第24話


「雨甲斐。下の方の階段に残っていないのか?」

「……いない、ですね。足音がしない。途中ではぐれたか、意図的に抜け出したか。体力のないタイプですから休んでいるのかもしれないですけど」


 雨甲斐が階段の下を覗き込む。しかし、そこに國臣の姿はない。耳を澄ましても、足音もなければ気配もない。國臣の普段の学校生活を知っている雨甲斐は過信していた。彼がひとりでにどこかへ行くようなタイプの人間ではないと。なので國臣がはぐれてしまっていることは雨甲斐にとって予想外であった。


「今時の若いモンの考えはオッサンには分からねぇ。嬢ちゃん、あいつは何しにどこにいったんだ?」

「アタシに訊かれても困るんですけど。知らないし」


 星宮は不機嫌そうに答える。


「あー……まあいい。あいつは放置して、とっとと再起動すんぞ」


 頭を搔きながら言う黒沼。山口がうなずき、コントロールルームの扉をチップ認証システムにより開錠し入った。

 内部は大きなモニターが並んでいる。複数のパネルが並列しており、複雑そうな文字列が並んでいる。

 その正面へ向かっていく星宮。真剣な眼差しでモニターと手元を交互に見て言う


「再起動の前に内部のクリアアップを行う。少し時間がかかる」


 男たちは何も手伝うことなく、星宮の作業を見守るしかなかった。



 一方、國臣は隙をついて抜け出した。

 その時の階は四階。市役所自体立ち入ったこともなく、何がどこにあるかも分かっていない。それでも抜け出したのには理由がある。


 人を見捨てるような大人に従っていられない。

 低スコアになってしまった親友を救うためにも、元の社会に戻っては困る。

 今の狂った社会でもなく、元の社会でもなく。新たな社会――スコアのない社会を求めていた。


 そのためにはオプティを再起動させるのではなく、オプティ自体を止めるべき。

 主電源を切る、あるいはオプティを破壊する。

 思いつく方法を試みるしかない。


 市役所内を徘徊し、電源盤を探すが見つからない。


「このままじゃ、ことりちゃんだけでなく、隼までいなくなる……」


 泣きたくなるような思いを吐露しつつ、必死になる。スマートフォンのライトを手掛かりに、開錠してある部屋に入ってみる。

 その部屋は会議室D。誰もいないが、つい最近まで使用されていた形跡が残っていた。

 画面が真っ黒のノートパソコン。山積みの資料。飲みかけのペットボトル飲料。

 パソコンはロックがかかっており、確認することはできない。だが紙資料をライトで照らせばどうならこれは低スコア者向けの講習について書かれた資料のようだった。


 惹かれる内容でもなく、他にめぼしいものが無いことを確認して会議室を出たとき、階下でガシャンという大きな音が聞こえた。

 吹き抜けから下を覗き込むと、市役所正面入り口のシャッターが壊されてゾロゾロと人が入って来ている。


「Freed……? さっき大丈夫って言ってたのに、シャッターを壊してきたなんて……」


 とっさに身をかがめて動向を探る。足音は複数。Freedの象徴である白いリストバンドをした人がいた。それに加えて、オルターエゴもいるようで『オルターエゴもも同行するんだ』と話す声がした。まじりあった足音からは人とオルターエゴの区別はできず、配分がとの程度なのか予想できない。

 だがリーダー格の人物がいるようで、『電源を落とせ』と指示する声がした。

 自分が闇雲に探すよりも、人数が多いFreedに任せた方が確実だ。國臣は電源を探すのを中断し、オプティを起動させないように動く。逃げ遅れた人を装うことにした。

 階段を駆け上がる足音。その中のいくつかが、國臣に近づいてくる。


『スコア確認。規定値以下』


 Freedのメンバーと共に行動していたオルターエゴだ。

 國臣をスキャンし、スコアを確認していた。すでに低スコアになっているので、捕縛することはない。

 オルターエゴの背後からやって来たFreedに属する男――Freedの象徴である白いリストバンドをしている――が言う。


「低値ならほおっておけ! オプティを探すんだ」

『了解しました』


 興味を無くしたように、オルターエゴは國臣に背中を向ける。國臣が望むオプティの破壊・停止をするのにまたとないチャンスでもある。國臣はオルターエゴの目の前に立ちふさがった。


『妨害は減点対象です』

「減点よりも、貴方たちが探しているものの場所を知りたくないですか?」

『詳細は上官へお問い合わせください』


 國臣はオルターエゴからFreedの男へと目を向ける。


「知りたいのは山々だが、お前は何が目的だ」

「……俺はただ、この社会が嫌なだけです。こんなスコアに縛られるような生活なんてしたくない」

「ほう。ならば我々と意見は変わらないか。では、オプティの場所を教えてもらおうか」

「六階です。戸和の管理をする端末があるそうです。だけど今、監視局の人がすでに向かっています。再起動すれば元に戻るとか」


 國臣は情報を伝える。すると男は耳元につけた通信端末を操作して、仲間に情報を共有する。


「情報提供、感謝する。君も社会を嫌うならば行動するといい。我々は人間らしく考えて動く君を応援する」


 それでは、と立ち去る男。

 今までにFreedと遭遇したときに感じていた恐怖は一切なく、國臣にはむしろ「これで新しい生活を送ることができるだろう」という明るい気持ちが湧く。


「おっと、君の名前を訊いておこう。もし、偽情報だったときの保険として」

「……兎川國臣」


 偽名を伝えてもよかったが、とっさに名前が出てこずに本名を伝える。すると男の表情が一変する。

 上から目線だったが、急に跪き頭を下げたのだ。

 何事か、と後ずさりする國臣。


「大変失礼いたしました。貴方様をずっと探しておりました。どうか我々と共に新しい社会を作りましょう」

「は? ……え?」


 態度の急変、話の内容に対して頭が回っていない。


「兎川國臣様……特異的体質研究所管理ナンバー、二〇。他者スコアに染まるカメレオンから派生した、他者のチップの記録……スコア以外のものも含めすべてを自分のものにすることが可能な『コピー』をお持ちである貴方様は、社会から酷い仕打ちを受けたお方。我々の長として、共に進みましょう」


 自分の体質は『カメレオン』。他人のスコアを写し取って染まってしまう厄介なもの。だから人に触れないように気を付けて生活をしてきた。それが、突然違う名称の体質を見知らぬ人に言われ、口もきけない。

 第一、何故管理ナンバーを知っているのか。國臣すら知りえない数字を。


「もしかしてご存じない……? これは失礼いたしました。よろしければ、説明をしても?」


 男が丁寧に言うので、國臣はゆっくり頷いた。

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