02 裏社会

第7.5話


 日の光が届かない地下トンネルで初老の男――黒沼くろぬま善作ぜんさくは懐中電灯を片手に内部の警備を行っていた。

 かつて地下鉄ちかてつ三ノさんのうち線として運用されていたこの場所。はるか昔に使っていたころの記憶がある。地下鉄なだけあって窓の外の景色はつまらないものだったが、紫色の座席が印象的だった。今は線路の名残はあるが、廃線になって半世紀も経っている。二度と列車は通らない錆びたレールの上に止まったままの電車。覆うように存在する無機質な壁と天井。放棄された各駅。どれもこれもなつかしさがありつつも、時が止まったようにそこに存在している。

オプティを活用した地上社会とは隔離された印象を与え、自然光が入らない闇の中が今の黒沼の生活拠点になっていた。


 地下鉄ちかてつ三ノさんのうち線に入る方法は多くない。駅だった場所は埋め立てられているので、この地下に入るにはたった十個しかない別の通路を使っている。そこには地上のカメラが見ているが、地下は先人たちの策略で『何もない』映像が映るよう違法改造されていた。おかげで地下は誰もいないただの空間であると、地上社会を牛耳るオプティは認識している。

 だからここは地上で存在価値がないとされた人にとって都合の良い場所だった。


 五年もここに居れば滞留する空気と暗闇にも慣れ、黒沼は先人たちと交流してただ生きてきた。地下は、地上でオプティに常に監視されスコアを上げることに疲れているか、底辺から抜け出せない人が集まって暮らす。

 無理に他人に関わらなくていい、『良い人』の仮面をつけて心にもない行動をしスコア稼ぎをしなくていい。逮捕係なんて揶揄される刑事を生業とし、税金泥棒なんて言われてきた黒沼。心身共に疲弊した黒沼は、逃げるようにここに来てみると案外心地よかった。


 そうなるとスコアは考えなくていいが有り余る時間をいかに潰すか、そして衣食住はどうするかという問題が生まれる。先人たちに訊けば、「協力者が運んでくれる」と口をそろえて言うのだ。どうやらここでは、地上の人に甘えて暮らしているのだ。最初はそう感じていた。


 なら地下で何をしているのか。寝て起きて食べて寝る。怠惰な生活を送り続けているのかというと、そうではないらしい。

 皆現代社会に不満を抱いているが打開策を練って、地上で返り咲くための準備をしていた。何をしたら戻ることができるかを検討していたのだ。彼らは怠惰な人間ではない。自ら考えて動こうとしている。

 だが『心のないスコアライフに終止符を』というスローガンを抱えて社会に対抗していく組織・Freedフリードが生まれたのも事実だ。

 組織員は社会をまっさらにするという意味を込めた白のリストバンドをして、いかに社会を変えてやろうかと作戦を練っていた。


 前者と後者。自分を変えるか、社会を変えるか。

 その違いが派閥を生み、同じ地下でも生活や思考が違って手を取り合うことができない。不可侵の誓いを立てて、互いに距離を保って平穏を作っている。

 今日もその誓いが守られているのかどうかを確認するために、黒沼は歩き回っていた。


 アナログな懐中時計で時刻を確認する。現在十三時二十五分。地上はまだまだ明るい時刻。Freedが立ち入りを禁止しているのは地上の戸和駅からは離れている地下鉄旧きゅう城宮しろみや駅より北。その近くまでやって来た。

 ライトで隅々まで照らしてみる。捜査のために周囲を隅々確認していたおかげで、注意深く辺りを観察すると線路上に光を反射する何かがあった。


「……機械片? これは……人工筋繊維か。地下にネズミが入り込んだみたいだな」


 近づきかがんで見れば、落ちていたのは細い繊維。一般人には見慣れないものだが、元刑事の黒沼には見覚えのあるもの――オルターエゴに使用される部品だった。


「やな予感がする。こういったときに働く勘はよく当たるもんだ」


 社会に従順な機械が地下に入った。先人により作られた偽装が明らかになれば、ここで暮らす人たちの居場所がなくなってしまう。たかがスコア、されどスコア。黒沼のスコアは決して低いわけではないが、世話になった恩を返そうとこの地下を守りたいと思っていた。

 それは決してオプティに指示されたからではない。自分の心に従って起こした行動だった。


 人工筋繊維片を拾い、立ち上がる。すると誰かの足音が反響して聞こえてきた。不均等な足音は怪我をしているようだ。Freedと境界地に向かう人は、この地下で黒沼ぐらいしかいない。となると、この繊維片の持ち主かはたまた、外部の人か。どちらにせよ地下を守るべく、確かめなければ。

 警戒しつつ、黒沼は確認に行くのだった。

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