第5話


 星宮から解放されると二人はすぐに学校を出た。陽が沈むのが早く空はもう薄暗い。カラスが鳴きながら巣に向かって飛んでいる。人間だって帰る人がほとんどだ。


 冷たい風が耳を赤くする。指は凍りつき身体を早く温めたい気持ちは強いが、このまま帰るわけにはいかない。強引に与えられてしまった仕事を完遂せねば、自分の身が危うい。有無を言わせずやることになってしまったことに納得できないとしても、やらなければならないのだ。


「悪ぃな、俺のせいでこんなことになっちまって……行こうなんざ言ったから、面倒なことになっちまった」


 隼は足を止めずうつむきながら言う。落ちていた小石を器用に蹴りながら進んでいた。コロコロと転がって削られていく小石は、歩道からはみ出ない。


「隼のせいじゃないって。一緒に何とかしよう、ね」


 ついて行った國臣にも責任がある。だから気にするなと伝える。

 そもそも今回の件は國臣にとって好都合だった。ことりの足取りがつかめるかもしれないまたとない絶好の機会。どうにかして彼女の情報を手に入れたい。待っていては何も変わらないし、変えられない。今は言われたとおりにやってみるしかない。


「このままじゃ二人揃って捕まっちゃうし、どうにかしないとだよね。情報収集とかした方がいいのかな?」

「ああ……そうだな」


 國臣の前向きさに支えられて隼は小石を捨てて顔を上げる。


「つーか、警察がそういうのやってんじゃねぇのかよ。たかが高校生にやらせることじゃねぇだろ」

「確かに。なんで俺たちに押し付けてきたんだろう? できることだって大人に比べたら少ないし……」


 ふたりはうーんと唸るも答えはでない。考えながら歩き進めていると、國臣のスマートフォンが振動し始めた。

 ことりからの連絡かもしれないと、急いでポケットから取り出して確認する。連絡をしてきた相手は、待ち望んでいたことり――ではなく、星宮からだった。


『星宮だ。学校に登録してあった連絡先を使わせてもらったよ。明日の昼休み、生徒会室に来るように。もちろん二人揃って。オプティによる地獄の道に進みたくないならちゃんと来なさい』


 脅迫混じりの文面を見るなり國臣は苦い顔を浮かべる。それに気づいた隼へ画面を見せると似たような顔になってため息をついた。


「今日はひとまず帰ろうぜ。俺疲れたわ。明日の昼にあいつんとこ行きゃいいんだろ。あーめんどくせぇ。こんなはずじゃなかったのに」

「同感。何だか疲れがすごい溜まった気がする。今日こそは寝るよ。明日から大変そうだもんね」


 右も左も分からない状況。身体を使ったわけではないがどっと疲れが襲ってくる。足取りが重くなりながらもそれぞれ帰宅したあとは、連絡を待つことなく眠ってしまった。



 ☆☆☆☆☆



 昼休みの生徒会室は他の校内施設と断絶した世界のように冷たく静寂に包まれていた。

 そこにはテーブルを挟んで座る國臣、隼、星宮の三人。テーブル上には星宮のお昼ご飯であろう手作り弁当が広げられている。


「君たちはお昼を持ってこなかったのか?」

「まさかここで食べるとは思ってなかったので。教室に戻ったら食べます」

「そうか。アタシは時間ないから食べながらですまないね」

「いえ」


 目の前でもぐもぐと食べ続ける星宮に戸惑う國臣だったが、隼は動じなかった。


「んで、また呼んだ理由ってなんすか。会長さんの昼飯に付き合うだけなら戻りてぇんすけど」

「すまない。今回は君たちの疑問を解消するのとアタシが持っている情報の提供を行わねばならないと思って呼んだんだ。何でも聞いてくれ。わかる範囲で答えよう」


 そんなことを急に言われても、となったのは國臣だけで今しかないといわんばかりに隼は訊く。


「なんで警察が調べねぇんですか? 事件とかは警察が動くはずでしょ?」

「いい質問だ。端的に言えば人手不足にむきるが……それじゃあ話が短すぎる。詳しく説明するのはこの社会の仕組みから説明しなければならない。まず、社会はカメラとスコアにより支持されているだろう? そのスコアは何処で管理している?」

「は? んなん中央情報機構に決まってんだろ」

「ああ、そうだ。しかし、スコアに何らかの異常が見られた場合は、実働隊である監視局が動く。カメラの異常なら監視局が直しておしまい。しかし、人間が問題を起こしたのであれば監視局がそれを突き止めて、警察へ報告。なんていっても逮捕権は警察しかないからね」


 うんうんと頷きながら聞いていく。


「今回の火災に戻ろう。死角のないカメラがある社会で、誰かが空き家に火をつけた。そしてそこから三人の遺体が見つかり、カメラ映像から逃走する誰かがいたことがわかった。しかし、それが誰かなのかは分かっていない。かつ、遺体の身元もまだ分かっていない。さあ、どうしてだと思う?」

「どうして? どうしてだろう……?」


 個人を識別するチップを体内に入れることが義務になっている以上、カメラに映った時点でそれが誰なのかすぐにわかる。しかし、今はそれがわかっていない。死者でさえ、チップを認識できればすぐに身元もわかるというのに。

 考えこむ國臣に対し、隼が答えた。


「チップが壊れてんじゃねぇの?」

「それはある。実際、遺体の二人はチップの破損が見られたが、読み取れたので身元が特定されているとのことだ」

「もうひとりは?」

「残念なことに、チップもDNAでも身元が分かっていない」

「そんなことあんのかよ」


 星宮は食べる手を止めて、二人を見つめて言う。


「アタシもないと思っていたよ。通常であれば外からスコア測定用機器を向ければチップを認識できるけれど、その人物はできない。これでは監視局はお手上げだ。昔のように聞き込みやらしないといけないが、何処も人手不足。DNA鑑定ではふたりと関係はなかったことはわかったが、この人物は誰なのか未だに分からず。さらに、逃げた人物もチップを認識できず行方不明。てんてこまいだよ」

「カメラの記録を追えばいいじゃねぇか」

「追ったよ。でも、メンテナンスのわずかな隙をつかれて追えなくなったし、どういうわけかメンテナンスでデータが記録データの大半が破損した」

「あ……」


 たまたまその日が大規模メンテナンスの日だった。死角がないように設置されたカメラが順次メンテナンスに入った。そのわずかな隙をくぐって逃げた人物。

 火災に関わったのは全部で四人ということになる。


「犯人は現場に戻るともいうだろう? それで君たちを犯人に仕立てようとしたんだろうね、社会は」

「たったそれだけで……」

「それだけでだよ。犯人に逃げられるような社会、せっかく作り上げたパノプティコンが崩壊するかもしれない。だったらちょっとの犠牲を払ってでも、全体を守りたいと思うだろ? トロッコ問題みたいなものさ。社会は合理的な方を選ぶ」


 酷い、とこぼれた國臣の言葉は溶けていく。


「監視局はオプティが言うことは正しくないと言っても、社会が信用するのはオプティの方だ。君たちが無実を証明しない限りはオプティの言いなりになるだろうね」

「だからって俺らに何ができるって言うんすか。たかが高校生なのに。別に俺らが他の場所にいたってデータがあればいい話でしょ」


 苛立ったように隼が言ったので、國臣が少し驚いて肩が跳ねる。


「そのデータも破損している。正確に言えば、十二月二十四日の昼十二時から日付が変わるまで十二時間分の記録が全て消えているそうだ」

「はあ!?」

「そんなことどこのニュースにもなってませんよね?」

「報道できるわけないだろう。知られれば社会が崩壊する。よってこの情報は内密にするんだ。公表は許されない」


 より低い声で念を押す星宮。その目は鋭い。


「記録がない以上、君たちの無実を証明できないんだよ」

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