第21話


 國臣は、隼そして雨甲斐とともに地上に戻ってきていた。


 このメンバーになった理由はただひとつ。星宮曰く、『スコアが高くない』ということ。

移動しなければならないし安全は保証されない中でも、スコアの価値が逆転した社会だったなら例えオルターエゴに遭遇したとしても危害を与えられることは低いと考えられたからである。

 だが、会話に加わることのない虚ろな目をした隼は、安全のために地下に残そうとした。いくらスコアが低かろうが、この状態では出来ることも出来なくなる。地下にいる方がずっと安全なのだ。地下ならばれっきとした医師の葛城だっている。この状況になってから彼女は見ていないが、地上に出てきているとも考えにくい。何かあったときに彼女に診てもらえる。

しかし、隼は國臣の服を摑んで離さなかった。まるで子どものように。


 手を剥がそうとしても離さない。離してと伝えても返事もなかった。

 こうなったら隼を置いていくのは難しい。低スコアならば地上に居ても襲われないはず。もし何かあったらしく共に逃げる覚悟をして、國臣は隼も連れてきた。


 隼と同じ低スコアになった國臣はともなく、どうして雨甲斐が一緒になるのか。疑問を解消してくれたのは、誰でもない本人であった。


「いいか。俺たちは木島ことりを模したオルターエゴを機能停止させる。手段は問わない。オルターエゴの主電源は心臓部にあるから、そこを破壊するのでも構わない。さらなるウイルスをオプティに送らないためにも必要なことだ。そうして元を絶ったら、星宮たちが地上に戻ってオプティをリセットする。一時的に社会は機能停止するが、確変を起こされるよりはずっといい。俺たちは他のオルターエゴから星宮が抜けられる道を確保するのも仕事だ。わかったな?」


 第七口から地上へ。春沢公園の中では、たき火のように火が焚かれている。それを囲うのはFreedだ。両手を伸ばし暖をとっているようだ。


「姿勢を低く、あそこの道に入る」


雨甲斐の指示の元、Freedに見つからないよう生け垣に隠れるようにして進んでいく。そうして彼らの立ち位置から見つからない路地裏に入って背筋を伸ばした。


「奴らは所詮人間の凡人。相手にしなくていい。厄介なのはオルターエゴだが……大きな問題を起こさなければ駆けつけてくることもないだろう。だが警戒はしておけ。何処から奴らが出てきてもおかしくない」


死角のないカメラ映像はオプティに送られている。故に三人の居場所は知られている。それにも関わらず、オルターエゴがやって来ることはなかった。

だが他に誰にも見つからずに移動する方がいい。周囲への警戒を怠らずに、大通りを目指しながら会話する。


「わかっています。わかってますけど、どうしてせっ……雨甲斐さんが一緒なんですか?」


 どうしても「先生」呼びをしそうになって言い直す。今から呼び方を変える方が難しい。


「子どもだけを向かわせるわけにはいかないだろう。それに、俺もスコアはかなり低い。生まれつきで改善は見込めない」

「生まれつき?」

「……家庭環境が大きな要因だ。育児放棄した母親、仕事で帰らぬ父親。生きるためには何でもした。だが親から見捨てられた先は社会のゴミ。今の御月と全く同じ状況下だな。それでも星宮が俺を拾った。低スコアの人間が唯一生き残れる監視局の補佐官として」


 話をしながらも、雨甲斐は周りを確認しながら目的のオルターエゴを囲うFreedの集団を探し歩く。後ろをついて行く國臣は隼を引っ張りながら歩く。


「補佐官はオプティが要らないと判断した人間の救済措置でもある。ただし、監視官ひとりにつき、補佐官はひとりしか選べない。星宮に見捨てられれば、俺はまた社会のゴミになる」

「そんな……それしかないんですか、スコアが低かったときの生き方って」

「ないな」


 きっぱりと言われてしまった。

 それじゃあ隼はどうなるんだ。國臣の悩みは尽きない。


「っと、話はあとだ。あそこにいたぞ、あそこに。Freedの馬鹿どもが集まっている。中心にいるのが、木島ことりを模したオルターエゴだろう」


 白いリストバンドをつけた集団が、車道を広がるようにして歩いている。その中心にいる若い少女は國臣にとって想い人――木島ことり――の姿をしているオルターエゴで間違いない。もろくなっていた手足は、地下で引きちぎられ壊れている。それを隠すように、長袖の服とロングスカートを身につけているようだ。隠せていない顔は、ことりとまったく同じ顔。大きな瞳はまっすぐ前を見ているが、無表情のまま変わらない。


 國臣がずっと探してきた彼女に抱く感情は複雑だった。

 あのオルターエゴがいるということは、きっと木島ことり本人は存在しないだろう。同じ地域に同じ顔が存在しないようになっているのだから。

 何が彼女本人にあったのかは分からない。でも、きっと彼女が何か考えることがあったはず。


 全てを明らかにしたい。

 けれど、彼女がもういないことを認めたくなければ、彼女の姿をしたオルターエゴを傷付けることもしたくない。


 ぐちゃぐちゃになる感情。表情も曇る。

 彼女の姿を、隼も見ていた。


「俺と隼は、どうしたらいいですか?」

「俺が道を切り開く。兎川はオルターエゴを壊せ。御月は……!? おい、どこへ行く!?」


 雨甲斐が説明をしている側を隼が駆け抜けていく。

 その先にはFreedの集団。白いリストバンドをしたFreedメンバーが振り返る。


「邪魔者だ!」

「ボスを守れ!」


 Freedの手にある銃やナイフが鈍く光る。


「隼!」

「チッ。兎川、目的を果たせ! 動きは任せる」


 雨甲斐は隼を追いかける。

 すると、一般人を装っていた他のオルターエゴが目を光らせ、二人を目指して動き出した。


「雨甲斐さん!」


 そう叫んで着いていく國臣の方にも、オルターエゴは向かっていく。


「しまったっ……逃げなきゃ……ううん。やらなきゃ!」


 國臣の目はことりの姿を捉え、一目散に走り出す。

 立ちふさがるFreed。彼らを押しのける逮捕術を心得ている雨甲斐は的確に無力化させていく。

 しかし、隼は。

 電子ドラッグのせいで判断能力は低下しているが、基本はただの高校生だ。運動神経はよくても、争い事が得意なわけがない。


「落ち着け、御月ッ! お前は引け!」

「家族、家族だから……」


 隼がことりに近付こうとするのを阻むFreedが銃口を隼に向けていた。

 雨甲斐は銃に気付いたが、対応できる余裕はない。最悪なことに本人は気付いていなかった。


「邪魔者は排除するんだ!」


 Freedは叫んで引き金を引く。

 乾いた音に目を見開く國臣と隼。

 國臣はことりよりも、隼の方へと、向かう先を変えると、目の前で誰かが地面に倒れ込んだ。


 しかし。

 倒れたのは隼じゃなかった。

 銃と隼の間に、ひとりの人物が割り込んだ。

 ガシャリと音を立てて倒れるそれは――ことりの姿をしたオルターエゴだった。

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