スコアライフ
夏木
00 プロローグ
第1話
オプティによる点数化は、偏見や忖度もなく公平でそして平等な評価を与える。結果より経過。何をどうしたことでもたらされた結果なのか。行動に見合ったスコアが与えられる。さらに、そのスコアから進路や就職、婚姻まで進むべき道を指示する。社会は、人々はスコアを重要視し、スコアはその人の価値を表していた。
街、公園、公共施設。個人宅以外の全ての場所において死角なく設置された小さなカメラや、街中を歩く限りなく人に近い姿をした巡回アンドロイド「オルターエゴ」が、誕生時に体内への埋め込みを義務化された個人識別用マイクロチップ通称チップを認識する。さらに普段の行動や実店舗とインターネットを問わず全ての物品購入記録、日常の活動全てをカメラが捕らえる――全展望監視システム「パノプティコン」が成り立っていた。
ゴミのポイ捨て、約束破り、誹謗中傷。ささいなことでも迷惑行為をすれば、すぐさまスコアは下がる。窃盗や殺人というような大罪なんてもってのほかだ。一度罪を犯してしまえば、大幅にスコアは減らされる。そこから上がっていくことは無理といっても過言ではない。
犯罪を犯したのちに警察から逃亡したとしても、国内にいる以上スコアライフからは逃げられない。全国のカメラが視ている限り、居場所は筒抜けなのだ。スコアに基づく現金支給も止まるし、スコアに関わるもの全ての利用が不可能になる。そうなる前にパノプティコンを維持するための業務全般をになう機関「監視局」が動き、逮捕まで一時間しかかからないのだが。
逮捕された後の生活は過去も今も変わりない。罪を償い社会に戻されるわけだか、低迷したスコアでは心機一転した生活を送ることは不可能。憲法で守られた最低限度の生活が何とか出来るぐらいだ。そこから挽回の余地はない。
そんなスコアライフを送ることは、犯罪件数は格段に減った安心安全な社会であることを意味する。スコアがその人の価値を示し、スコアのために人々は善行を積んでいく。
大人たちがみんな口を揃えて「頑張った分だけ、ご褒美がある」と言い、國臣もそれを疑わずに過ごして十七年。地道に努力してスコアを得てきた。人に迷惑をかけることなく、言われた通りのことをこなしてきた。そのかいがあってスコアはそれなりに維持できていた。
一見充実しているように見えても自分にしかない特異的体質に日頃悩まされている。
触れた人のスコアをコピーしてしまう「カメレオン体質」。特異的体質研究所によれば、当時登録された特異体質の中でも希少で国内でも片手におさまる程度の人しかいないらしい。そもそもこの体質は生まれ持った物だから治ることはない。慣れるしかないという。
意図せず上書きされてしまうスコアを守るために、國臣は常に手袋を身に付けていた。
高校に入学してから二年目。初めて出来た彼女にすらそのことは伝えていない。スコアの変動で生活が苦しくなるのは避けたい。それに、変な人に目を付けられるのも避けるべく両親以外には直接触れない潔癖症と嘘をついてきた。もちろん彼女にも。疑うことなく、彼女が受け入れてくれたときには胸が痛んだ。
なるべく接触を避けるために人が集まる場所へ行かないようにしていたが、付き合って初めて迎えるクリスマスだから出掛けたいと言う彼女の申し出を断れなかった。
國臣はいつもよりも警戒度を増して黒の手袋に加え、同色のマフラーに顔をうずめる。防寒対策のために長袖長ズボンだし、肌の露出はかなり抑えられる。イコール接触せずにスコアが守られる。冬はスコアの保持には適していた。
短くなった日照時間。星が控えめに見える暗い空の元、
普段ならぽつりぽつりとしか人がいないような通り道。今日は年に一度の特別な日であったために、この時刻になってもどこを見てもカップルが腕を組んで歩いている。そんなカップルの中に國臣も含まれた。
駅前の広場は一段と賑やかだった。愛を囁いて別れを惜しむカップルでごった返している。膝まづく人影に嬉しさからか涙を流す人。幸せオーラが溢れている中心には、イルミネーションを施されているが滞りなく流れ出る噴水があり、その上部にはホログラムでメッセージとともに現実に引き戻すかの如く音声が流れていた。
『監視局からのお知らせです。十二月二十五日、システムメンテナンスを行います。これにより、五分ほど、スコアの確認が出来なくなります。ご注意ください。繰り返します。監視局からの――』
ポップな色と文字、明るい声のアナウンスにまじまじと注目する人はいないほどメンテナンスは恒例行事であった。
たった五分。街中のカメラや巡回アンドロイドのオルターエゴが順次メンテナンスに入る。映像データを総括して管理する
しかもその時間は深夜ときた。
多くの人は眠っているため影響がないので、注意することもない。
國臣も一瞬だけアナウンスメッセージを見たものの、すぐに目の前の彼女に注意がゆく。
「ことりちゃん」
彼女――
「どうかしました?」
丁寧な言葉で國臣に応じる。吸い込まれそうな大きな瞳に國臣の姿が写り込んだ。癖のある國臣の前髪が目元まで伸びていた。手で少し整えてからポケットの中から手のひらに収まるほどの小さな箱を取り出す。白い箱に青いリボン。つぶれないように気を付けていたが、少しへこんでしまった。それにことりは気づいた様子はない。
「プレゼントですか? 貴方が?」
「一体俺のことなんだと思ってるの? これでもすごい悩んだんだけど」
ことりのふざけたような発言はいつものことであり、慣れていた。國臣は苦笑いをしながら、箱を手渡す。子供のように目を輝かせたことりは「ありがとう」と言いながら、さっそく開封する。
中に入っていたのはネックレス。ピンクゴールドのチェーンについているのは、同じ色をした四角柱のペンダントトップ。シルバーストーンがひとつ装飾されている。少しの光でも反射してきらめくそれを、ことりは手に取ってよく見た。
「この刻印……日付? ああ、なるほど。私たちが出会った日ですね? 意外ですね。貴方がこんな素敵な物を用意するなんて」
「それって褒めてる? けなしてる?」
「ただの照れ隠しです。オプティに指示されるがままの生活をしていた貴方が自ら考え抜いて心を込めた贈り物ですから嬉しいんですよ。とてもね」
オーダーメイドで刻印したのは「2100/4/9」。忘れもしない日付。
春の訪れを知らせる風に飛ばされた國臣の手袋が運悪く川の中へ落ちてしまった。流れは緩やかだったが、どんどん流されていく。誰かからのプレゼントとかでもなく量産された手袋だったから特段思い入れのあるものではなかった。また買えばいいやと諦めたそのとき、たまたま通りかかったことりが躊躇することなく川に入って行った。冷たい水に脚をつけ、スカートまでずぶぬれになりながら手袋を拾ってきた。
スコアを上げるためでもなく、ただの気まぐれだったと本人はのちに言ったが、國臣にとって衝撃的な行動であり、この出来事をきっかけに距離が近づいた。
当時制服を着ていたことりだが、國臣とは異なる学校の制服だった。だから会う時間は決して多くなかったけれど、付き合うまで時間はかからなかった。
ことりは國臣に背中を向け、慣れた手つきでネックレスを身につけてから、改めて振り返る。
イルミネーションの明かりを受けて首元でストーンがきらめいた。
「どうです? 似合ってます?」
「うん。やっぱりことりちゃんには、明るい色が似合うね。可愛いよ」
「ふふっ。お世辞でも嬉しいです。やはり、心がこもったものは別格ですね」
そう言ってことりは國臣の左腕に絡みつく。二人の身長差はおよそ十五センチ。ちょうどいい身長差だ。
二人はそのまま駅から離れるように、人々の流れに逆らって歩いていく。
というのも、ことりの暮らす家がその方向にあったのである。
いくらカメラやアンドロイドが監視しているとしても、自暴自棄になった人間が何をし出すかは分からない。そんな中で女の子を一人で歩いて帰すのは良くないという認識が國臣にはある。
ことりの家は、戸和駅が最寄りだ。ショッピングモールを通り過ぎて現れる住宅街。そこからさらに徒歩十分ほど離れた田んぼに囲まれた中にあった。今の時期、稲は刈られて何もない。家を隠すかのように木々が伸びて寂しい中に佇む古めかしい家は真っ暗だ。
「送っていただきありがとうございました。記憶に残る素敵な日でした」
「楽しんでもらえたならよかったよ。また今度行こう。行きたい場所があったらいつでも言って。調べておくから」
そう言葉を交わすと、ことりは國臣の首に手をまわして抱きしめる。それに戸惑ったものの、國臣もそれに応じてことりを抱きしめると、小さな声でことりは言う。
「本当にありがとう。貴方との出会い、星の巡りに感謝しなければなりまそんね。思い残すことはないほど、私はとても幸せです」
囁くような声だった。そして頬に柔らかい感触が伝わる。
すぐさまことりは國臣から離れ、どこか寂しそうな顔を浮かべてから家の中へと入って行った。
あっけに取られていたが、家の扉が閉まるまで見守った國臣。我に返って、ひとり、帰路につく。道中一日のデートを思い返す。次は何処に行こうかと、幸せな日と待ち望んで止まない。
しかし、この日を境に木島ことりは行方が分からなくなった。
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