悪役令嬢よ。お前はコソコソ、何をしておる?

六花きい

第1話 片思いをこじらせた公爵令嬢

 なぜだ……?

 なぜ、俺はこんなにも嫌われているんだ?


 騎士科の成績は中の上。

 領地経営も傾きかけの貧乏伯爵家、しかも三男坊の自分に降って湧いたような突然の縁談。


 国王陛下の妹を母に持つ、高貴な血筋の公爵令嬢……イザベラ・フランシスの結婚相手として、婚約の打診があったのは一か月前。

 両家立会の下、初顔合わせをしたはいいが、目が合った瞬間に歯軋りが聞こえてきそうな勢いで睨みつけられた。


「同じ学園に通う者同士、弾む話もあるだろうから、後は二人でゆるりと過ごしてくれ」


 公爵閣下の発言を受けて大人達が席を外し、公爵邸の庭園に二人きりで取り残されたのはいいが、怒り狂っているのか、何を話しかけても真っ赤な顔でギリギリと睨む公爵令嬢イザベラ。


 よく見ると瞳が潤んでいる。

 泣くほど嫌だったのかと途方に暮れ、どうしたら良いか分からず頭を抱えた。


「あの……イザベラ様、俺なんかと婚約が決まり、不本意なのは承知しています。ですが、親同士が決めた事。気に入らない所は直すよう努力しますので、譲歩していただく事は出来ませんか?」


 まだ顔合わせの段階だが、ほぼ本決まりだと聞いている。

 それであればお互い歩み寄り、少しでも良い関係性を築きたい。


 駄目なら駄目で構わないが、そんなに不本意な婚約であれば、今のうちに先方からお断りいただきたい、というのが本音である。


「譲歩……?」


 その言葉に、イザベラの頬がピクリと引き攣る。

 怒り狂っているのか、カッと目を見開くとキツイ顔立ちが益々険しくなり、さらには父親譲りの威圧感まで溢れ出し、ギルは慄いて一歩後退った。


「このわたくしに、譲歩しろと仰るの……?」

「い、いえ、そそそそういう訳では……! 家同士が決めた結婚です。、妥協し譲歩すれば仲良く出来る道もあるのではと……」

「おっ、お互いに妥協ですって!?」


 あ、しまった、これでは俺もイザベラ様との結婚に不服があるように聞こえてしまう――。


 そう思った時には、既に手遅れ。

 焦るあまり失言をした俺――ギル・ブランドの左頬に、小さな紅葉が飛んで来た。



 *****



「おいギル、お前イザベラ様と婚約するって本当か!?」

「……ああ、本当だ」


 早くも噂になっているらしい。

 休み明け、騎士科の教室に入った途端、ワッと友人達に囲まれる。


 あの後、当然婚約は無かったものにされると踏んでいたのだが、実家の財政難も相まってか、驚くべき早さで婚約手続きが進んだ。


 騎士として身を立てるくらいしか出来ない自分に、降って湧いたような幸運。


 分かってはいるのだが……後は貴族院の承認を待つばかりと聞いた時は、愛の無い重苦しい結婚生活に思いを馳せ、絶望で膝から崩れ落ちそうになった。


「フランシス公爵家の分家が断絶し、余っている爵位があるだろう? 結婚したらそれを継ぐ事になるんじゃないか? 伯爵位か子爵位か……いずれにせよ、羨ましい限りだ」


 それなら代わって欲しいくらいだ。


 そもそも何故俺が選ばれたんだと溜息をついて窓の外を見遣ると、渦中の公爵令嬢イザベラが何やら木陰でコソコソしている。


 そのうち騎士科の同期レナードに見つかり、談笑する姿が目に飛び込んで来た。


 髪に木の葉でも付いたのだろうか、少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、レナードが笑いながらそれに触れている。


「あんな顔も出来るんじゃないか……」


 目が合っただけで親の仇のように睨まれた、先日の記憶が蘇る。

 自分と過ごした時とはまるで違い、楽しそうに微笑むイザベラに、何やら気分がささくれた。


 随分と仲が良さそうだな、と呟く友人の声が妙に耳に残り、悔しいような情けないような……鬱々とした気持ちで、ギルは机の上に突っ伏したのである。



 *****



 丁度その頃、木陰に潜んでいた公爵令嬢のイザベラは、今日も今日とてお気に入りのオペラグラスで、騎士科の教室をこっそりと覗いていた。


「イザベラ様……またですか?」


 ギルの同期、騎士科のレナードに見つかり軽く舌打ちをしたイザベラは、観念したように木陰から姿を現した。

 初めて覗きを見つかったのは、半年前……それからというもの、たまに耳寄り情報を提供するイザベラ子飼いの子爵令息である。


「噂で聞きましたよ? 何とかご両親を説得して、あとは承認を得るだけなのでしょう? 婚約まで秒読みなのですから、いい加減直接会いに行ったらどうですか?」

「……レナード、黙りなさい。わたくしとの顔合わせで、ギル様が何と仰ったか……『家同士が決めた結婚だから、お互いに妥協し譲歩しよう』と言われてしまったのよ!?」


 だ、妥協……。

 公爵令嬢たる、このわたくしがこれ程までに慕っているというのに、『妥協』って!


「だから、その想いがそもそも伝わってないんじゃ……」

「そんな訳ないじゃない! プレゼントもしたし、お手紙も。寮に住むギル様に、毎週差し入れだってしているのよ!?」


 甘い物が苦手なギルでも口に出来るよう、外国から取り寄せた香辛料をふんだんに使った、公爵家特製スパイスクッキー。

 気に入ってくれたのか、あっという間に食べ終えたと聞き、それからは毎週のように差し入れている。


「でもそのクッキー、パメラを通じて渡してませんでしたか? あれだとイザベラ様からではなく、パメラからだと勘違いするのでは?」

「レナード様もそう思います? 私からも繰り返しお伝えしたのですが、自ら渡すのは嫌だの一点張りなんですよ」

「……パメラ、お前はまたそんな所に」


 イザベラ後方の草むらがガサガサ動き、何やら可愛い声がする。

 アルバイト代わりに手足となって動きつつ、迷走するイザベラを心配しつつ、影ながらサポートする特進科のパメラ。


 平民ながら、この学園に入学を許された特待生……非常に優秀なのだが、雇い主のイザベラに影響されたのか、近頃少々奇行が目立つ。


「イザベラ様がそれで満足なら、何も言いませんが……ああ、そういえばギルのやつ、先週稽古用のシャツを木に引っ掛けて、袖口が破れたと言っていました」


 今週は稽古が休みだし、どうせそのままにしていると思うので、イザベラ様が繕って差し上げたらいかがですか?

 イザベラの髪に付いた木の葉を取り除き、レナードは先週のギル情報を提供する。


「なっ、なんですって!? わたくしの繕ったシャツを、ギル様が着てくださると……!?」


 頬を赤らめ、それは耳寄り情報だわ! と嬉しそうにはしゃぐイザベラ。


 絶対伝わって無いと思うんだけどな……。

 パメラとレナードは顔を見合わせ、小さく溜息を吐いたのだった。

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