベラが取り仕切り、ずらりと並べられたテーブルには、所狭しと御馳走が並んでいる。


 そのままだとあまりにアレなので、全員湯浴みをして髭をそり、新しい衣服に着替えて身だしなみを整えるよう、イザベラが申し付けてから早一時間。


 ジョルジュを先頭に庭園へ足を踏み入れるなり、御馳走を前に大歓声が沸き起こる。


 そのまま彼らは駆け出し、イザベラのもとへと集まった。


「イザベラ様! 今回の山籠もり、今後生き抜く上で大切なものを学ばせていただきました。このような機会を与えて頂き、ありがとうございました!」


 参加した時とはまるで別人のように目を輝かせ、口々に感謝を述べる騎士科の生徒達。


 地獄を見たからか恐怖心がマヒし、遠慮がなくなっているのだろう。


 一人がイザベラの手を取り、両手でギュッと握り締めた。


「本当にいくら感謝しても足りないくらいです……! 卒業後は貴家で働けるよう、今後益々努力を重ね精進していく所存です!!」

「そ、そう……それは良かったわ。頑張りなさい」


 男性に手を握られることなど滅多にないイザベラが、ほんのり頬を染めてあたふたしていると、出遅れたギルと目が合った。


「イテテテ……おいギル、離せ、突然何をするんだ!?」


 そのままツカツカと歩み寄り、イザベラに触れる令息の手首をギリリと握りしめて無理矢理離すと、代わりにギュッと大きな手で包み込む。


「ぎ、ギル様? どうされたのですか?」


 こんなに近くでギルに会うのは久しぶりである。


 嬉しい反面、突然柔らかく両手を握られ、イザベラは恥ずかしいやら戸惑うやらで、どうしたらよいか分からない。


「山籠もりの件も、このお祝いパーティーも、色々とありがとうございました」

「えっ? は、はい、喜んでいただけて光栄ですが……あの、もしかして何か怒っていらっしゃいますか?」


 いつもにこやかなギルが、なんだか少しむくれたように頬が強張っている。


「いえ、別に怒ってなどいません」

「そうですか? なんだか少しいつもと御様子が……」


 おずおずと問いかけると、うーん、と考えるようにしてギルは目を上向け、それからそっと手を離し、イザベラの頭に触れた。


「みんなに囲まれて、イザベラが楽しそうにしているのは嬉しいけど、でもちょっとだけ……」


 そのまま抱え込むように引き寄せ、イザベラの頭に頬を寄せる。


「なんか、悔しい」

「……ッ!?」


 すぐ耳元でささやかれ、ビクリと肩を震わせるなりイザベラは飛び退くように一歩下がった。


 火を噴きそうなほどに顔を赤らめ、わたわたと落ち着きなく手が動く。


 困ったような微笑みを浮かべ、一歩近付くギルと、同じだけ下がって逃げの態勢に入るイザベラの攻防戦。


 そんな二人を見守るのは、久しぶりの豪華な食事を前におあずけをくらい、泣きそうな顔で我慢をしている騎士科の生徒達と、各々婚約者をねぎらう令嬢達。


「一ヶ月の山籠もりを経て本能全開。珍しくギル様が、欲望に忠実になっていますね……」

「まぁ普段は遠慮がちだから、これくらいが丁度いいのかもしれないな」


 そして、珍しくヤキモチを焼くギルの姿に、興味津々のパメラとレナード。


「いきなりグイグイ来られても、それはそれで困りませんか?」

「そうか? ヤキモチを焼くギルも新鮮でいいんじゃないか?」

「またそんな無責任なことを……」


 なにはともあれ、山籠もり合宿は無事に終了。


 この後テーブルいっぱいに並べられた料理をあっという間に平らげ、料理人がてんやわんやする騒ぎとなった。


 青空の下、皆の笑い声が絶えまなく響き渡り、思わず笑顔になったイザベラに数人の男子生徒が怯えたものの……婚約者である令嬢達にぎゅむっと足を踏まれ、申し訳なさそうに反省する。


 楽しい時間を過ごしたのは言うまでもないが、この数年後、フランシス公爵家の『ククリ山』が騎士科生徒達の聖地になることを、今はまだ誰も知らなかった――。




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