第29話


 自分たちがいいように使ってきた道具に殺されるってことをね、とことりは含みのある顔で言い放つと、ナイフを再び握り締める。


「これ以上、今の社会を乱してもらうのは困るんですよ。ただでさえ生きにくいが、さらに生きにくくなってしまうでしょう……? 罪ばかり重ねていく私と違ってなんの罪を犯していないというのに。それって彼はとても困るでしょう? ですから、社会を混乱に陥れようとしている貴方たちは不要なんです。そもそも貴女たちはスコアがとても低いですよね? 医療事故、でしたっけ? 低スコアの原因になったのは」

「! なんで知って……っ黙りなさい! 私たちは悪くないわ!」

「嗚呼、本当にみっともない大人。今更責任逃れなんて。事実を認めて謝罪するぐらいできないのですか? まあはなから、赤子を誘拐して、実験するぐらいですからそんな基本的なことができなくても、今更驚きもしませんけど」

「うるさいわ! 親に逆らう子どもなんていないわよ! その手を下ろしなさい! さもなければ……撃つわよ」


 赤坂は引き出しに入っていたリボルバー式拳銃を取り出した。両手で持ち、銃口をことりにむける。恐怖からも銃口は震えている。

 ことりはそれを冷たく見下ろす。


「撃てませんよ。覚悟も足りない貴方では。撃つ覚悟も撃たれる覚悟もないのですから。所詮はオプティの配下で生きる人間……しかも低スコアです。オプティに認識されていない私が何をしようが勝手ですが、オプティは貴方達の存在が社会にとって利益をもたらすとはみなしていないのですよ。社会の秩序であるオプティがそう言うのですから潔く舞台から降りてください」

「なによ! 誰のお陰でここまで生きてると思ってるのよ。誰が貴方を育てたと!?」


 赤坂が声を荒げる。しかし、それはことりに響いていない。

 それに腹を立てて、赤坂は真っ赤な顔で引き金を引いた。



 ――しかし、銃声はしない。サイレンサーがついているわけではないのに。

 おかしいと思い何度もカチカチを引き金に指をかけているが弾は出なかった。


「無理ですよ。弾は全て入っておりませんので」

「はあ!? 何よ!」


 赤坂は空っぽの拳銃をことりに投げつけた。


「私をずっと貴方達の操り人形だと思っていたんでしょうか? 全く呆れますね。誰のせいでここにいるとお思いですか? 育てたことに感謝しているとでも? 赤の他人にこき使われる生き方は御免です。私は貴方たちのためにいるのではありません。私は誰でもない私のために生きるのです。そして私は彼のためにも生きています。彼の生活は何人たりとも邪魔は許しません」


 ナイフが煌めく。

 赤坂は逃げようとするも、ことりの攻撃の方が早かった。次は外さないと言わんばかりに構えて、腕を振り上げる。冷たくなった滑川の身体に躓いて、赤坂は尻餅をつくように滑川と床に倒れた。


「ま、待って! あ、アンタが言う『彼』ってもしかして――」命乞いをするように赤坂は言う。

「黙ってください。これは私からの最後の貢ぎ物……地獄への片道切符です。戻ることは許されません。それでは――……よい旅を」


 的確に、躊躇することもなく、ことりはナイフを抵抗する赤坂の首に突き刺す。

 ナイフの役目はこれ以上ない。目を見開いてもがく赤坂の首に刺したままことりはゆっくり立ち上がった。


「ぁ……――」


 出ない声で何かを言っていたようだが、ことりは訊く耳をもたない。

 滑川と赤坂。二人の命を奪い、足元に身体を転がすと、滑川が座っていた席にことりは着く。


「さて。私そっくりのオルターエゴさん。貴方に入っているソフトを改造します。このままでは、社会がひっくり返ってしまいますので。ああ、今までの映像はすぐにオプティに送ってくださいね。わかったらすぐに行動を」

『承知しました。記録を送信します。送信完了しました』

「さっそく取り掛かりますよ。急いでください、時間がありません」


 ことりは返り血すら美しく見えるほどに微笑んでいた。



 ☆☆☆☆☆



『以上です』


 淡々と告げる声に、國臣は何も言うことができなくなった。あまりにも衝撃的な映像。この映像を見ていた限り、事を起こした主犯は滑川と赤坂の二人。そして、彼らを手にかけたのがことりであることも明白だ。

 星宮や雨甲斐が映像にくぎ付けになっている間、國臣はゆっくりと口を開いた。


「俺に何も言わなかったのにな……」


 ため息をこぼした國臣はオプティを見つめる。その視線に機械相手になにをと鼻で笑う声は一切ないままオプティは反応を示す。


『人の心理はわかりかねます』

「そうだろうね。それは分かってる……」


 ことりを失ったことによる喪失感。彼女が動いた動機。ことりの発言に何度も現れた『彼』が國臣を指していること。さらにどうやら國臣の体質に気付いているようにもうかがえた。

 知っていて話さなかった。

 話してもらえなかった。

 虚しさに打ちひしがれてながらも、國臣は星宮を見た。


 これから先のことを示してもらわなければ先に進めない。彼はもちろん説明があると思って待つが、待っていた國臣に向けられたのは疑念を剥き出しにした瞳だった。


「木島ことりに関してはよくわかった。滑川と赤坂の最後も。残るはオプティ内部の状況だが……」


 星宮は先ほどまで表示されていた画面を睨む。


『――チップ認証。星宮志乃。権限を確認できませんでした』

「ああもういちいちめんどくさい! 兎川ッ! アタシが言うことを復唱してオプティに指示を出せ!」

「え、あ、はい」


 先輩らしく、監視局員らしいふるまいを続けてきた星宮が怒りをあらわにして叫ぶ。今まで可能だったオプティの操作が全てできなくなり、逐一チップの認証をされて不愉快になっていた。後ろでは雨甲斐が呆れた表情で首を横に振っている。

 國臣は勢いに負けて拒否することができず、ひとまずは頷いて星宮の言葉を待った。

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