第23話

「これは先生特製のエレキネットだ。こいつをぶちかませば機械は一時的に機能停止する。人間にっちゃあこれで感電するんだが、死にはしねぇ。しばらく麻痺するぐらいだ」


 さぞ当たり前かのように黒沼は言う。

 オルターエゴも人間同様、傷害罪が成立する。だから誰もオルターエゴに手を出せない。にも関わらず、特製のエレキネットを持って、Freedやオルターエゴが徘徊する道へ出る。

 行動異常者がいる。ひとりが振り返れば、次々に黒沼に気付く。そんな視線を集めていても、黒沼はちっともひるみはしない。


「やってやらぁ……うぉりゃぁぁ!」


 強く、そして大きな声を出しながら、ひとつ、またひとつとエレキネットを投げた。

 弧を描いて飛んでいき狙っていたオルターエゴの手前の地面に落ちた。落下の衝撃でカチリという音を立てた瞬間、激しい電光が走る。足から頭へ、電気を浴びた者は膝から崩れ落ちた。


「今のうちに市役所へ行け。長くは持たねぇ」


 黒沼の声にうなずいて、ゾロゾロと駆けては道路を横断する。

 全員が無事に渡りきるまでに、黒沼は途切れぬよう追加してエレキネットを投げていた。


「お久しぶりです、黒沼さん。こちらから役所に入れますのでどうぞ」


 やつれた姿の山口は市役所の別口へ案内する。職員用の出入口だ。部外者の侵入を拒むためのチップ認証が必要な扉。ノブに触れれば山口のチップを認証する。『職員・認証しました』と機械音声を発し、すんなりと鍵は開かれる。

 内部の明かりは非常口を示す緑の案内板による明かりだけ。通路を示すように設置されているので、何となくでも作りがわかる。


 全員が市役所内に入ったことを確認してから、山口は扉をそっと閉めた。


「市役所内の主な電源は落ちています。内部のオルターエゴもバッテリーを抜いてあるので、動きません。正面入り口はシャッターを下ろしてありますので、侵入は難しいと思います。ご安心を」


 山口の言葉に國臣は胸をなでおろす。外で見たような炎や鬼のような顔をした人に囲まれては生きた心地はしない。ひとまずは緊張を解ける。

 だが、じろっと山口を見つめる人物がいる。


「オプティに手を出すなんて貴方は何者?」


 星宮だ。

 自分の立場上、オルターエゴに手を加える者を許せるはずがない。


「やだなぁ、ただの公務員ですよ。メンテナンスも引き受けているんで、多少の知識があるんです」

「…………嘘くさいな」


 ひらりと追求を躱せば、星宮は更に疑いを持つ。

 漂うぴりつく空気は國臣も感じている。かと言って間に入れるような立場でもないからという理由をつけて、國臣は黙っていた。


「んなこたぁ、後にしてくれ。先に再起動させんだろ? 山口、案内してくれ」

「再起動? えっと、皆さんはこちらへ避難してきたわけではなくて?」

「っと。状況説明が先だったか。時間が惜しい。ひとまずオプティを再起動させられる端末へ案内してくれ。移動しながら話す」

「……わかりませんけど、わかりました」


 黒沼のことは信頼しているようだ。山口は「こちらへどうぞ」と暗い通路を歩いていく。

 離れていく背中を國臣は見つめる。


 このまま、あちこちで揉めて多数の人が傷つくような社会が良いはずがない。

 けれど、元通りの社会になれば隼は連れて行かれてしまう。

 ひとりを犠牲にして、知らない人全員を救うのか否か。

 天秤にかければ、助けたい人が誰なのか明確だ。


「スコアなんてなければいいのに」


 小さな声で言う。

 それは少年が背負うには大きすぎる決意を固めた合図でもあった。



 ☆☆☆☆☆



 市役所六階まで階段で上ることになった。足音が静けさ極まる館内に響く。平然とした顔をして昇っていく背中を國臣が息を切らして追う。体力のなさが浮き彫りになった。

 何食わぬ顔で先頭を征く黒沼は山口と話している。


「スコア逆転現象に歯止めをかけるには、再起動するしかない。幸いなことにオプティへのアクセス権を持ってる奴がいるしな」と黒沼。

「アクセス権ということは、えっと、こちらの二人が監視局の方です?」

「二人ともそうだ」

「なるほど……?」


 星宮、雨甲斐が小さな動作で挨拶する。


「監視局の方が来るのは理解できましたが、どうして彼……少年が一緒に? 僕ぁ、子どもを同伴させるような状況ではないと思うんですけども」

「そりゃ、成り行きだ。本当はもう一人いたんだがドラッグ漬けでまともに動けなさそうで置いてきた。こっちはピンピンしてるし、いざとなりゃ逃げられる術もあるみたいだしな。特に気にしなくてもいい」


 いささか雑な扱いではあるが、國臣にとって都合がいい。たまたま居合わせた、程度の方が國臣にとって動きやすい。

 納得はしていない様子だった山口。さらに追加して質問を投げかける。


「何がオプティを狂わせたんです? すぐに狂ってしまうようなシステムだったんです? 監視局のシステム管理ってザルなんです?」

「あー、もう。ベラベラ俺に訊くな、知るかそんなもん。オプティのコトは本職に訊け」


 黒沼は星宮を指さした。

 こちらも高校生。山口は不安げに「本当に監視局の人なんですか」とさらに聞いている。

 子ども扱いが気にくわないようで、星宮は口をとがらせる。


「失敬。我々は現職の監視局員。本部との通信は遮断されていたため、原因については明らかになっていない。しかし、現在の情報からすると原因は十七年前から計画されていたFreedの生み出したウイルスと仮定している。我々が支部を出る際に確認した時には問題が起きているのは『戸和』のみだったということは確かだ」雨甲斐が言う。

「そんな前から? 嫌な年数ですね……」


 唸り始める山口にとどめを刺すかのように横から黒沼が割って入る。


「おめえが調べてた誘拐事件の当事者が関わってんだよ。被疑者の二人と、誘拐された赤子もな」

「! そんな、でも、彼女は亡くなったって。僕ぁ彼と一緒に警察に行きましたよ。被疑者の二人も亡くなったって聞きました」

「真実はわからねぇよ。真相は全部闇の中。とりあえずは目の前のことをやるしかねぇんだ」


 山口をなだめるような会話をしているうちに、階段を上りきる。


「……こちらがコントロールルームです。入口同様、チップ認証になっていて――あれ? 後ろに居た子がいないんですけど……?」


 六階。オプティの再起動が可能な部屋であることを示す『コントロールルーム』と書かれた部屋の扉前で立ち止まったとき、山口が気づく。

 最後尾を歩いていたはずの國臣の姿が無くなっていた。

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