第28話 騎士科 VS 王国騎士団②

 試合の開始を告げるラッパが吹き鳴らされ、先鋒の二人はスラリと剣を抜く。


 学生ということもあり、安全面に配慮し、刃を潰した模造の剣を使用することになった。


 なお、騎士科の大将を務めるジョルジュだけは例外――。

 王国騎士団側の強い要望により、剣術大会同様にジョルジュとの試合だけは、実戦用の剣を用いることになったのである。


 王国騎士団側はすべて、剣術大会の優勝経験者。


 刃を潰しているとはいえ、ひとつ間違えば致命傷にもなりかねない……しかも初戦レナードの相手は、副騎士長ファビアンである。


 そもそもなぜ自分が戦う羽目に……?


 本来なら騎士科の友人達と、パメラ特製の串焼きでも食べながらお気軽に観戦をしていたはずなのに。


 一回り以上体格差のあるファビアンを前に、レナードは緊張した面持ちで剣を構えた。


「レナードとやら、稽古のつもりで受けてやる。緊張せず、普段のまま剣を振れ」


 対するファビアンから声がかかる。

 大観衆に囲まれてガチガチのレナードに、思うところがあったのだろうか。


 構えていた剣を少しずらして脇を開け、打ち込みやすいよう隙を作ってくれた。


 なお本大会は、剣を取り落とすか自己申告により勝敗が決するという、至ってシンプルなルールである。


「余興的な場だが、高位貴族達もこぞって観に来ている。名前を憶えてもらえれば後々役に立つぞ」

「え、あ……ありがとうございます! よろしくお願いいたします!!」


 ジョルジュからは酷い話ばかり聞いていたので、すこぶる印象の悪かったファビアンだったが、話してみるとそんなことはなく、むしろ後身を育てようという気概に満ちている。


 ファビアンの脇腹に向かい、懐に飛び込むようにしてレナードが剣を打ち込む。


 軽々と受けたファビアンの剣が翻り、受け流すように軌道を逸らされた。


 裏をかこうとフェイントを織り交ぜ、レナードが横一線に剣を振りきる。

 踏み込み過ぎて胸が開き、空いた肩の内側を軽く突かれて前屈みになった拍子に、剣柄ギリギリにファビアンの剣が叩き込まれた。


「何を休んでいる! レナード、動きを止めるな!!」


 ジョルジュの声が耳へと届く。


 剣を取り落としたら、負け。

 慌てて身体を引き、数歩距離を取って肩で息をしたレナードに後方から檄が飛ぶ。


「情けない姿を見せたら、課外演習で外周二十周追加だ!」


 その声に反応するように、会場の一角からどよめきと悲鳴が上がった。


 声が聞こえた方向……すぐ脇に見える赤い垂れ幕に目を向けると、騎士科と特進科の生徒達の姿が見える。


 お気軽だった観戦は今の一言で『我が事』になり、見慣れた騎士科の生徒達が串焼き片手に、「死ぬ気でやれ!」と必死の形相で叫んでいるのが見えた。


「お前らあとで覚えておけよ……」


 ジョルジュの喝で緊張していた身体が軽くなり、弾かれたように飛び出すと、ファビアンに向かって一足飛びに距離を詰める。


 ガッ、と剣の交わる音とともに腕の感覚を一瞬失うが、わずかにできた隙を突いてファビアンの間合いに飛び込み、レナードは二回、三回と続けざまに剣を叩きつけた。


 小さい頃から要領が良く、手を抜いても、いつもそれなりに上手くこなせるレナード。


 頑張るが、必死に何かをしたことは殆どなかった。


 チラリと横目でギルを見ると、身を乗り出すようにして声援を送ってくれている。

 こいつと友達になったせいでイザベラ様にこき使われるし、パメラの串焼き屋を手伝わされるし、散々だ……。


 ギルがいなければ、放課後の訓練も、山籠もり合宿も、こんな試合に駆り出されることもなかったに違いない。


 最近はそれなりでは済まされず、必死過ぎて毎日が嵐のように過ぎていく。


 ――でも、どうしようもなく楽しい。


「……ッ」


 打ち合うごとに肩が下がり、ファビアンに押されて足が後ろに下がる。


 ジャリ、と前方で、力強く砂を踏む音が聞こえた。

 妙に大きく耳に残り、嫌な予感がして距離を取ろうと片足を引いたところで、ファビアンの剣が振り下ろされる。


 打撃の重さに耐え切れず、レナードの手から剣がこぼれ落ちた。


 大歓声の中、ハァハァと肩で荒い息をする。

 膝がくずれ落ちそうに沈み、足がもつれた。


「……最後のはなかなか良かった。お前は力で押すタイプではないから、剣速を上げ、相手の剣を上手くいなす練習をすればもっとよくなるだろう」

「あ、ありがとうございます!」


 ふらついたレナードの上腕をファビアンがガシリと掴み、支えてくれた。


 褒めてくれた上にアドバイスまでもらい、試合後の礼をする。


 ひとまずは及第点ではないだろうか。

 ギルは笑顔で拍手を送り、ジョルジュも満足そうに頷いているので、大丈夫そうだとホッと息を吐く。


 まったく期待されていないのは知っていたが、騎士科の友人達も観客も、それなりに楽しんでくれたに違いない――。


 そんなことを考えながら止まない歓声の中、レナードはぐるりと観客席を見廻した。


 王国最多の動員数を誇るブラヴィス円型闘技場。

 見晴らしのよい貴賓席で、拍手を送るイザベラの姿が目に入る。


 ……イザベラ様に、恥ずかしい姿を見せないで良かった。


 ほっと息をついて、レナードは控え席へと下がる。

 勝ち抜き戦なので、次はギルとファビアンの手合わせ。


 あちこちから声援が送られる中、闘技場内に進み、礼をするギルの姿が目に入った。




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