第3話


 隼と別れてから、國臣は早歩きで家へと向かう。空は暗い。星や月は見えないが、街頭や車が通ることで辺りが見えないほどではない。

 家に向かって比較的車通りが多い道を進んでいくと、左側に「風の公園」がある。風とつくだけあって、高い風車がシンボルだ。三〇〇坪ほどの広さに、鉄棒やブランコがあって國臣も小さい頃はよくここで遊んでいた。懐かしさを覚えながら傍を通りかかったとき、中にできた人だかりが目に入る。


 日は暮れている。時間的に子供が集まるはずがない。それを確信させるかのように、聞こえる声は低く、何か叫んでいる。國臣は足は止めずにいるが嫌でも声が届く。


「我々は機械に支配される社会を望まない! かつての自由を取り戻す! 心のないスコアライフに終止符を!」


 まるでスポットライトのように、公園の電灯で照らされながら頭一つ高くでている男が叫ぶ。三、四十代ぐらいだろうか。男の声に同調して集団は次々に「終止符を!」と続ける。その様はある種の怪しい宗教のようにも見えるほど、奇妙な一体感がある。


「あれは……」


 目を細めて確認する。

 十人ほどの男女問わず集まった人々は掲げる右手には、白いリストバンドをしている。


 スコアライフ反対派――Freedフリードによる集会だ。


 生活が監視されて点数化される社会。そしてAIのオプティによる判断が生活の基盤になっている社会。


 スコアで収入が決まる。犯した罪を償ってもスコアは低迷し収入は雀の涙。人間の生活は人間によって決められるのではなくて、未来も善悪も全てはオプティが決める。


 スコアが全て。スコアがその人の価値。


 それがおかしいと社会基盤の不平不満を訴える。もちろんその行為は減点対象なのだが、恐れることなく活動を続けているのがこの反対派Freedだ。


 國臣も存在は知っていた。SNSでもデモ行進をしていると話題になることがある。結果的に変わった試しはなかったから、「またやってる」程度にSNSでは見ていた。

 実際には見たことがなかった存在がいる。少しの好奇心が湧いたが、先程まで貯まって育っていた不安が今にも爆発しそうで好奇心を消し去った。


「そこの少年もそう思うよな!?」

「えっ……」


 中央で叫んでいた男の声に続いて、公園から視線が一気に國臣に向けられた。そこで足を止めてしまい、國臣は身構える。國臣以外に近くに歩いている人はいない。明らかに國臣に向けての呼びかけだ。

 反対派に関わってもいいことはない。仲間と判断されて減点にされてしまう可能性がある。

 國臣は顔を引きつらせながら、問いかけに応じることなく走って逃げだした。



 ☆☆☆☆☆



 肩で息をしながら家に着いた國臣。

 両親は長期出張中。真っ暗な戸建ての家は誰もいないことを示している。ドアノブに手をかざせば、カメラとチップで國臣を認識し、ガチャリと音を立てて開錠されて家に入る。開錠がスイッチとなって玄関と廊下の照明が自動で灯る。そして同時にライフサポートシステムが起動する。


 ライフサポートシステムはその名の通り、人工知能を利用した生活を支援するシステムで個人宅にはほぼ導入されている。

 自動照明や施錠、空調管理だけでなく家事に洗濯、基本的な家庭での生活全てに役立つ機能が搭載されている。在庫している食材や洗濯頻度、睡眠時間までも細かく自動で把握し、時には状態を考慮したメニューの提案や休息をとったほうがいいなどとアドバイスをする。これによって家事の負担は軽減し、食生活の改善にも繋がったため平均寿命と健康寿命がほぼ同じになった要因のひとつとなった。

 人々の生活はライフサポートシステムがないなんてあり得ないほどの存在になっていた。



 國臣が靴を脱いでいると、玄関の扉は施錠され目線より少し高い位置に丸い身体を持ったハチがホログラムで現れた。三十センチほどの大きさで、くびれはないため昆虫のような恐ろしさはない。身体と比べると心許ない羽が細かく動く。これはライフサポートシステムで選択できるサポートキャラクターだ。


『國臣さん、おっかえりなさーい。國臣さんの先月末までのスコア報告が届いています。確認しますかー?』

「いくつ?」

『17463です! 前回より485上昇しています』

「そ」

『確認済みにしておきますね!』


 ハチはぐるりと飛び回りながら、役割であるライフサポートを行う。

 この声に従わないという選択肢はある。しかし、ライフサポートシステムは屋外のアンドロイド同様にスコアに影響する。

 アンドロイドなどは中央情報機構へ常にアクセスしているが、ライフサポートシステムは行動記録を一週間ごとにアクセスしまとめてスコアに反映しているのだ。

 また、その日までのスコアを確認することも可能である。自宅での算定が加味されていないので多少前後するが、その幅は大きくない。

 國臣は帰宅のたびにスコアを確認することで、無事にスコアを守れたと安心するのだ。


『今はインフルエンザが流行中です。まずは手洗いうがいから!』

「そんなに流行ってるの?」

『この地域でのインフルエンザ発症者数は去年の倍以上になっています。お気をつけを~!』

「ふーん」


 そっけなく返して言われたとおりに行動する。その傍をハチはついてまわる。


『まもなく卵の賞味期限が近付いています。なので本日のオススメメニューはオムライス! ホカホカご飯を使って作りましょう!』

「はいはい」


 うがいまで済ましてからキッチンへ向かい、國臣は言われるがまま調理を開始する。もう料理も手慣れたものだ。喋りながらでもできる。


「ハチ。近くの火事について検索」

『了解しましたー。戸和市 火事で検索したところ、先日起きた戸和市空き家の火災に関するニュースがあります。読みますか?』

「要約して読んで」

『了解しましたー! 空き家火災現場から三人の遺体を発見。現在身元の確認中。チップ破損のため、確認に時間がかかっています。また警察はカメラ映像より、燃える建物から出てきた人物がいたためこの人物について調査中です。以上ですー!』


 弾んだ声で読まれたニュース内容。その途中でタマネギを炒めていた國臣の手は止まっていた。


『火を止めますねー』

「あ、うん」


 システムが自動で火を消す。

 タマネギは既に焦げていた。


『ご飯を入れましょう。ケチャップと卵の準備も忘れずに』


 國臣は黙って調理を再開する。

 頭の中は彼女のことでいっぱいだった。



 ☆☆☆☆☆



 食事、片付けを終えると部屋に籠もり、スマートフォンを出して、ことりにメッセージを送る。


『今何してる?』


 ことりは頻繁に連絡をするタイプではない。いつ既読の文字と共に返事が来るのかと不安な顔でスマートフォンを握る。

 待つ間に震える指で火災について調べ始めた。


 先程読み上げられたニュース情報以上のことはないだろう。それでも各社の記事を見て回る。そして一時間。充血した目で思いつく全ての会社が同じ内容であることを確認した。


「ことりちゃん、返事をくれよ……」


 せめて無事であると言って欲しい。

 火事から逃げ出せたと連絡があれば。

 普段は信じない神に祈るばかりだった。

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