第26話
「おい! 今すぐその手を離せ」
声がして男は視線を移す。声の主は國臣らがいる部屋の出入り口。そこに立っていたのはのたくましい身体の黒沼だ。手には黒い拳銃。その銃口は男に向けられている。
男にも國臣にも視線を向けているだけでさらに口を開こうとしない。
「何だぁ貴様……! どこの正義気取りか知らんが――」
ガンッと沈黙の中に弾けるような大きな音がして、男の傍を弾がかすめた。
壁にめり込んだ弾丸が、外してはいないと告げる。
「次は当てる」
黒沼は表情を変えることなく、ただ銃を構える。
銃口がまだ自分の方を向いていることで、ようやく男は國臣を放すと、そのまま両手をあげる。
気道を確保できた國臣はずるずると床に腰を落とし、何度も咳をした。
「そのまま手をあげたまま動くな。そのまま後ろへ下がれ。そうだ、もっとだ」
緊迫感のあるやりとりが続く。男は苦渋の顔でゆっくりと後方へ下がっていく。反対に黒沼は一歩ずつ近づくので、二人の距離は縮まらない。
「お前さん、立てるか?」
國臣の傍までやって来ると、顔は男に向けたまま黒沼は言う。
「どうしてここに……?」
「どうもこうもねえ。上はあの二人でどうにでもなる。お前さんがいなくなった時点で嫌な予感はしたんだよ」
「でもそれだけで――」國臣の言葉は遮られる。
「俺の勘はよく当たる。悪いものほどな」
「……すみません」
ただ一言伝えて、國臣は立ち上がる。そこで初めて気づく、身体が震えていることに。情けない姿を見せまいと一度小さく息を吐いた。そんな様子を見てか黒沼は声をかけるのをやめず続ける。
「お前さんに聞きたいことはまだあるんだが……とりあえずはコイツをどうにかしないとな」
黒沼は銃を向けたまま片手でポケットをまさぐる。出てきたのは手錠。慣れた手つきでそれを男の手首にかけた。
男がのがれようともがいているものの、黒沼は銃を仕舞い空いた手で男を強引に押さえ込んだ。床へ倒された男の上に馬乗りになる黒沼。そのまま力強く押さえつけるものだから男は苦悶の声をあげる。
國臣からは顔は見えないが、少なからず暴れるような男の力よりは強いのだろうと思った。
「さて。お前のその顔……Freedの責任者、
「は? 警察か、あんたは!」
「ああそうだ。あんたらの計画はおじゃんになった。んであんたはムショで何をしたか反省するんだな」
國臣の位置からは見えないが、真坂の顔は憤怒に染まった。拘束された手に力が入る。手錠は丈夫なものでそう簡単に壊せるものではないようだ。
一方で、少し上を見上げる姿勢にある黒沼の表情は、鋭い目つきのままどこか哀れんだ様子で、見下ろす。
國臣は二人のやりとりを見守っていると、黒沼がむくりと顔を上げた。
緊張感漂っていたが、真坂が抵抗を諦めたことで黒沼は脱力し、真坂の上から退いた。そして國臣に近寄り、しゃがみこんで目線を合わせる。
「今回はお前さんが無事でなによりだ。コイツは地下にいるときから怪しい動きをしてたんだ。上に出てきてくれたお陰でやっと掴まえられた」
國臣には黒沼が少しだけ笑ったように見えた。それは口角が上がったというよりは、気が緩んだから笑みになったに近い表情だ。
「本当に怪我はないか?」
國臣は首を縦に振る。まだ若干の震えはあるが呼吸の乱れはない。その様子を見た後、黒沼は小さく息を吐く。
「ひとまず上にいくぞ。お前さんの力を借りたい」
「…………」
その言葉に一瞬詰まるような気配を見せると、黒沼は「どうした?」と聞く。
國臣は真坂から知らされた話により、黒沼に対し不信感を抱いている。自分の出生そして生活を、黒沼は知っているのだ。
そうすれば親友を救えるはずだった。けれど、そううまくはいかない。きっとオプティが復帰すれば、親友はスコアのせいで苦しい生活を送る。だったらスコアなんてない社会を――
「……何に悩んでんだ? お前さんはオプティの正常化なんじゃねぇのか?」
「……俺は……」
「はっきり言え」
威圧的ではなく、寄り添うように黒沼は言う。
それに促され、國臣は顔を背けてから口を開いた。
「俺のこと、みんな知ってたんですか?」
「あ?」
「特異体質の人はみんな、研究されて監視されてるんですか? 俺は研究のために生まれたんですか? 俺は何なんですか? なんで俺は実験のために創られて、それでなんのために俺は生きているんですか? なんで俺は生きていて、ことりちゃんが死んで、隼が苦しまなきゃいけないんですか? なんで俺は……」
自分の存在を疑う。誰が悪いと責められる相手がいればよかった。けれどそれもできず、頭の中を支配する真っ黒な何かに飲み込まれそうなほど崖っぷちにいる。
黒沼は間髪入れずにその問いに答えた。
「それでも進むしかないさ、そうだろう? 人のこと言えるような立場じゃねぇが、お前さんには未来がある。確かに俺たち大人は少しだが特異体質の人間の存在を知っているし、見て見ぬふりをしてるところもある。それは事実だ」
ほら見たことか。國臣は強く目をつむる。そんな國臣から目を反らさずに黒沼は続けた。
「だが、そんなお前さんを差別するやつはいたか? 体質だからって卑下にされたか?」
國臣はゆっくり首を横に振る。
「その体質は俺たちにねぇ特別なものだ。生まれは違うが、お前さんも同じ人間だし、同じ社会で生きてる。人と違うことをどう受け取るかで変わる――お前さんのその体質をうまく使えば、お前さんの親友が救えるとするなら、どうする?」
親友という言葉が出てハッとする。Freedによるオプティの改変で大勢の人が幸せになれると嘯いてたようだが、國臣にとっては大勢より近くの人の方が重要。
親友を、隼を救えるのなら何でもする。
憎むべき自分の存在で助けられるのなら。
「隼は助けないと……!」
目に涙を浮かべて今にもこぼれ落ちそうなものだったが、決心したように強く光を灯している。その様子に黒沼は口角を上げた。
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