第25話


「スコアライフに関わる特異的な体質を調べることができる施設は、『特異的体質研究所』であると銘打っていますが、あの場所は非人道的な実験を行う施設です。遺伝子レベルから改良し、生命の誕生、そして死までを追っている。特異体質とは意図的に生み出されたものです。細かなデザインをし、母親の胎内ではなく試験管の中で育てられる。やがて外へ出た日と誕生と呼び、その赤子に番号を振る。禁忌の人体生成を行っていました」


 道徳を手放した内容が次々と羅列されていく。衝撃的な言葉に國臣は呆然と聞いていた。


「そうして生み出した子に番号を振ったものの、生存率はかなり低く、現在生存を確認できているのは五人ほど。うち一人が貴方様です」


 國臣の表情が固まった。まさかそんなはずは。

 他人のスコアに上書きされてしまう厄介な体質を隠し、静かに過ごしてきた。

 それなのに今までの生活は、家族は何だったのか。自分の行動を思い返す間にも男は続けていく。


「研究所の目的は、『スコアライフから外れた生活を知ること』。社会の枠組みから外れた人の生活を実験として記録していく、ただそれだけのために、貴方は誕生しそして生涯監視されているのです」


 男は哀れむ視線を送る。


「特異体質は常に進化し続ける。それに気づくことができるのは、身近な者であるだろうと。そうして両親という肩書きを背負っているのは、家族と偽った研究員です」

「そんな……」


 知らぬ人物による情報が全て正しいとは限らない。しかし、両親は長期の出張中と聞いており、今までに違和感を抱いたこともなかった。

 血のつながりを調べる機会なんてない。どこにでもあるようないたって普通の家族生活をしてきている。今更そう言われても信じられない。


「混乱するし、すぐに信じることも難しいかと思います。ですがこれは事実……実際、研究所については大人の誰しもが薄々知っているものの見て見ぬふりをしているのが現実です。子どもには知られぬように言わないだけなのですよ」


 黒沼を筆頭に今までに出会った大人たち。彼らが皆、知っていて言わない。

 大人に対する信用は落ちかけていたが、さらに傾いていく。


「確認してみましょうか。貴方様の端末では制限がかかっているでしょうから、わたくしの私物で失礼します」


 男は自身のスマートフォンを取り出した。

 Freedのメンバーと言えど、個人のスマートフォンはあるらしい。使用者本人のチップを認識しオプティの元で検索結果を操作されている。

 未成年者に過激な内容を見せないように。健全な精神を育てるためのセーフティーチェック機能がある。

 それをかいくぐることも出来なくはない。あくまでも保護者が機能を利用するか選択できる。多くの家庭で利用しているので、わざわざ機能を利用しない選択をする人は少ない。


 國臣のスマートフォンも、見せたくないものに近付かないようになっている。

 それ故、特異的体質研究所を調べても、公式ホームページが出てくるのみだ。

 だが、男は違う。見た目からしても成人している。ともなれば、いくらスコアが低かろうが、インターネット上で出てくる情報に制限はなく、調べた結果の画面を國臣へ向ける。


『特異体質は人工的』

『人体生成技術により、年間およそ三〇人ほど誕生』

『特異体質者の生活の例』

『特異的体質の進化』


 並ぶのは各ページの大きな見だし。どれもこれも、特異体質は一般的に知られていることだと示している。

 男が言っていることは真実なのだ。


 國臣の中で、何かが壊れた。


「あなたたちは、オプティをどうするんですか? ここのオプティを壊したことで、日本全体が変わるわけじゃない」


 今度は國臣から訊けば、よくぞ訊いたと言わんばかりに男は口を開いた。


「我々はスコアに縛られない、かつての日本を取り戻すまでです。そうすれば、スコアに関係ない生活を送ることができる。つまりは皆が幸せになれる! オプティに送り込んだ改変プログラムは、年が明けると全国へ広まる……国はオプティを止めるしかなくなります。そして仕込んだプログラムは再起動させようとすると内部プログラムを破壊させるようになっているので、どう足掻いてもオプティは終わりです。我々の目指す社会は近い!」


 何かに心酔しているように男は答えた。


「残りは三時間ほど。間もなく現実になります。スコアがない社会がやってくるのです!」


 腕時計で時刻を確認して言う。間もなく年が明ける。計画の成功が確信したかのように高笑いした。

 だが、直後。男のスマートフォンが振動する。電話だ。男はなにくわぬ顔で耳に当てたもののすぐに顔を青ざめる。


「おい! どうなっている! おい!」


 相手との通話が途切れたのだろう。再度かけ直しているようだが、コール音のみが続く。


「どうなっている……!  上に行った者たちは……!」


 状況が悪い方向に動くのを煩わしいように、苛立った様子だ。スマートフォンを耳に充てる男は慌てている。

 何かがあった証拠だ。

 通話を強制的に終了して、もう一度かけ直す。また繋がらないという風に何も聞こえてこなくなった。男は唇を噛みしめる。


「まさか……」


 そう呟き男は國臣を睨みつける。


「図ったな! 我々を!」


 手持ちの情報の中では最も手薄となる國臣に男は駆け寄ってきた。その目は憤怒の色が浮かんでいる。冷静さを完全に失った。


「なんのことです……?」


 男はさらに近づいてきて、國臣の胸倉を掴みあげる。圧迫するように國臣を壁に押し付ける。


「なぁなぁなぁなぁっ!  人間の心も持たないのか! これだから被検体は――」


 激しい言葉に、怒りが含まれる。力の入った腕が、圧迫してきて息苦しさのあまり、國臣の表情が歪みだす。しかし男はずっと詰ってきた。

 何に対して憤怒しているかは分からない。ただ逃げ場がないことだけが分かる。

 國臣は男の手を摑み、あがいてみるが力及ばない。少しずつ込められる力が強くなっている。酸素を求めて口を開くも、上手く吸い込めない。

 意識が朦朧とし始める。

 これはまずい、本格的に直感した國臣は状況を変えようとするが、手段は何も浮かばない。何を口に出そうにも激しい叫びの前にかき消えてしまい。そもそも肺に届く前に息が止まりそうな気がした。

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