第3話 勘違いを撒き散らす悪役顔令嬢


「で? どういう事だか、頭の悪い俺にも分かるように説明してもらいましょうか」


 まさかの痴態に、ギルは仁王立ちのまま腕組みをする。

 もう敬意も何もあったものではない。


 よもや自分のシャツの匂いを恍惚と嗅いでいるとは思わなかった。


「だって、袖口が破れたと聞いたから……」

 

 いつもの高圧的な様子が嘘のようにナリを顰め、しゅんと肩を落として俯く様子はまるで子供のようである。


「繕おうと思ったのよ……」


 その呟きにギルは驚き息を呑む。


「え!? 俺のシャツを、イザベラ様がですか!?」

「……なんでそんなに驚くのよ。だって、私達、あと何年かしたら、か、かか、家族になるのでしょう?」


 ほっぺを赤く染めて、イザベラはプイッとそっぽを向いた。

 そのまま口を閉ざし、ギルのシャツを握りしめたまま、黙り込んでしまう。


 困ったギルが助けを求めるようにパメラとレナードを見遣ると、短く嘆息したパメラが観念したように口を開いた。


「シャツの繕いを申し出たのは、イザベラ様に頼まれたからです。ご本人自ら繕おうと、今朝から授業をさぼって頑張っていたようなのですが」


 まぁ、ご覧いただいた通りの惨状ですので、後はお察しください。


 どうにもならず、助けを求めるイザベラに捕まったパメラは、新品も渡したことだしもう諦めましょう、と説得したのである。


「不要になったこの使用済シャツは廃棄しましょうと重ねてお伝えしたのですが」


 パメラの言葉に、急に目を輝かせたイザベラ。


 新しいシャツも渡したし、あら? ならばこれはもう、私のモノ!?


 やったぁー! と、嬉々として叫び、シャツに顔を埋めて深呼吸を始めたイザベラを、必死で止めようとしたのが先程の『うわぁぁっ! 何をする気ですか!?』で、ある。


「え……じゃあ、差し入れは?」


 未だ思考停止状態で呟くギル。


「お前なぁ……平民やそこらの貴族が、あんな高価な香辛料をクッキー如きにふんだんに使える訳がないだろう?」


 平民のパメラが作れるはずもない、公爵家特製スパイスクッキー。

 普通は一口食べれば気付くだろうと、レナードが呆れている。

 

「手紙を入れたと聞いたが、読まなかったのか?」

「……手紙?」


 レナードの言葉に、ギルは何の話だと首を傾げた。


「もしかして、クッキーに毎回入っていたメッセージカードのことか?」


 毎回クッキーに添えられたメッセージカード。

 差出人の名前は無く、いつも『頑張ってください』と一言だけ書かれている。


 おやそれは初耳ですと、パメラはイザベラを軽く睨んだ。

 それじゃ分かる訳ないだろうと、レナードも白い目でイザベラを見つめる。


「いやだって、そもそも何故俺に?」


 まったく理解が追い付かず、再びイザベラに目を向けると、しょんぼりしながらポツリポツリと語ってくれた。


 父親譲りの悪役顔と、公爵令嬢という高い身分。

 取巻きはいても友達が出来ず、話し掛けるだけで泣かれる時もあり、陰口を叩かれるのは日常茶飯事。


 もうこんな学園辞めてやろう、そしてキッチリ顔と名前を把握したので覚えておけよと草むらに隠れて泣いていたその時、「でもさ、具体的に何かされた話って聞いた事ないんだよね」と擁護する声が耳に入った。


 驚いてこそっと覗いてみれば、陰口に反論する男性……ギルが、「根拠の無い話を面白半分に触れ回るの、俺はどうかとおもうぜ」と、その場にいた貴族子女にキッパリと意見する。


 学園内は身分による優遇が禁止されてはいるものの、依然として格差はあり、貧乏伯爵家の三男坊などになれば、そう発言権は強くない。


 にも関わらず自分の考えをはっきりと述べる流されない強さに惹かれ、イザベラのストーカ……見守り生活が始まるのである。


 こそこそと観察するうち、誠実な人柄に益々心惹かれたイザベラは、何とかして婚約出来ないかと画策を始める。


 もともと政略結婚などする必要も無い公爵家。

 半年かけて両親を説得し、ついに婚約の打診にまでこぎつけたのである。


「じゃあ、顔合わせの席であんなに怒り狂っていたのは、何故ですか?」


 思い出したようにギルが問いかけると、その言葉に驚いたイザベラは飛び跳ねるような勢いで席を立った。

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