第6話


 星宮は再び弁当を食べ始める。ひとくちは多くないが小さな楕円形の弁当はもう残り半分を切っている。


「ならどうやって俺たちがやったのではないって証明すればいいんですか? 太刀打ちできる気がしないんですけど」


 諦めるしかないのかと國臣が悔しそうに言えば、星宮は手を止めることなく淡々と言う。


「アタシが提案するのは現場から逃げた人物の確保だ。何かしら情報を持っているに違いないし、それ以外の方法はないと思う。ああ、そうだ。破損してしまっているが、その人物の姿を捉えた映像の復元が出来たみたいだよ。見るだろう?」


 星宮は端を置き弁当を口に含んだまま立ち上がると、高そうな机からノートパソコンを持ってくる。慣れた手つきでカチカチと操作して表示させた画像を二人に見せる。


 写っているのは後姿の人物。静止画だ。辺りは暗いのに加えて画像がかなり粗く、それが男なのか女なのか定かではない。唯一、明るい色の上着を着ていて、黒っぽいパンツか何かを身につけていることだけ分かる。

 これだけの情報でこの人物を探すのは不可能だ。

 しかし、國臣は。


「ことり、ちゃん……?」


 服装が。見た目が。動きが。

 あまりにも酷似していた。クリスマスに会ったときの姿に。

 ずっと連絡を待っている彼女、木島ことり。彼女の面影がある。


「は? 國臣おまえ……」


 ハッとして國臣は隼を見たが時すでに遅し。言ってしまった言葉は消えない。

 星宮も聞き逃さなかった。


「ほう。この人物が知り合いかもしれないとでも?」

「いやっ、ただ似ているだけで……ほんと似てるってだけです。だってこんなに粗いんだから……分かんないです、し……」


 言いながら國臣はどこか安心していた。

 彼女が生きていると分かったからだ。連絡もとれずにいた彼女が死んだのではないかとずっと不安で眠れなかった。それが解消されて、先ほどまで暗かった顔に光が差し込む。


「國臣、お前そんな知り合いいたのかよ。俺、聞いたことねえけど」

「あ、うん。ちょっとだけ知ってるぐらいで……」

「名前は?」

「木島ことり、です」


 國臣は関係についての嘘を重ねる。決して怪しまれぬようにスムーズに言ったが、隼は疑うようにじっと國臣を見つめていた。

 ささるような視線から逃げるように顔を背け、星宮の方に向ける。


「そうか。知り合いかもしれないなら、君は連絡をとれ。それと行きそうな場所も探すんだ。隅々まで、まんべんなく。元気な君はそうだな……役所に行って調べてきてくるんだ、木島ことりについて。アタシは他の場所に姿がないか、個人確定に至りそうな情報を集めてくるよ。何かわかったらすぐに連絡を」


 生徒会長だからなのか星宮の指示は細かい。おかげでやることは明確だ。國臣はすんなり受け入れられるのだが、隼は膝に肘をついて星宮のことすら見ていない。不満も苛立ちも募らせている。

 そろそろ隼が耐えられないだろう。決して気が長くない親友のことをわかっている國臣は話を終わりにさせたかったが、そこからも星宮は話し続ける。どうしてそのやり方なのか、具体的な方法など必要なことだとはわかっているものの、隣の隼が気がかりで國臣はなかなか話が頭に入ってこない。


「――もう冬休みに入る。今年中には何かしら手がかりを掴むぞ」

「わ、わかりました」

「チッ……」


 やっと話が終わりそうだ。納得いかなそうな隼を横目に國臣は食い気味に頷いた。「以上、解散」という星宮の声により、二人は生徒会室を出て行く。

 扉が閉まり、足音が遠くなっていくのを確認してから星宮は再び箸をとる。傍らのパソコンには先ほどの画像が開かれており、それを見ながらぼやく。


「スコアのない人物、ねぇ……社会の枠から外れた人なんてふたりもいないと思っていたけれど、案外いるものなのね。それとも別の何かが……考えても仕方ないか」


 食べ終えた弁当箱にはひとつもご飯粒は残っていなかった。



 ☆☆☆☆☆



 星宮は二人にそれぞれやることについて連絡をした。そして言われたとおり、その日のうちに各々行動し始める。


 國臣はひたすらことりに連絡をとろうと試みる。普段使っているチャットツールだけでなく、電話もかけてみた。しかし、どれも未読・不通に終わるだけ。

 チャット画面には國臣からの一方的な送信記録だけが残っていく。

 画面をスクロールしても送信記録だけが表示されるので、國臣の心を削っていく。せめて一言だけても、もしくはスタンプひとつでもいい。反応が返ってくれば。


 ひたすら同じことを繰り返した。さらに彼女が行きそうな場所を巡る。

 カフェ、雑貨店、スーパーなど思い当たる場所をひたすら探した。


「いない……」


 日が沈んでも何処にも彼女の姿はない。まだ付き合って一年も経っていない。彼女のことをよく分かっているつもりだったが、知らない面の方がたくさんあることを思い知らされる。


 ――どうして彼女は姿を消した。どうして教えてくれなかった。相談してくれればきっと力になれたはずなのに。相談が出来ないほど自分は頼りなかったのだろうか。


 心臓が締め付けられて息苦しくなる。それでもただ、純粋な願いを持って國臣は探し続ける。



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