第4話


「國臣。お前、さては寝てないな?」

「うん? あ。隼、おはよ」


 学校の門を通ったあたりで、後ろから来た隼が言う。

 國臣の目元にはクマが出来ていた。

 一晩中ずっとことりのことを考えて、連絡を待ち続けていたのだ。だが、いくら経ってもことりから返事がくることはなかった。


「早く寝ろって言ったのに、俺」

「ごめん、ごめん。なかなか寝れなくてさ。授業はちゃんと起きてるよ」

「そりゃそうだろ。つーか、ぶっ倒れたりとかもやめろよ? そんなんしたら置いてくからな」

「まったく隼はお母さんみたいだなー」


 会話する二人は同じ教室にたどり着く。時刻は八時二十分。朝のホームルームが始まるまで十分あるが、大半の生徒は登校していた。

 いつも担任が来るのはホームルーム開始直前。

 余裕があるので二人は荷物を置かずに教卓の前で立ち止まって話し続けていた。すると。


「兎川。御月」


 二人に続いて教室に入った男――担任の雨甲斐あまがい英太えいたが名前を読ぶ。

 手足が長く、きっちりとしたスーツを着こなす。教師というよりも企業のエリートのような見た目だ。眼鏡の位置を直し、二人を見下ろす。

 雨甲斐の長身には叶わず、上からの圧を感じて二人は萎縮した。


「すみません。退きます」


 教卓へ移動したかったのだろうと國臣は隼の腕をひいて道を空ける。だが、雨甲斐は通ろうとはしない。

 じっと見下ろしたまま冷静に言う。


「二人に連絡だ。放課後、生徒会室に来い。任意ではない。強制だ」

「げ?」

「なんで?」


 生徒会室への呼び出し。嬉しいことではない。嫌という感情が二人の口からでている。


「理由はその時に話す。忘れるなよ。分かったら席に着け。ホームルームの時間だ」


 最悪、とこぼしながらそれぞれ席に着く。

 ただでさえ國臣はことりのことで頭の中がいっぱいなのに、憂鬱な呼び出し。

 ツイてない。

 授業も何も頭に入ってこなかった。



 放課後に二人は揃って生徒会室に足を運ぶ。

 呼び出しされるようなことは何もしていないのに何故呼ばれたのか。皆目見当つかない。


「めんどくせー。さくっと終わらせて帰ろーぜ」


 気だるそうに隼が言って、生徒会室の扉を強めにノックした。

 すると中から「どうぞ」と女性の声が返ってくる。生徒会のメンバーだろうが、二人とも生徒会長の顔すら覚えていない。

 二人は顔を見合わせてから、隼が扉を開けた。


「お、来たねぇ。待っていたよ」


 校内でも立ち入る機会がなかった生徒会室は、教室と比べてもはるかに豪華だった。壁に沿うように並ぶ棚には、書類や本が隙間なく詰められており校長室といっても過言ではないほどのソファーとテーブルがある。

 奥にある立派な机を前にして座っているのは小柄な女子生徒。ボブの髪がより幼く見えさせるが、腕に付けた「生徒会長」の腕章が立場を示している。


「初めまして、ってよくステージに上がってるし初めてなわけでもないけど。アタシが生徒会長の星宮ほしみや志乃しのだ。呼び出ししたのはアタシ。先生に頼んでおいたんだ」


 愛らしい見た目と異なり、言葉遣いは強い。


「話は少し長くなる。そこに座れ。今、資料を持ってくるから」


 國臣は隼と顔を見合わせた。座る場所はソファーしかない。しぶしぶ並んで腰を下ろせば、すぐさま身体が沈んでいく。とっさに國臣はソファーを見返すほどだ。

 他の教室の設備との違いに戸惑っているうちに、テーブルを挟んで向かい側へ星宮がやって来る。抱えるようにして持ってきたファイルとノートパソコンをテーブルに置いた。


「君たちは仲が良いんだよね?」

「まぁ、そうですね」


 親しい仲であるのは違いない。質問の意図がわからず隼は不思議そうな顔をして答えた。


「そうか。では、これは仲良く散歩してたのか?」


 星宮がパソコンを操作して画面を二人へ見せた。

 表示されているのは火災現場を見つめる二人の様子。角度からして、現場にいたオルターエゴの視点から撮影されたものだ。

 前のめりに見る隼と驚きから動けずにいる國臣の様子を客観的に映している。

 なんでこれが、と隼が呟くとすかさず星宮が答える。


「この場所で火災があったのは知ってると思うが、それについて社会は君たちを疑っている」

「はぁ!?」

「え?」


 声が重なった。星宮の発言が理解できていない。


「社会は君たちを犯人にしようとしている。だから聞く。君たちはこの火災を引き起こしていないか?」

「俺はやってねぇ! 何も知らねぇよ! 火ぃつけようなんざ思わねえ! なぁ、國臣」


 乱暴な言葉で隼は國臣に同意を求め、そしてそれに頷く國臣。二人の様子をじっくりと見つめる星宮は真髄を見ているようだ。そのせいで嘘をついているわけではないのに焦り始めてしまった。


「本当です、俺た……僕らはたまたまそこに行っただけだから、犯人にされても困ります」

「そうだよ。火災なんて滅多にねぇから、気になって行っただけだ! 俺が國臣を誘って!」


 言い訳のように聞こえているのは分かっていた。しかし、身に覚えのない罪を擦り付けられるのは断固として拒否する。生徒会室にはカメラがある。だから、認めてしまえばスコアに影響する。それがたとえ真実ではないとしても。


「君たちは嘘をついていない、そう誓える?」

「もちろん」

「はい」


 黙っていた星宮にすぐ答えるとしばしの沈黙を挟み、星宮がにこりとほほ笑む。


「それでは君たちにこの事件の真相を明らかにしてもらおうか。ちなみに拒否権はない。社会が君たちに与えた仕事だ。拒否は罪を認めると同義。認めないのであれば、明らかにせよということだ」


 彼女は表情を崩さないまま続けていく。


「なんでそんなことをたかが生徒会長に言われなきゃいけなんだって思うだろう? 生徒会っていうのはそもそも学校生活を送る上で問題点や課題などを改善・解決することを目的に組織された……っていうのは昔の話。今は主に生徒の監督が仕事。オプティと違って全部は見れないけれど、オプティが感知した異変は生徒会へ伝えてくる。そして真実を明らかにしてオプティに報告する。オプティは新たな見聞を得て成長する。生徒会は社会の、いや。オプティの飼い犬なんだよ、ワンッ」


 星宮の言う通り、生徒会は生徒の監督が仕事のひとつであった。

 不良行為が見られれば、改善するよう直接生徒に働きかける。学力が著しく低い生徒がいれば、勉強を教えるなど支援を行う。そうして生徒のスコアが上がれば、社会に出たときにある程度のスコアと収入を得られる土台となる。生徒会の責務は他人の人生を担っている。


 最後はふざけてみた星宮だったが、國臣と隼は笑うことはない。それ以前の話が重すぎて、笑える余裕はなかった。

 反応がなくてつまらないと星宮は口をとがらせたが、必要事項を淡々と述べる。


「拒否すれば放火犯かつ殺人犯になる。若いのにこの先真っ暗な人生送りたくないだろう? だったら身を粉にして調べつくすんだね。なあに、アタシも手を貸すから。生徒から犯罪者が出るなんてことはさせない。仕事を投げ出すような無様なことはしない。オプティが与えた期限は来月末まで。じゃあ、よろしく頼んだからね」

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