第28話
それはどう見てもシステム復旧による再起動には程遠く、國臣は再び焦りだす。
――今までの生活には戻れない。これでは何も変えられないではないか。
音を立てて何かが変わる気がしてたというのに。理由はわからないが、状況をよい方向へ変えられたと思っていたのに。
見えていた突破口は、雲隠れしたようだ。
変わっていない状況に雨甲斐も舌打ちをする。それは國臣の耳にも届いていた。
何か打開しなくては。
でもどうすればいいんだ?
もうどうにも出来なかった。それでも動かねばならないという気持ちで、そっとキーボードに触れた。
『――兎川國臣を認証しました。全ての権限を兎川國臣に移行します。システム再構築開始』
「はあ!? お前さん、また何やってんだ!?」
突如としてオプティから機械音声が流れ、黒沼が叫んだ。
「いや、何も……本当に何もしてないんですって」
「ならなんでお前さんの名前が挙げられてる。オプティの全権を移行だ? 何したんだ?」
『――データ転送中。完了、転送に成功しました』
そんな声が聞こえ、國臣もさすがに気が付いた。まさか自分が設定を弄った訳でもないというのにこんなことが起こっていいものか。
暗かったモニターは、いつの間にか起動を示す明かりが点いているではないか。星宮と雨甲斐はお互いに目配せをして、取り払うように國臣の手をキーボードからのけさせた。
『全システム再起動。データの保存異常なし。映像記録異常なし。バックアップされているデータの受信中……全データ復元完了』
星宮がキーボードをたたいて何かを入力しているようだが、それに対するオプティからはいい反応はない。
『有権者のみ、操作可能です』
「有権者だと? 監視局の人間に権利がないなんてことは……」星宮は言う。
『本システムにおける全ての権限は兎川國臣に移行しました。有権者のみ、記録の参照が可能です。また、記録管理・スコア価値、その他操作を行うことができます』
「意味わかんないんだけど。雨甲斐! どういうこと? 権利移行なんてマニュアルにもなかったはずでしょ」
星宮は隣で見聞きしていた雨甲斐に訊くが、彼はこくりとうなずくだけだ。
「オプティって過去のものも見られんです……?」
國臣はつぶやく。すると。
『可能です』
まるでオプティに意思があるかのように、國臣の言葉に反応した。
オプティはあくまでもAI。撮影記録された映像を解析して、独自のシステムでスコアを算定するためのもの。会話をするものではない。ましてや人間の呟きを聞いて理解し対話するなど、誰も予想していない。
それならば、と國臣はオプティに言う。
「どうしてこうなったのか、知りたい」
過去の記録と言えど、漠然とした内容を伝えた。それで単純に答える訳ないだろうと星宮や雨甲斐は馬鹿にしたような表情を浮かべている。
『記録参照。最も関係の高いとされる記録を表示します』
と、機械音声。
そしてモニターいっぱいにカメラの映像が表示されると、ひとつの映像が自動で再生された。
☆☆☆☆☆
場所は薄暗い部屋。何がどこにあるのかは見えるが、生活に不便だと思わざるを得ない暗い部屋。國臣たちが知っている部屋ではない。誰かの家の中のようだ。
窓はあるが黒く目張りされている。その中を照らすのは、ぽつりぽつりと設置された小さい照明。白い光ではなく、ややオレンジがかった色は周囲を見渡すには不十分だ。
そこにひとりの少女が左から画面内に入り込む。
ことりだ。
黒のタイツに短いチェック柄のスカート、そして白いコート。最後に國臣があったときの服装であることから、同日であることがうかがえる。それを確信させるかのように、首元には國臣が送ったネックレスがかかっている。
たった数日前の姿を画面越しで見て、國臣は「ことりちゃん」と静かに名前を呼んだ。
「ほら、これから私が行うことをしっかり記録しておいてくださいね。貴方は証人になるんですから」
『承知しました』
声質からしてどうやらこれは、オルターエゴが記録した映像のようだ。
ことりがオルターエゴの目に搭載されたカメラの邪魔にならないよう、オルターエゴの人工毛髪を整える。
「これでよし。それでは行きましょうか」
そう言ってことりは背中を向ける。鼻歌交じりの彼女は、いつもの明るい笑顔を弾けさせていた。
暗い部屋を出る扉を開けると、その先にある階段を下っていく。壁を伝うようにして薄暗い通路を進んでいくとやがてある小さな部屋の前で止まる。窓もないそこは地下施設だろうと推測される。
「さて。貴方は部屋の中に入ってはなりませんよ。外から見ているだけです。いいですか?」
『承知しました』
ことりはオルターエゴに確認してから、扉を開けた。そこはオペレーションルームのような複数のモニターを操作可能なキーボードがひとつ。それを操作するひとりの男の傍には、バインダーにはさんだ紙に何かを書き込む女がいる。
白髪交じりの老けた男。目つきがするどく、男と同年代と見られる女。
ことりと似ても似つかぬ二人の男女。誰かと考えていたところ、
「年取っちゃあいるが、
黒沼が答えを与えた。火災現場で遺体で見つかった二人だ。
その間も映像は途切れず進む。
「ただいま戻りました」
ことりが言えば、まるで小鳥のさえずりだったかのように、滑川と赤坂は顔を向けることも反応することもなかった。
「お忙しいところ失礼しました。ご飯の支度をしますね」
ことりは見られていないにも関わらず、深々と頭を下げた。
「早くしろ」
滑川が冷たい言い放つ。
「そうよ。母さんたちの時間を無駄にしないで」
追い打ちをかけるように赤坂も言う。
彼らはことりの『親』という立場にある部外者。血縁もなければ、親心すら持たぬ偽りの家族。
二人は、ことりのことを『道具』としか見ていない。戸籍もチップもない人間は、オプティの監視から逃れることができるので、数多の罪を犯すよう強いられた。
お金がなければ奪ってこい。
必要なものは何としても手に入れろ。
売れるものがないなら身体を売れ。
手に入ったお金は、二人の生活と研究に充てられる。Freedの創始者の彼らは、社会に確変をもたらすべく、ことりの収入を頼りに活動してきたのだ。
ことりもよく分かっている。自分の立場がどこなのか。二人が目論んでいることがなんなのか。
非力なことりでは、彼らに反対しても止められないことも。
仮に止められたとしても、ことりの生活が豊かになることはない。
スコアライフを送れないことりにとっては、オプティがどうなろうかなんてどうでもよかった。
國臣に出会うまでは。
彼の生活を守ることを念頭に置いて、ことりは息を潜め、好機を逃さないよう身近で様子を窺ってきた。
計画を壊すチャンスは一度きり。
計画成功を確信する、オプティの定期メンテナンスの日のみ。
長年研究して生み出した特殊システムをオプティに潜ませることができるこの日しかない。
ことりは背中を向ける二人を睨み付けながら、隠し持っていたナイフを強く握る。
強く一歩を踏み出して、刃先を向けるのは滑川の首。渾身の力で首を裂く。
「!? っ……」
声にならない声を出しながら、滑川は首元を抑え振り返る。信じられないかのような顔をしながら、ゆっくりとその身体は床に落ちる。鮮血が散り、ことりの手が染まる。真っ白なコートにも染みが出来た。だがそれを気にすることなく、ことりは冷え切った目で滑川を見下ろす。
「何をしているの!?」
赤坂が慌てて倒れる滑川の状態を確認する。
二人とも医療知識がある。だからこそ、この傷が致命傷であり、助からないこともわかっている。
「何って……そうですね、お掃除でしょうか」
ことりは変わりない声で言う。
「馬鹿言わないで。そんなことをして、ただで済むとでも!?」
「社会に存在しない人が何をしようが関係ありませんから。そうなるようにしたのは貴方たちですもの。こういうことも想定しておかないといけません」
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