第16話
「ことりちゃんはことりちゃんじゃない? いやそんなはずは……」
地下を出て、第七口から地上に出た國臣は悩み考えながらぼやく。
もう十二月二十九日の昼過ぎになっていた。地下でほぼまる一日を過ごしたことになる。地下では時の流れがわからなかったし、怒涛の出来事が続いて空腹すらも感じていなかったが陽の光で腹の虫が息を吹き返す。何度か腹部をさすり太陽光を背に受けながら、春沢公園付近を歩いて戸和駅方面へと向かって歩き始める。歩きながら何かを言うのは気恥ずかしく、踏み出したときは口を閉ざして思考を整理していた。
もちろんすれ違う人の中にことりがいないことを確認するのも怠らない。
目線を左右に走らせつつ駅に近付いていくと、だんだんと人通りが増えてくる。年末が目の前に迫る。帰省や買い出しなど、皆目的地へまっすぐ向かっているようだ。
そんな流れに逆らい、噴水の縁に深く腰掛ける人物――隼がいた。國臣は小走りで近寄る。
「隼」
「……なんだ。お前か」
その言い方だけで、國臣は隼に違和感を抱いた。
覇気がない。トーンも低く、目が合わない。
他にも普段の隼ならもっと身だしなみが整っている。顔にかからないようなヘアスタイルだったが、今は両手でぐしゃぐしゃに乱したかのようだ。こんな様子は過去にも見たことがない。
たった数日で変わってしまった親友の姿。放っておけるはずがなかった
「あの、さ。情報交換でもしに、どっか行かない? 食べながら、ううん。歩きながらでも」
「…………」
なんとか話を続けようと絞り出したが、隼は一瞬顔を上げたものの、すぐにうつむく。
「隼?」
呼びかけてみるも反応がない。
短期間で彼に何があったのか、聞こうにもなかなか踏み出せない。それだけの圧がのしかかっている。
「もしかして体調悪い? また今度にしようか、ね」
無理強いせずに一度身を引く。日を改めればいい。直接でなくても連絡手段はある。國臣は無言の隼を残そうとした。
しかし。
「――わ」
「え?」
小さな声で何かを言う隼。聞き取れなかったので聞き返してみると、隼はゆっくり顔を上げた。
真っ黒な目は確かに國臣を捉えているのに、見ていない。
「もうどうでもいいわ、調べんのもダルい。火災? 殺人? ハッ、犯人にしたきゃしてくれ。俺はもう降りる」
「え、隼? 急にどうしたの?」
「どうでもいいんだよ、もう全部。俺がこんなことやる意味なんてないんだ。社会が消したいなら消してくれ」
ゆらりと立ち上がる隼。以前の隼との変わり様に國臣は疑問の言葉しか出てこない。
そんな國臣の隣を隼は通り過ぎる。
「ちょっと待ってよ。何かあったの? ねぇ、隼ってば!」
「うるせぇ!」
國臣は隼を止めようと手を伸ばした。しかし、それを隼は叫びながら振り払う。今までに手を払われるなんてことは一度もなかった。隼の方がいつも「大丈夫か」と手を伸ばしてくれていた。
急に生まれた距離感に、國臣は雷に打たれたかのごとく衝撃を受ける。
「お前に話してもわかんねぇよ! わかりっこねぇ! 何もかも持ってるお前にはなッ!」
そう隼が叫んだとき、周囲の目が一気に二人へ向けられる。
手を出さずとも、声を張り上げればそれは人の迷惑になる。ゆえに路上での口論は減点対象になる。また、激化していけばオルターエゴが入って沈静化する。
巻き込まれたくない人たちは、二人を避けるように距離をとるので、いつしか噴水前の二人の傍は広くスペースが空けられた。
「落ち着いて、隼――」
「うるせぇつってんだろ。俺に関わんな、放っておいてくれ! 何も知らねぇお前には一生わかんねぇんだよッ!」
「だからひとまず話そうって……」
「話したって意味がねぇ。話したところで変わらねえんだから。全部持ってるお前にはわかんねぇんだよ!」
そう言うと隼は踵を返す。
このまま彼を別れてしまったら二度と会えない気がした。國臣はもう一度、引き留めた隼を掴むべく右手を伸ばす。
その瞬間隼は身体を捻って國臣の手を掴むと、左に引っ張った。國臣の身体はあっけなくバランスを崩す。地下で足を負傷していたこともあり、國臣はうつ伏せに倒れた。
起き上がろうと両手を地面につけたが、肩を掴まれぐるりと身体を回転させられる。するとその上に隼がまたがり、國臣の胸ぐらを掴んだ。そしてそのまま隼の拳が國臣の顔にヒットした。
「なんでお前にはあるのに、俺にはないんだよ! どうして俺が全部無くさないといけねぇんだ!」
「何を言って――」
八つ当たりにしか聞こえない隼の悲痛な声とともに、無抵抗のまま國臣は殴られる。その度に周囲から小さな悲鳴が上がる。
親友の鬼のような姿に畏怖したが、同時に親友でありながら何一つ寄り添っていなかったのではないかと悲しくもあった。
何が起きたのか、理解したくても話してくれない。殴られ続けていると、彼の傍に何かがほろりと落ちたことに気付く。
小さなビニールの袋に入れられたもの。じっと見つめてみると、それがネックレスだということに気付く。それはことりにプレゼントしたネックレスと同じ形、色をしていた。
まさか。
國臣は隼を突き飛ばす。急に抵抗されて隼は國臣から手を離して尻もちをついた。
その隙に國臣は落ちていたネックレスをしっかりと確認する。
黒く汚れていてもわかる、ピンクゴールドのチェーンと四角柱のペンダントトップ。そこに刻印された「2100/4/9」の日付――ことりにプレゼントしたもので間違いない。
「なんで……? なんで隼がこれを持っているんだよ!?」
「あ?」
「これっ、何で隼が!」
「俺が持ってて悪いかよ!」
「悪いよ! これは隼のものじゃない!」
今度は國臣が隼の胸ぐらを掴んだ。
「何処でこれを手に入れたの!? ねえ!」
「何処でもいいだろ、お前に関係ねえじゃねえか」
「あるよ! 言えよ、隼!」
「関係ねえだろ!」
二人が叫ぶ。もうオルターエゴに取り押さえられるのも時間の問題――誰もがそう思ったとき、二人の前へひとりの少女が近寄る。
「そこまでだ。二人とも」
やって来たのは星宮。その後ろには担任の雨甲斐までいる。
ダッフルコートを着た星宮の声とともに、目を光らせたオルターエゴが出てきて二人を引き剥がして羽交い締めにした。抜け出そうと暴れるが、二人ともそれは叶わない。
「揉め事と呼ばれて来てみたら、まさかお前たちだとは思わなかったよ。まったく、血の気が多いな、さすが高校生という若さかな。一体、社会はどっちに非があるっていうのだろうか」
そう言って星宮は雨甲斐のポケットから取り出した黒い機械を受け取る。スマートフォンと薄さや大きさは変わりないが、特徴的な大きなレンズがひとつある。デジタルカメラに似たレンズだが、機能が大きく異なる。
これは直接オプティに接続し、リアルタイムのスコアを確認できる小型測定機――『オプティマイズ』だ。
「なんでアンタがそれを持ってんだよ……?」
警察だけが手錠を持っているように、オプティマイズを持つ職業は限られている。
社会の基盤となるスコアに携わる監視局の職員しかいない。
「んー? なんでってそういうことだ。生徒会長だからって今まで話してきたけど、そもそもアタシはオプティの犬なんだよ。ワンワンッ」
カシャッとオプティマイズのシャッターを切る音がした。
星宮がオプティマイズを下げて、撮った二人を見てから言う。
「喧嘩はスコアが低い方を連行するのがアタシたちなんだけど、これはどうしたものかな……どうやら君たちには秘密が多いようだね。これについて詳しく聞かせてもらおうか」
オプティマイズに表示されたものを二人に見せる。
そこにはそれぞれに重なるように名前とスコアが記される。
『249』。
二人とも寸分違わない低スコアになっていた。
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