第27話


 黒沼は國臣を連れて階段をかけ上がった。

 六階に行けば、通路で白いリストバンドをした人たち皆が気を失って横になっている。殴られたかのように顔に痣を作った人もおり、思わず國臣は目を逸らす。

 何があったのかと黒沼に訊くよりも先にオプティのコントロールルームにたどり着いてしまった。


「ご苦労だった」


 部屋に入るなりそう声をかけたのは、凛々しい瞳を持つ星宮だ。ただまっすぐな目に見つめられて、國臣は目を合わせ続けることはできなかった。


「まったく……うちのボスは。人使いが荒くて仕方ない」


 呆れながら咎めるでもなくため息まじりに呟く雨甲斐は、壁に寄りかかるようにして立っているがその口元から血を流している。

 現場から察するに、襲ってきたFreedをひとりで倒したのだろう。コントロールルーム内は整ったままなので、侵入することすら認めなかったようだ。

 見た目とは裏腹に、圧倒的な戦闘スキルを持っていることに、國臣は敵にまわしてはいけないタイプだと感じていた。

 もちろん、今は敵にまわろうだなんて考えていなかったが。


「流石、野良で生きてきただけあるな。俺でもこんな人数さばけねえぞ」と黒沼。

「どこぞの誰かに捨てられてから、伊達に生きてないんで」


 雨甲斐はすぐそっぽを向く。


「おいおい……そう言われると面目ねぇな」


 おや? と國臣がいない間に何かあったのかと会話に耳を澄ます。

 黒沼は雨甲斐の頭を少し乱暴に撫でて褒める様子はまるで親子そのもの。話の内容からしても、関係がありそうである。

 二人の顔を交互に見やると、雨甲斐ははぐらかす様子もなくこう話した。


「実子だ、俺は」

「黒沼さんと……? でも名前……」

「色々あるんだ、色々」


 視線だけを動かして返事をするように口を動かした。あまり話たくはないみたいだ。けれど國臣には多少なりとも分かった。


「その話は後にしてもらおうか。兎川くん。やれるだけやってみたんだが、私には解けなさそうなものがあってな。だけど君ならば、このオプティのシステムにかかった解除コード、分かるんじゃないか?」


 星宮が本題に入る。

 彼女の言葉通り、オプティのシステムは特殊な仕様になっており専門である彼女の限界にまでにきていた。

 モニターに示されているのは『LOCK』の文字と『PASS』。空白の入力フォームに入れるものが何もないようだ。


「ここを突破しなきゃ、オプティの再起動が出来ない。チップの認証を試したけれど、どうやら監視局の人間を弾くよう仕向けられているみたいだ。黒沼でも弾かれてしまうあたり、アタシたちのチップでは突破不可能だった。色々試してみて、コードで再起動できるところまでたどり着いたんだよ」


 試行錯誤したのだろう。広げられた資料の山、書きなぐられたメモ用紙。どれも國臣が見ても理解できない用語が羅列してある。

 國臣がうつむいたままの様子でいると、黒沼が指示をする。


「お前さん、ちょっとこっち来い」


 指示どうり黒沼の元まで来ると「時間がないからよく聞け」と念を押され大きく息を吸う。

 時間がない。限られた時間の中でオプティの再起動を終えなければ、社会は終末を迎えるだろう。彼は焦燥はあるようで真剣な表情になる。


「セキュリティ解除にはパスコードが要る。だがこのコードをかけたやつは、監視局じゃなくて『木島ことり』だ。お前さんが探してた相手だろ? ならお前さんに解けるはずだ」


 ことりが? 無理だ。そう思わざるを得ない。

 國臣が機器類に特化した知識があるわけでも、ましてやオプティの中に仕組まれたものを排除できるはずもない。なのにどうして自分にやれと言われるのか。


「俺の推測だが、本来オプティに入れられた奴は、外部から手を加えられないようになっていた。だが、そこにひそかに抜け道を作ってあったんだ。わざわざFreedの奴らが失敗するためにこんなことしねぇだろ。だから、これは奴らの計画を失敗させたかった身内……お前さんが探していた子がやったんじゃねぇのかって考えた」

「ことりちゃんが……?」

「俺はその女の子を詳しくは知らん。お前さんたちにとって大事な子だったか?」

「はい……それは間違いないです」


 國臣は強く頷いた。それに満足したように黒沼も大きく頷く。


「いくら親代わりの奴に指示されたとしても、その子が抵抗しないまま従うなんてことはないだろうって思ってな」  


 どう答えるべきか悩んでいる間にも時間は過ぎる一方で、星宮は『早く』と言わんばかりの顔を浮かべる。


「何でもいい。思いつくものを入力すれば」

「そんなこと言われても……」


 國臣はモニターの前に立たされた。ジッとモニターを見つめて思考にふける。彼女が何を考えて動いていたかすら分からないというのに、國臣になすすべがあるわけない。


「あと一時間」無情に雨甲斐が言う。


 どうにもならない状況で、國臣は狼狽えるばかり。それを見て雨甲斐は深いため息をつく。


 責任が重くのしかかり、潰れてしまいそうになる。そのとき、國臣の手がふとキーボードに触れた。その箇所からキーボードを走るように光が広がっていく。


『――兎川國臣を認証しました。内部一時保存データを削除します』


 機械音声が告げる。


「おいおい、嬢ちゃん、これはどういうことだ?」と黒沼。

「私にも何だか……」


 困惑した星宮は、先ほどまで出ていた解除コード入力フォームをかき消すように重ねて現れる英数字。それはものすごいスピードで流れていき、読む前に消えてしまう。

 かつてない表示にその場の全員参加が焦るばかりだ。


「おい、兎川。お前、何をした!?」

「な、何も……手袋だってしてるし、俺のスコアはそもそも隼と同じになってるぐらいで他は……」


 戸惑う國臣から取り返すように星宮が操作を行う。

 驚きなのはモニターに流れる英数字だ。見慣れた様式とは異なっているために、星宮は知っている限りの入力を行ってみる。だが、それは光の速さで消されていく。

 彼らになすすべなくものの数分で終わりを告げるかのように画面は真っ暗になった。


『データを削除しました。システムをシャットダウンします』


「シャットダウン……できればいいんですか?」國臣は訊く。

「……ああ。いったんシステムを閉じさえすれば、全国規模のトラブルは起きなくなるからな」


 悩んだ様子だったが星宮は頷いた。

 賛同を得ずとも、オプティは一度電源が落ちるのだが。


「よかったのか、これで」と黒沼。

 星宮は黒沼と目を見据え、口を開かない。どうやら彼女の判断は正しいようであるというのが分かる。モニターからは光が消えて、真っ暗な状態であるも、キーボードにはうっすらと明かりが灯っている。それが不思議に感じられた國臣はモニターから目線を移す。


「何だこりゃ?」


 同じように明かりに気づいて声をあげた黒沼。じっとキーボードの明かりを見つめて考え込んでいた星宮がこう切り出した。


「システムは一度電源が落ちても、もう一度起動するように出来ている。オプティが止まることは社会が止まることでもあるから」


 そう言ってはいるが、表情が固い。まだ気になる点があるようだ。


「だが、どうして電源が落ちてるんだ?  さっきまでうんともすんとも言わなかったはずなのに。どうして個人チップを認識したのか、どうしてデータの削除に至ったのか……どこまで削除されたのかも分からないぞ」


 腑に落ちないと言いたげに言う。彼女にとってシステム停止をするのであればまだ分かるが、再起動に至った場合はその理由まで求めていた。

 そんな星宮を横に、オプティは再起動の兆しが――見えない。

 真っ黒な画面のまま変わらず、キーボードにはうっすらとした光が灯っている程度だだった。

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