第8話
『スコアの管理してますか? 何となく過ごして、気付いたらスコアが下がってるなんてことも。生活から見直すにはコレ! 腕時計型アドバイスデバイス! これがあれば、日常生活のささいなことからスコア改善にむけたアドバイスもできる! これで安心だよ』
街中にある液晶には、ドラマに引っ張りだこの女優がスコアに関連したアイテムを紹介している。腕時計、スマートフォンが主流だ。
どれも似たようなものばかりだが、最新型になると欲しくなるのが人間性。みんなが買うと余計に欲しくなる。インフルエンサーや有名タレントに宣伝されたものは、たちまちヒットしている。
案の定、前回モデルは大人気アイドルを起用したことで完売するほどだった。今回の新型も売り切れ間違いなしとネット上で話題になっていた。
國臣は信号を待つ間、ぼーっと宣伝を見ていたものの購入の意思はない。二世代前のものを持っているし、スコアを更に上げて生活改善しようという心意気はない。國臣にとってスコアは稼ぐものではなく、いかに保つものかである。
十二月二十八日。
冬休みに入った國臣は戸和駅からことりの捜索範囲を広げていた。今は戸和駅から徒歩三十分ほど離れた街中までやって来た。会社や店が並ぶことから人通りも車通りも多い。触れず、ぶつからずに気を使いながらことりを探し回っていたので、顔は疲労に満ちている。
今まで避けてきた人混みにも踏み入っているので、かなり気力を削られていた。
それでもことりを見つけるまでは足を止めていられない。
星宮に呼び出されてから二日後、冬休みに入っても探し続けている。
ポケットに手を入れながらマフラーに顔をうずめているとスマートフォンが振動した。
見れば星宮からの連絡だった。長文が送られて来ているようである。画面に目を落として集中しなければ読み切れない。後で確認しようと顔を上げれば、信号は青に切り変わった。
画面は開いたまま持ち、目線は上げて流れに乗って歩く。すれ違うのは若い人たちが多い。冬に合った厚着で暖かそうな格好だ。どの人も目的地に向かって周りを気にする様子はない。あちこちにカメラがあって、すれ違っているのが人間ではなくアンドロイドだったとしても驚かない。スコアライフに馴染んでいる証拠だった。
ことりがいないか辺りを見ながら渡っていたとき。視界の端に白いコートをまとった人が一瞬だけ入り込んだ。
「ことりちゃん?」
横断歩道の真ん中で脚を止めた。振り返った先、白いコートを着た人は小走りで渡り切っている。信号が変わるので焦っていたということではないようで、スピードを落とさず走っている。
長く艶のある髪。見た事のあるコート。後姿がことりに似ている。
國臣は考えるよりも先に動く。
「ことりちゃん!」
人違いであってもいい。白いコートの人物を追いかける。その人物は人気のないビルの間へ入った。
名前を呼んでも反応することはないし、脚を止めようともしない。また、國臣との距離も縮まらない。彼女はこんなに脚が早かっただろうか――國臣は今までの中で最も必死になって走った。
ビルの間の道に人がいないことだけが幸いだった。触れることに気を使わなくて済む。一心不乱に走り続けていると脇腹が痛み出し、脚がうまく動かせなくなってきた自分の脚につまずいて、体勢が崩れた。そしてその場所が悪かった。
赤の三角コーンで囲まれ注意を促されていたが、そこはマンホールよりも少し大きめな穴の開いた地面だった。
「うわああああああ!」
頭から滑るように國臣の身体は落ちていく。
穴は垂直ではなかった。人が通っていたからなのか、地下へとつながる階段になっており、國臣はあちこちをぶつける。頭だけは何とか守っているが、どこまで続くかも分からない痛みを堪えるしかなかった。
どさりと落下が止まると辺りの様子が一変した。地上と異なり、薄暗くよどんだ空気が満ちた地下は元々地下鉄だったようだ。國臣が落ちた場所は、誰もいない駅のホーム横、線路の隣だった。
地上からつながっていた階段を転がり落ちた國臣はゆっくりと身体を起こす。冬で厚着をしていたおかげで、大きな怪我はない。ぶつけたところは痛むが耐えられないほどの痛みではなかった。
右を見れば線路の繋がった先は真っ暗で何も見えない。左の駅の先は足下に小さな明かりがついている。
手入れが行き届いているわけではないようだが、人がいることは間違いない。
「地下なんてあったんだ。上には……上がれなさそうだなぁ」
転がり落ちてきた階段は劣化していたようだ。國臣が転がり落ちた衝撃で、地上三メートルほどの高さまで崩れ落ちてしまった。これでは手を伸ばしても届きそうにもないし、仮に届いたとしてもいつ崩れるかもわからない。同じ場所から戻ることはできなさそうである。
「参ったな……スマホもどこかに落としてきたみたいだし。道を探さないと」
スマートフォンは手で持ちながら走っていた。しっかり持っていたはずだが、転んだ瞬間に手放してしまったようだ。地上にあるかもしれないし、階段の瓦礫に埋もれてしまったかもしれない。日の光がほとんど届かないここでは、探すのは難しい。
「電気もないとなるとね……。ことりちゃんもどっか行っちゃったし。最悪だ」
自分のことに関しては諦めがいいのは國臣の長所でもあった。すぐに別の道がないかと見渡す。ところどころに足下を照らす明かりはあるものの、先が見えない程度には暗い。地上へは簡単に戻ることはできなさそうだ。
國臣は明かりを頼りに歩き始める。これだけのトンネルならば何処かに出入口が複数あってもおかしくない。明かりがあるなら、それを設置し利用している人物もいるはず。痛みから早くは歩けないが、前に前に進むしかなかった。
明かりを辿り歩くと、足音が反響して聞こえる。他に物音がないかと耳を澄ます。すると、自分のものではない足音が聞こえた。
誰かいることは確かだ。このトンネルを整備している人かもしれない。國臣の足は速くなる。だが、期待通りにはいかない。正面から國臣へ強い明かりを向けられて思わず腕で顔を覆う。
「誰だっ? 人……? 来訪予定はひとつもなかったはずだが?」
手元にライトを持った黒沼が不審げな声を上げながら國臣の全身を照らす。それに対して呻くような声を出した國臣から敵意を感じなかったのか、それとも弱い相手だと思ったのか、黒沼はライトを下ろすのだった。
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