第20話
想像を絶する状況に星宮と雨甲斐が顔を見合わせるが、なにも言葉にならない。
予想をはるかに越える異常。類を見ない様に、これからどう動くべきなのか判断するのも難しい。
その一方で、國臣はオプティマイズに表示されたスコアをちらりと見ながら通話を続けていた。
「黒沼さん、知っているなら教えてください。今の戸和は何が起きているんですか? スコアがそれなりにちゃんとある人が、人命救助している人がオルターエゴに捕まっているみたいなんですけど」
『スコアを見たのか? お前さん、監視局の人間が傍にいるのか?』
「ええ……そうです」
『ふっ、そりゃ都合がいい。全部話すには電話じゃ伝わりにくい。一緒にいる監視局の人間も連れて地下へ来い。どこの入口からでもいいが、なるべくオルターエゴを避けろ。監視局の人間ならあの機械への対処もできるはずだ』
黒沼はそう言って通話を切ってしまった。
國臣はスマートフォンを握り、後方に座る隼を見やる。視線に気付き、光のない目が國臣をほんの僅かに映した。
これ以上何も失いたくない。
その思いが國臣の背中を押す。
「せっ……雨甲斐さん」
「なんだ」
今忙しい、そう目で語る雨甲斐にひるんだがすぐに伝える。
「地下へ行きませんか? 知り合いがこの状況を知っているみたいなんです」
「知り合い? それは信用に足りる人間なのか?」
「はい」
「それに地下は……どうして地下を知っている? 存在は伏せられているはず」
「事故で地下に落ちてしまったんです。それで知りました」
「……すでに地下への入口は塞いであるはずだが?」
「いえ。いくつか出入りできるところはあるみたいです。二か所はわかるんですが、ここからだとどっちが近いかはわかりません。でも、地下は地上と違ってスコアを考えなくてもいいと聞いているので、今スコアの異常が起きていても地下は問題ない可能性があると思います」
珍しく國臣がスラスラと述べる。國臣自身もここまで言えることに内心驚いていた。
話を聞いた雨甲斐は、隣の星宮に目を向け意見を求める。
「ここにいても仕方ないし、ここは行くべきだ。オルターエゴが低スコアを狙っているわけじゃないとしたら、私たちも狙われるかもしれないしね」
「……だ、そうだ。どうやって地下へ向かう?」
意見が通った。
國臣は知る情報を全て伝え、最も近い第七口を目指すことにした。
車を近くの駐車場に――と検討したものの、この混乱した状況下では難しいと雨甲斐は判断した。
止めたままの車から降り、歩いて第七口へ向かう。
前を歩くのは國臣と雨甲斐。後ろを星宮が隼の腕を組んで半ば無理矢理歩かせる。
第七口は春沢公園の傍。雨甲斐は位置が分かったらしく、なるべく人が少ない通りを選んだ。
第七口まで歩いても三十分かかったものの、至る所で起きているオルターエゴを含めた騒ぎを横目に見つつ、絡まれずにたどり着けた。
第七口から地下へ降りていくと、そこで黒沼がすでに待機していた。
「黒沼さん!」
「来たな。っと……まさか上層部の犬が来るとは。そっちのノッポも監視局の犬か?」
知り合いのような反応をする黒沼に会って、國臣はホッとした。
國臣の事情だけでなく、地上のことも知っている。もうこれで何とかなるとさえ思っていた。
「監視局の方はこちらの星宮先輩と雨甲斐さんです。後ろは隼、同級生です」
こひゃどうもと簡単に挨拶をしてすぐに本題に入る。
「黒沼だ。悪いが地下のことは今回見過ごしてくれ。今はそれどころじゃねぇ。下手すりゃあ、日本が終わる。それぐらいの問題が起きてんだからな」
「それ、何がなんだかわかんなくて。あちこちで事故が起きてますよ」
「だろうな。コッチの調べから仮説を立てた。それが『オプティがウイルスにやられた』。おそらく、いや確実にFreedの仕業だ」
黒沼は続ける。
「ウチの先生の盗まれたデバイス。お前さんも覚えているだろ? あれを使ってオプティにウイルスを送ったらしい。そのせいで社会の基盤であるスコアライフが狂った。善は善、悪は悪だったのに今じゃ善は悪、悪は善になっている」
國臣の顔には「よくわからない」、そう書かれている。
「つまりハイスコアと低スコアの立場は逆ってことか?」と雨甲斐。
「そういうことだ。今はまだ、戸和市内だけに起きているが、年をまたげば全国区のオプティへの接続で国内全ての地区で同じことが起きる。そうだろう? 監視局の犬さんよ」
黒沼の目は雨甲斐ではなく、星宮へと向いていた。
「年をまたぐ前にオプティ内の情報は整理される。不要なデータの削除をし、個人とデータの照合をするための十分な容量を作る。削除は十二月二十五日。データの照合は一月一日。オプティはオルターエゴやカメラからの一斉接続とデータ処理を同時にこなしている。が、そうやすやすとウイルスにやられるようなセキュリティはしていない」
「そりゃ外部からの侵入に関してだ。内部からの侵略にはめっぽう弱い。かなり前から仕組まれてたとすりゃ尚更」
「というと?」
「二十年近く前から計画されていた。とっつかまえたFreedの奴から聞いた情報に、奴らの基地から証拠も集めたから確かだ。ほらよ、これが証拠だ」
黒沼は一冊のノートを星宮に渡す。
端はよれて、紙は黄ばんでおりかなり古いことを示している。
星宮は中身に目を通していく。
「これは……どうしてこの二人が出てくるんだ? しかも今じゃ死者だぞ。死者をボスにしてどうやってこんな計画を立てて遂行したんだ」
声を大にして言う。そこまでの内容なのだ。
どんなことが書いてあるのか、國臣は雨甲斐と共にノートを覗き込んだ。
『二一〇〇年十二月三十一日にスコア反転させ、確変を引き起こすことを目的とする』
最初のページから記された目的。続きを見ていく。
『二〇八三年、
Freedのスローガンはここから生まれたのだろう。
それよりも本来の目的であった木島ことりの存在がここで明らかになった。
彼女は誘拐された子であり、心無い大人に都合よく使われた。望まない特異体質にされて、社会の理に入ることを許されない生活を余儀なくされたのだ。
脳裏によみがえる最後に会った日の記憶。
そっと頬に口づけされたことを思い出す。
思えば口づけされたにもかかわらず、國臣自身のスコアが変わっていないことがおかしかったのだ。スコアを持てない、オプティに認識されない特異体質の一種、不可視体質であったなら、変動しなかったことも頷ける。
どうして気づけなかったのか。
さらなる後悔が國臣にのしかかった。
「滑川則真と赤坂説子は、医師と看護師だった。だが、医療事故を引き起こしたのではないかという噂が広まり、オプティは二人に価値のない人間という烙印を押した。そこからはどん底。働いても働いても、生活は苦しくなる。地獄に行くなら道連れにしてやるって、二人は仕事を辞めてFreedを作った。そしてこの計画が生まれ、今、計画の終盤にさしかかっている。三十一日中にオプティを修繕しなければ、全国規模の逆転現象が起き、暴動が多発するだろう。窃盗も殺人も、どんな犯罪でも重ねるほどにスコアが良くなる。犯罪大国の完成だ」
黒沼は平然と言った。
「首謀者の二人はすでに火災で死んでいる。直近まで生きていたが、今は誰がFreedを先導しているんだ?」
と星宮が追加して問えば、黒沼は嘘だろと両手の平を上に向けてから地上を指さす。
「おいおい、見てねえのか? Freedの真ん中に座するお姫様をよう」
「くどい。分かりやすく説明しろ」
「わかぁったよ。こいつだ、木島ことりを模したオルターエゴ。ウチの先生を襲ったやつでもある」
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