第10話


 起きたときには驚くほどに身体は動かせるほど回復していた。知らないうちにかけられていた毛布をめくり、起き上がってみると向かいのソファーで大きく口を開けて眠る黒沼がいたが、元研究者の女はいない。

 今何時なのだろうかと、時計を探したがどこにもない。地下なので外の様子は分からないし、日光もない。もう一度眠るべきなのか、それとも男を探してみるべきか。ともかく立ち上がって身体の調子を確かめる。

 背伸びをして、肩を回してみれば骨がバキバキと音を鳴らした。


「んあ? 起きたか」わずかな音で目覚めたのか、黒沼は目をこすりながら言う。

「はい。ご迷惑をおかけしました」

「構わねえよ。子どもの面倒を見るのは大人の責任だ。ガキはただ、走り回っていればいいんだ」


 國臣は小さく頭を下げる。まだ未成年。八十年近く前に成人年齢が十八歳に引き下げられているが、國臣はまだ十七。法律的には未成年に該当している。体格だけで言えば成人と言っても過言ではないが、黒沼は國臣を子どもとみなした。


「なんだ、ガキじゃなかったか?」

「いえ。子どもです。大人にはなれていませんので」

「だろうな。俺の観察眼はいいほうさ。それに勘はよく当たる。観察眼は刑事時代から鍛えられて自信があんだよ」

「刑事……? 刑事さんなんですか?」


 いつの間にか黒沼の顔からは眠気が消えている。


「元、だよ。元。さっきの先生……お前を診た女医もそうだが、ここに居るやつらはみんな元なんとかだ。医者もいれば、犯罪者もいる。上じゃあ生きられねぇやつの吹き溜まりなんだよ……っと、余計な話はするもんじゃねぇ。喋る気力があんなら上に向かうぞ」


 よっこらしょ、と老いた掛け声で立ち上がると黒沼はトンネルと部屋を隔てる扉へと向かう。國臣もそれに続かねばならないのだが、かすかな希望を捨ててはいけないと声をあげる。


「あの! 刑事さんだったら、人探し、できませんか?」

「は?」

「俺、行方不明の人を探してて。警察は見つけれれないみたいだし、監視局も無理みたいで……何か事件のことも知っているかもしれなくて見つけたいんです」

「……俺には関係ねぇ話だ」


 黒沼は訊きたくないと言わんばかりに顔を背けている。

 無理があった。見ず知らずの人に協力を仰ぐのは。小さな声で「そうですよね、すみません」と國臣はうつむく。期待していた自分を恥じる。人に頼ってばかりではいけない。自分でやるしかない。何としても彼女を探さないと――新たに決意を固めていざ行かんと顔を上げたとき。


「いいじゃん、やってやれば。あんた、そういうの好きでしょ」


 國臣が寝ていたソファーとは別に、本棚の前にあるより高級そうな作りのソファーからにょきっと足が現れる。すぐさま足は消えて、ソファーの背もたれだけになったが上部から頭が生えた。元研究員の女だ。

 変わらぬ光のない目で黒沼を見て言う。


地下ここは変わり映えもなくて退屈だって言ってたじゃん」

「先生……いい加減なことを言うもんじゃない。俺はもう、そういうのには首を突っ込まないって」

「突っ込まなきゃいけないかもしれないよ。そもそも第九口はずっと使われていないから、開けることもない。使っていない場所が開いている? そこから落っこちる? あるはずがないんだよ。あんな入り組んだ場所かつ人に見られそうな場所、ここで暮らす人が使うことはないんだ。外から誰かが入り込んだ、もしくは誰かがそこを開けて人が落ちるように仕組まれた。そう考えてもおかしくないでしょ」


 女はさらに勢いを増していく。


「その子が探している人物が仕組んだって場合もあるし、それだったら動機が知りたいし。ネズミが入り込んだなら捕まえておかないと。自分の身を守ることにつながるでしょ? せっかく伸び伸び過ごせるアングラを地上うえと同じにする気? やだねぇ、そんなの。また無くしちゃうよ、大切なものが」

「はぁ……よしてくれ先生。わかった、わかった。じゃあ、先生。酒はなしにするぞ」

「うえー。まあいいよ。まだ、備蓄はあるからね。喜べ、少年。この刑事さんが君の手助けをしてくれるって」


 本当に? 國臣の顔に光が差し込む。


「その……いいんですか?」

「ああ。俺にできることなら手を貸してやる。俺たちの住処を荒らされても困るしな」

「ありがとうございます……!」


 突如として希望が満ちる。声のトーンも上がり、大きく頭を下げた。だが、くぎを刺すように黒沼は条件を提示した。


「ただし、ここを出たら地下について上で話すことは禁じる。無駄に出入りされて監視局に目をつけられるのは御免だ。行き場のない俺たちの居場所を消すんじゃねぇぞ」

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