第7話

 戸和どわ市役所の前に、隼は来た。

 戸和市役所は全六階。吹き抜け構造になっているが、一般の利用者が主に使用するのは二階まで。それぞれの課がそこに凝縮されている。さらに上層階は会議室が並び、日々職員たちが会議を行っている。また様々なデータを保管している保管庫は最上階にある。スコアシステムを導入する前の戸籍データや、かつての紙書類が収納されているものの、職員でなければそこに行くことはない。


 隼が正面玄関から入ったのはもうそろそろ業務も終わりになろうという時間だった。用事があって訪れている人の数はまばらだ。婚姻・出生死亡などの届け出はオンラインで可能だし、意見があれば同じくオンラインから申し出ることができる。どの手続きもチップ認証端末が必要だがスマートフォンがその役割を持っているので今の社会において、市役所に直接行かなければできないことなんてないのだ。唯一あるとすれば、スコア改善にむけたセミナーを受けるときか、スマートフォンを持たない高齢者ぐらいだろう。現にカウンターで職員と話しているのはひとりの老人だけだ。あとは皆、ベンチに座っていたり、壁に貼られたポスターを見つめている。


 情報を集めなくてはならないのにどうして隼が市役所に行くことになったのか。それは星宮の指示による。

 警察と監視局からの情報は逐一星宮の元に集まるから、役所に行くよう言われたのだ。

 確かに市役所には戸籍などの情報がある。チップを使えば自分の情報はいつでも閲覧できる。あくまでもそれは自分のものだけ。

 顔も知らない赤の他人の情報なんて貰えるはずがない。チップに基づいた情報しか閲覧できないのだからと星宮へ反論を抱いたがが無駄だった。交友関係があると言い切って教えて貰える可能性にかけるしかないと何度も言われてしぶしぶ戸和市役所へとやって来ている。


『こんにちは。本日はどういったご用件ですか?』


 入ってすぐ、どこへ行こうものかと立ち止まった瞬間、すぐさま隼に近付いてきたのは人間ではなく案内役アンドロイドのオルターエゴ。親近感を与えるために姿をかなり人間に近づけている。また、親近感をもたらすためなのか大人の女性を模しており優しい声を使う。

 周りを見てみれば、施設内にいたのは全てが人間というわけではなくオルターエゴがほとんどだった。受付で話している老人だけが人間のようだ。

 訪問者の案内業務を託されたオルターエゴは、訪問者がいなければ片隅で充電しているか、職員の監視をしている。ソファーに座っているのは監視をしているオルターエゴだった。


「個人の情報がほしい。知り合い? なんだけど」

『戸籍ですか?』

「いや……違わないか? 俺のじゃない戸籍とか行動とかもろもろ。もらえねぇよな」

『内容によります。確認いたしますので、チップの認証を許可してください』


 オルターエゴはタブレットを提示する。そこには『認証を許可しますか』という文言と共に『はい』と『いいえ』のボタンが並ぶ。

 隼は迷わずに『はい』を押すと、オルターエゴの瞳が青く光ってチップを読み込んだ。


 チップには個人を特定する情報が詰められている。そこから紐付けされた情報を辿れば戸籍に関する情報を集めることができるし、代理で何かを申請するのも本人との関係が明確に分かるので便利だった。

 あくまでも閲覧可能なのは親族の戸籍情報。詳細なスコアなど、知ることが出来ないの情報の方が多い。

 そのことは隼も理解していた。


『知りたい方のお名前をフルネームでご記入ください』


 今度は真っ白になったタブレットの画面に、指で『木島ことり』の名を記す。


『検索しました――閲覧可能な情報はありません』

「だろうな。じゃあ、俺のスコア記録がみたい」


 知らない人の情報を求める時点で不審者と言われてもおかしくない。自分のスコアに影響が出たかもしれない。無駄足踏んだのならせめてスコアを確認してみる。


『了解しました――コチラです』


 隼はオルターエゴのベルトにつけられている小さなプリンターから印刷された紙を受け取る。それに記されたスコアは『4571』。今までと大差はない。

 上限はないスコアだが一般的な高校生の平均といわれる『16000』をはるかに下回っている。

 それを見るなり隼はつまらなそうに紙をポケットに押し込んだ。


『他に何かお手伝いできることはありますか?』

「ねぇよ。じゃあな」

『必要があればお声かけください。失礼いたします』


 前で手を合わせて丁寧に頭を下げるオルターエゴ。隼はすぐに背中を向けて市役所を出る。何の意味があってここに来たのかと苛立ちが顔に出ていた。



 背後で市役所の扉が閉まり、帰ろうとしたところすぐにまた扉が開く音がした。振り返れば焦ったように四十代ぐらいの男性職員が走ってくる。職員だと認識したのは、首から名札をかけていたからだ。


 道を空けようと端に寄りながら帰路につくが、職員の目的は誰でもない隼だった。

 毛玉の多いニットに首から提げた職員であることを示す名札には山口やまぐちあつしと書かれている。役職名や部署名は書かれていない。顔写真は二十代のもののようで名前の横にあるが、それと比べるとかなり老いている。見た目だければなく、体力も衰えているために山口は息を切らしながらやって来ると、隼の隣で止まった。


「き、君。御月隼くんだよね?」

「そうっすけど……?」

「合ってたよかったぁ……大っきくなったね。あんな事があった君がちゃんと大きくなれてよかったぁ。ぼかぁ、心配したんだ。お父さんとは仲良かったからさぁ」

「は、はぁ……」


 訛りがはいりつつもツラツラと述べられる話に頭が追い着かない隼は適当にうなずいて返す。


「お父さんと奥さんのことは残念だったね……ぼかに何かできたことがあったんじゃないかってずっと考えてた。もっと話を聞いていれば、もっと会いに行っていればって。そう考えても全部手遅れなんだけどね」


 暗い話を聞きつつ隼は頭をフル回転させて、記憶から山口の存在を引っ張り出した。

 父親の友人で、隼が小さい頃から会っていたのだ。会話をした覚えはない。ただ姿を見たことがある、その程度の記憶だけだ。両親の葬儀で見かけたのが最後。決して隼にとって親しみはない。


「そうだ、妹さんは見つかった?」

「いや、まだっす……」


 隼には双子の妹がいる。といっても記憶にはない。なぜなら誕生直後に行方不明になっていたのだ。生まれた直後に抱いたのが最後、母親が病室に戻ってからは会うとはなかった。


 事件はまだチップを取り入れる前のこと。新生児の誘拐はたちまちニュースとなり、メディアに追われる生活をした。犯人も妹も見つからないまま、いつしか人々の記憶から忘れられていった。静かになるまでは息をひそめて生活をし続けていた。今となっては誰も追いかけてこないし、落ち着いた生活を送ることができている。


 そんな話を隼は両親から一通り話を聞いたことがあったが、すぐに触れてはならない話だと察して他人に話してはいない。親友の國臣にもだ。

 なのに山口が知っているということは、父親が話したのだろう。


「そっかぁ……僕も何かわかったら連絡するね。これ、僕の連絡先。僕ぁ、市役所で働いてるから手伝えることあったら教えてね。じゃ、まだ仕事あるから。御元気で」


 半ば強引に名刺を受け取る。山口は急ぎ足で市役所に戻っていく。


「妹……あいつかもしれなかったんだけど、どうやら違うみてぇだしな」


 何か思うところがあるようだったが、隼は名刺をポケットに入れて今度こそ帰路についた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る