第22話
一体どういうことか。
誰も、どこにも。それがわかる者はいない。
現にFreedも唖然呆然としている。
意思はなく、オプティの指示どおりに動くオルターエゴが勝手に動き、隼をかばった。そして自壊。力なく地面に落ちていく。
自らの重さで、地面にぶつかれば衝撃でさらに壊れる。人工皮膚がはがれ、人工筋繊維がむき出しになると、各パーツを止めていた細かなネジが外れて飛んだ。その様が、もう存在しないはずの木島ことりの第二の死のようだった。
『オニイ・チャン』
「ことり……?」
無表情の機械の顔がぐるりと動き、大きな目が隼を写す。さっきまで光のなかった隼の顔色は真っ青だ。膝が笑いながらも、四つんばいで倒れたオルターエゴに寄る。
すぐに國臣も傍に寄っていたので、ことりの言葉を聞き逃さなかった。
『ホシノ・メグリ、カンシャヲ……』
片言の言葉。ことりが國臣と交わした最後の言葉だ。
ことりは不思議な言動をする子だった。
出会った当初の行動も、見た目に反して丁寧な言葉遣いも。國臣の学校にはいないタイプだった。
普段のライフスタイルは見えてこず、時折変わった言い回しをする。
この言葉も彼女独自の言い回しだ。
本当にそう思っていたのだろう。ストレートに言えない彼女なりの最大限の感謝の意を示している。
オルターエゴが言葉を発した後には、その首はもげて地面に転がっていく。そして頭部を失った身体は、もくもくと煙を出し始めた。
「二人とも離れろ」
「あ……」
トップを失ったFreedは立ち尽くしている。
それをいいことに、雨甲斐は國臣と隼をひっぱって立たせると逃げるように走り出す。
その後、ことりの姿はFreedに囲まれたものの、小さな爆発と共に砕け散った。
☆☆☆☆☆
第七口へ向かうと、地上には黒沼と星宮の姿があった。
やるせない思いが見て取れたのか、黒沼は頭を抱えつつも「よくやった」と言葉をかける。
「俺は、何も……勝手に自爆しただけなんで」
「だとしても、その状況を作ったのはお前らだ」
「でも……」
ただ邪魔でしかなかっただろう。これなら雨甲斐だけでもどうにかなった。
ことりに対しても、何も出来ないことが心苦しい。
「お前さんはもう休め。あとは役人の仕事だ」
「ああ、そうだな。アタシも仕事しなきゃ。オプティを再起動させる。この地域で再起動させる設備があるのは……市役所か。そこに移動する」
黒沼は星宮と共に市役所の方へと向かうようだ。
これで役目は終わったのだろうか。
ただ邪魔をして、結局何になったのだろうか。
隼は狼狽えている。大人たちは難しそうな話をしている。
今の自分にできることはないのか。このままでいいのか。
何より、ことりに何が起きていたのか。何一つ分かっていない。
安全地帯で息をひそめていていいはずがない。
与えられたものを当たり前に享受するだけでは、きっと分からないから。
「お前たちは地下にいるといい。いくらスコアが低かろうが、地上は危険を伴う。子どもは地下で先生のところに――」
「行きます、俺も」
食い気味に國臣は言う。意思は固い。何があっても知る必要がある。
「足手まといだ。地下にいろ」
「嫌です」
「駄目だ。地下に行け」
「嫌です」
「我が儘言うな。子どもに何ができる。これ以上は大人の仕事だ」
「嫌ですっ! 俺は行きます!」
強く何かを言ったことはない。いつも國臣は言われるがままに、流されるように過ごしてきた。ここまで突き動かされたことはない。ましてや自分で何かを決めることが苦手だった。言われた通りに行動していればいいと思っていた。でも、それでは知りたいことは知ることができない。隼が大きなものを抱えていたことを知らなかったように。待っているだけではいけない。
いつになく意思が固いと感じとったのは、星宮だった。
「いいじゃないか。連れて行けば。今は言いあっている時間が惜しい。残り、一日を切っているんだから。作業時間と邪魔される時間を考えれば、連れていく方がいいと思う。雨甲斐、最短ルートは?」
「ここからだと――」
そう言われて、黒沼は渋い顔をした。
反対派が劣勢。しぶしぶであるが國臣は同行を許可されたようだ。
行き方については雨甲斐が考えて説明している間に、國臣はさらに虚ろな目になってしまった隼に向き合う。
「隼。俺、隼のこと何も知らなくてごめん。ことりちゃんは、隼の妹……だったんだよね? なのに、俺、何も言わなくて。辛い思いをさせてばかりで、本当にごめん。でも、これで全部終わりにして。隼が笑ってくれるような、そんな社会にするから」
だから、と続ける。
「隼はここで待っていて。俺は隼を守るから」
憧れた隼を取り戻すために。
かつての隼を取り戻すために。
今までみたいに、隼が笑える生活を。
反応がなにもない隼に伝える。
「兎川。行くぞ」
「はい。じゃあね、隼」
雨甲斐に呼ばれ、隼に小さく手を振って離れる。
隼は國臣を見ていたが、手を振り返すことはなかった。
☆☆☆☆☆
オルターエゴやFreedがいない道を選んで進んでいたら、市役所まで徒歩で一時間近くかかっていた。
案の定、市役所前は大きな事故が起きておりオルターエゴが人々を制圧している。
車から火の手が上がっているその横で。
「市役所もその前の道もオルターエゴがいるか……しかも祝日だから職員はいない。裏口は諦めてここは正面突破しかないか」
仕方ないな、と黒沼。肩と首を回してやる気満々だ。
「それだとセキュリティが鳴ってより警備が厳しくなるのではないのか? それにこの事故現場にいるオルターエゴはどうする? 一台二台じゃないぞ」
星宮はなるべく穏便に動きたいようだ。
制圧しているオルターエゴは五台。この場でオルターエゴとやり合えるほどの力を持っているのは黒沼と雨甲斐の二人だけ。分が悪い。
「だか他の道がない。隣のビルから窓を突き破るのも手だが……お、あいつは……?」
市役所の前の通りを挟んだところにある、建物の影から市役所の入り口を見てると黒沼は見知った顔を見つけた。
市役所の脇道から顔を出して大きく手を振る人物――山口だ。
年末年始にも関わらず、出勤していたらしい。
左右をキョロキョロみてから、大きく手招きをしている。
「こりゃ、ツイてんな。Freedの気を引かせているうちにあいつんとこ行くぞ」
そう言うと黒沼はコートの内ポケットからケミカルライトのようなものを取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます