01 社会と秩序

第2話

 県立戸和高等学校。偏差値五十五、運動部文化部ともに目立った部活動の大会記録はない。就職希望者より進学希望者の方が多いがオプティに指示される進路に従う生徒率九〇パーセント以上。至って平凡極まりない高校へ國臣は通う。

 全校生徒千人ほど。男女ともにブレザーの制服。髪の染色、ピアス、メイクは禁止という他の学校と何ら変わりない校則に従って生徒たちは学んでいる。


 そんな学校の休み時間。満喫できたクリスマスを振り返りながら、自分の席である窓際の席から外を見つめていた國臣。頬杖をついて物思いにふける姿はクラスメイトの中で絵になると話題にされていることに気付いていない。遠くを見つめている國臣の元に、強い足音でひとりの男子学生が近寄って来る。


「何をぼーっとしているんだ? 今日一日中ずっと上の空だっただろ?」

「……ああ、しゅん。別に何でもないよ。ただ寝不足なだけ」


 御月みつきしゅんは唯一無二の國臣の親友だ。

 ストレートな短髪の黒髪。少し垂れた目をしているが、頑固で強気。控えめな性格の國臣とは正反対の隼は無理やり國臣の視界に入り込んだ。

 親友だけれども、彼女がいるということは伝えていない。ことりが公にしたくないから誰にも言わないでほしいと願ったのだ。

 自分の体質に加えて隠し事が増えてしまったけれど、問い詰めるような相手ではない。無理強いは減点されかねない。何が減点されるのか、国は公表していないが人々は薄々分かっていた。


「寝不足? 気をつけろよ、日中寝てたら減点されるぞ」

「そうだね。確かに。今日は早寝することにするよ」


 校内にもカメラはある。授業で居眠りをすれば減点される。不真面目はスコアライフにおいて減点項目であることは明確だ。

 國臣は身体を伸ばし、大きく息を吸い込んで眠気を飛ばした振りを見せる。眠気は一切ないが、こわばっていた筋肉が伸びるとパキパキとあちこちから音がした。


「やべえ音がしてるぞ。授業以外に運動もしてねえだろ?」

「してないよ。隼と違って俺はインドア派なんだよ。体育があるし、いいかなって」

「今の内はな。あ、そうだ。昨日、火事があったの知ってるか?」

「火事? 知らない」

「なんか家が燃えたらしい。しかもその原因が分かってないんだってさ」


 話題を変えて、ほら、と隼はスマートフォンを操作して見せる。

 表示されているのはウェブニュース記事。見出しは『戸和市の空き家で火災。原因は調査中』と書かれている。

 いくら見られている社会でも、火災は起こる。放火もあれば、漏電にタバコも原因になる。放火ならば、カメラ映像を確認し犯人の特定はすぐ。日付をまたがずに逮捕されるのが常。今回のようにニュース記事で「調査中」と書かれているのなら、放火によるものではなかったのだろう。原因究明まではもう少し時間がかかりそうだ。


「意外とこれが近いからさ。今日、行ってみね?」

「は? わざわざ? どうせ乾燥してたからとかでしょ?」


 知りたがりの隼にいつも振り回されていた。幼い頃は冒険と銘打って隣町まで二人で行ってしまい帰れずに迷子になったこともある。いくらおとなたちに怒られようが、優柔不断な國臣は、何でも自分で決めて動くことができる隼へ密かに憧れを抱いていた。だからといって、今回火事の現場に行こうと促す隼にすぐ賛同はできない。


「そうだろうけどさ。でも、気になるじゃん。原因が分からないままだっていうのが。このパノプティコンでだぞ? 空き家で誰もいないはずだし、住んでなければ電気も水もガスすら通っていないはずなのに、どこから火が起きたっていうんだ? 電気がないなら漏電じゃない。それなら誰かが火をつけたはず。カメラに映っていたらいたならすぐに捕まるのに、今そういうニュースは出ていない。不思議だろ!? 気になるじゃんか」


 前のめりになって語る隼に呆れる國臣。隼は何度もしつこいぐらいに「行くだろ?」と繰り返す。興味からくるものなのか、それとも何か理由があるのか。真意は分かったものではないが隼の熱意に負けた。しぶしぶため息をついてから「わかったよ」と國臣は頷いてかえす。


「よし! じゃあ、放課後な。授業中、寝るんじゃねぇよ」


 満足気に去って行く隼に手を振る。隼は同じクラスだが、トイレにでも行ったのだろう。教室を出て行ってしまった。嵐のような隼の足音は遠くなっていき國臣はまた、窓の外を眺める。


 天気は曇り。厚い雲が光を遮っている。今にも雨が降りそうだ。

 國臣はそのまましばらくの時を過ごした。




 ☆☆☆☆☆




 放課後は約束通り、隼と共に行動する。学校を出てスマートフォンで地図を見ながら歩く隼について行く。火事の現場は近いと言っていたが、学校を出てからもう三十分以上歩いていた。

 いくら歩いてもそれらしき建物は見えてこない。しかし、國臣は胸騒ぎがしていた。


 理由は明快だった。歩き進めるうちに前日に歩いた道に合流したのだ。見たことのある住宅街を抜け、だんだんと田んぼが増えていく。胸騒ぎどころか、動機と頭痛さらには吐き気までもが國臣を襲う。違っていてほしい。こみ上げるものを抑えつけながら何とか隼を追っていく。


「あそこだ」


 人も通らない田んぼ道。刈り取ったあとの田んぼが一面に広がる中、ぽつりと建っていた古びた家の残骸。鼻をつく燃えた匂い。舞い散る灰。業火を示すように柱や壁が炭になってわずかに残っている。

 知っている風景。見覚えのある場所。知らない残骸。信じたくはないが、恐る恐る現場の前まで歩いた。


 間違いない。この家は昨日の夜、彼女が、ことりが入って行った家である。

 門には「KEEP OUT」の文字が書かれた黄色いテープが張られ、一人の人物がその前にいる。紺色の長いコートを身につけ、両足を肩幅に広げて手を後ろに組んで立っている。それが人間ではなく、オルターエゴであるということは近づかないとわからないほど精巧だ。


 そんなオルターエゴに目をくれることなく、燃えた家を目前にして時が止まったかのように目を見開いたまま動かない國臣。うって変わって興味深そうに燃え残った残骸を観察する隼。

 正反対な行動の二人の前に、立っていたオルターエゴがやっと立ちはだかった。


『こちらは現在、調査中のため立ち入りを禁止しております。ご了承ください』


 抑揚まで人間と変わらないオルターエゴの流暢な声で説明される。無理やり中へ入ろうとすれば、すぐに取り押さえられるだろう。そんなリスクを犯してまでして入ろうとはしない。隼が「わかってるって」と言いながら一歩下がると、オルターエゴは先ほどまで立っていた場所に戻るが、その目は二人を捕らえて離さなかった。


 人型のオルターエゴは、街中のカメラと同じ役割を果たす。今、二人の映像を中央情報機構に送っているのだ。何か悪いことをしたわけではないが、二人の行動が記録された。


「おい、どうした、國臣」

「……い、や。何でもない。火災の後の場所って見た事なかったから……」


 名前を呼ばれてハッとした國臣は、何とか言葉を紡いだ。明らかに動揺している。声は震え、聞こえるかどうかギリギリなぐらい小さかった。


「……だよな。俺も今まで生では見た事がない。でも、燃えたんだよな……ここにあったものが全部。家に残っていたものが全部」


 隼が静かに言いながら目を細める。

 重く暗い空気が澱む。まだ動揺している國臣を横に、隼がオルターエゴに問いかけた。


「オルターエゴ。ここで何が起きたのか教えてくれ」


 オルターエゴは独自回線で情報を共有しておりある程度の会話が可能だ。問いかけに応じることもできるし、あらかじめプログラムされた進路を歩きながら隅々までパトロールをする。もし、近くでトラブルが起これば警察よりも先に移動し、トラブルを解消あるいは警察が来るまでの現場保護に弊害回避に尽力する。

 また常に中央情報機構にアクセスしスコア測定が出来るために、喧嘩や口論をしている時には低スコアの者を取り押さえることもできる。


 スコアが全ての社会。

 低スコアは悪なのだ。


 オルターエゴは隼の問いに対して、まるで道案内するように滑らかに答える。


『本日未明に起きた火災により全焼しました。詳細は今、調査中です。これ以上の情報はありません』


 それ以上は何も答えなかった。


「テンプレだな。ネット以上の情報はないようだし。悪いな、國臣。付き合わせちゃって」

「いや、大丈夫だよ。それより早く帰ろう。ここにいて減点されるのは嫌だし」

「それもそうだな。あ、コンビニ行かね? 寒いし温かいもの食いたい」

「いいね。行こうか」


 二人はその場を去る。國臣がチラッと横目で見るとオルターエゴはまだ二人を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る