第30話

「まずはオプティのシステム状況の確認だ。エリアごとと全国での平均スコアを参照」

「えっと、エリアと全国の平均スコアは?」


 國臣が星宮の言葉を復唱する。


『参照……表示します』


 國臣の言葉には反応を示すオプティ。画面にはエリアの平均スコア『20109』、全国平均スコア『19859』と表示される。


「どうやら平均は問題なさそうだ。スコアの算定条件は?」と星宮。

 これも國臣が繰り返して言うことでオプティは返事をする。


『善行をプラス。悪行をマイナス。条件を変更しますか?』

「しない、しない! しないよ。でも、さっきまでその条件が逆じゃなかった?」

『記録参照――十二月三十一日、十八時一〇分から二三時三十五分まで条件が変更されていましたが、再起動により修正されました』


 それを聞いて全員が胸をなでおろす。オプティは今まで通り稼働しているようだ。

 元の社会に戻ったのだ。スコアですべてが決まる社会に。

 外から聞こえていた音も静まってきた。救急車や消防車が駆ける音も聞こえる。騒動は沈静化されているようだ。


 お互いに互いを確かめるように、目を合わせたり外したりする中で星宮だけは真っすぐだった。

 オプティに強気な瞳をぶつけている。

 何なのだろうと國臣は聞くことはしなかったが、少しの沈黙の間に彼女は口を開いた。


「社会が戻ったのなら何より。だが、オプティの権限の移行はできるか? 君が持っていても仕方がないだろう?」


 今度は星宮は國臣を見ていた。星宮の瞳は責めるような色は映していない。どちらかと言えば、提案に近い印象を受ける。

 スコアを管理するオプティ。その異常は監視局が対応する。

 いち高校生である國臣がオプティの管理をすることはおかしいのだ。

 國臣はオプティに問う。


「権限を先輩に渡すにはどうしたらいいの?」

『権限の譲渡はできません』

「それはどうして?」

『権限の受容可能かどうかは誕生時に身体に刻まれています。一度登録すると変更できません』

「誕生時……? 俺が生まれたのってそもそも人工的だし……」


 特異体質の誕生について知らされた國臣は、だんだんと声が小さくなっていく。オプティはその心情を理解することなく、平坦な言葉で説明を加えた。


『体質を組み替えるにあたり、ヒトの意図しないところで権限に対応できるよう身体が構成されているので、誕生時点で権限の譲受が可能になっています。ヒトから生まれたヒトには権限を刻むことができません。人工生誕の場合のみ、一度だけ権限を刻むことが可能です』


 星宮が何かを理解した様子で國臣を見る。

 何を言っても覆らないということを示唆した言葉。そして、今回はどう考えても國臣以外に事態を収束させられる人間はいないということも伝えているのだと思うと彼女は眉を寄せていた。


 何も知らされないまま生かされていることへの不信感。これが今の國臣だ。考えても仕方がないと全てを切り捨てて今できることへと切り替えることができたのは、ことりの思い切った行動を知ったからだ。


「だったら俺にできることを教えて」

『権限の行使が可能です』


 オプティから返って来る言葉は端的で、これ以上の内容は得られないと察する。

 星宮は「それじゃダメだろう」とぼやいたが、雨甲斐に「諦めろ」となだめられている。そう呟いた彼の言葉に星宮はありえないと言わんばかりの目をして振り向く。


「一般人にオプティの管理を任せられるわけないだろう……!」


 星宮の鋭い目は、國臣を心配しているからこそでもある。

 雨甲斐も同様に國臣の将来を不安がっている。


「一般人じゃなくせばいいだろうが。そうだろ?」


 黙っていた黒沼が突如として突拍子もないことを切り出した。

 言葉をそのまま理解した者はいない。皆がどういうことだと首をかしげている。しかし、黒沼は素知らぬ顔で言葉を続けた。


「嬢ちゃんと同じ監視局に入ればいいだろ。そうすりゃ、解決できる」

「! そうか、それはいいアイデアだ」


 なるほど、と星宮は頷く。


「それなら色々と解決できるかもしれない。監視局うちにも体質が変わっているやつもいるし、面倒を見てくれるだろう。それに選べるしな、相棒も」

「あいつが監視局にいるってこったあ、嬢ちゃんはあいつを選んだんだろ? その点においちゃあ、感謝してるぞ」

「ああ、雨甲斐か? やっぱり、親なんだな?」

「まあな。不甲斐ねえ親父で、憎まれてるけどな……おお、怖い怖い。睨まれてらぁ」


 星宮と黒沼の二人が話し続けている。会話途中に出てきた「雨甲斐」本人は、大きな舌打ちをしている。


「えっと……」


 当事者が置いてきぼり。國臣は顔を引きつらせたところを黒沼に見られる。


「わりぃわりぃ。お前さんが監視局入りすりゃあ、嬢ちゃんの目も届くから嬢ちゃんの心配は解消される。加えて、お前さんが監視官になることで居残りしているあの子を監視局の補佐官として迎え入れられるだろ? な、補佐官殿」


 黒沼は雨甲斐に同意を求めた。

 すると雨甲斐は少し悩んだ様子で口を開く。彼は自分の足元を見ていた顔を上げて真剣な瞳を國臣に向けた。


「話しただろう? 俺の生い立ちを」

「はい……スコアが低い人の救済措置でって……」

「そうだ。低スコアからの這い上がりは無理と言っていい。困窮した生活を送るよりは補佐官になった方が自由がきく。兎川が監視官になれれば、御月を補佐官に指名することは可能だ」


 國臣の表情が、ぱあっと明るくなる。

 親友を救う道筋が見えた。これ以上失わずに済むのだ。これ以上の喜びはない。

 黒沼と星宮はうなずくが、雨甲斐の表情だけは曇っていた。


「ただ、監視局に入れば背負うものも多くなる。向けられる目も厳しくなるし、背負う責任は多い。スコアが低いのは監視局のせいだと言われることもあれば、税金泥棒とも言われる。かといって褒められることはない職種だ。担任として、薦められるような仕事じゃあない」


 雨甲斐が経験したことを踏まえて、國臣の担任教師として話した。どれだけ辛い仕事なのかを、真剣に伝える。学校では畏怖していたが、今の國臣にその感情はなく真摯に受け止める。それでも。


「やります。俺、監視局で働きます」

「……そうか。意思は固いみたいだし、止められるような立場でもない。星宮、頼む」

「わかった。推薦しておくよ」


 星宮はひらりと手を振ると二人の背中を軽くたたく。


「ほら、二人とも戻るぞ。まだまだ混乱は続いているみたい。今日は徹夜しないと。ほら、刑事のおじさんも働いてよ? じゃないと地下のこと、チクるから」

「おお……怖い怖い。最近のわけぇモンは恐ろしいもんだな」


 ぼやきながら黒沼は星宮の圧に促されて部屋を出る。

 続いて雨甲斐、國臣も部屋を出た。


『セキュリティーオン。有権者以外の干渉を遮断します』


 部屋を離れる際に流れたオプティの音声は静かなものだった。

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