第30.5話

 倒れていたFreedのメンバーや故障したオルターエゴが次々に警察や無事なオルターエゴに回収されていき、市役所の中が綺麗に元通りになった頃、静かになったコントロールルームに立ち入る一人の影があった。


「あーあ。結局元通りになったねぇー……まあ僕ぁ、こうなるってずーっと思っていたけどね」


 頭をかきむしりながらモニターを見つめるのは山口だ。

 國臣たちに続いて一旦は外に出たが、ひとり戻ってきていた。


「オルターエゴをいじったことで身バレするかなって焦ったけど、ごまかせたみたいだしよかった、よかった」


 沈黙を貫くオプティには手を加えず、ただ見ているだけだ。この場合、危害を受けていないのに加えて、山口は市役所の職員であるためスコアが変動することはない。


「Freedも昔からよく動いていたけど、社会を変えたら困るよねえ……そもそも誘拐したところはよくなかったよね、うん。僕ぁ、唯一の友達を慰めるのに必死だったよ」


 独り言を続けていく。その間にコントロールルームを整理していく。

 星宮が広げたままにした資料を棚に戻し、Freedと乱闘したために傷ついた箇所を確認して写真を撮る。


「社会の基盤はスコア。スコアはオプティによる判断。そのオプティはAIで構成されているって疑わないもんね。思い込みって酷いよね、僕ぁ君が頑張っていたことを知っているよ。だから君の偽造遺体を作って、死んだと見せかけたし。君の頑張りをもっと称えようよ」


 そう言って山口はオプティのモニターを見た。今まで沈黙していたモニターには、うっすらと人影が写る。


『お構いなく。これはこれで楽しんでいますので』


 長髪の少女――まるで木島ことりにそっくりな姿がそこにあった。画面の中で生活しているかのように、流暢な言葉で話す様子はオプティがAIであることを忘れさせ、まるでビデオチャットしているのではないかと思わせる。

 事実、ディスプレイに映る少女の顔は機械的なものでなく、柔らかく可憐な笑みだった。

 どこからどう見てもそれは人の身だった。

 整った顔はあらゆる人を魅了する美しさを持っている。彼女に見惚れるのは何も國臣だけではないだろう。

 そんな彼女に対して、山口は当たり前かのようにさらりと会話を続ける。


「そうかい? 情報処理は大変だろう? それにそこは狭い。身体は拘束されて、頭はオプティに使われて。好きなことはできないでしょ?」

『身体は動かせませんけど、ここならば彼を隅々までずっと見ていられるので満足していますよ』

「彼ってあれでしょ、君の大好きな兎くん。それともやっと妹がいると気づけた実兄くん?」

『どちらかと言えば前者ですが、後者も気にしていますよ。どうしてそこまでして血のつながりを求めているのかなと不思議に思っているので』

「へえ。実兄のことをそんな風に言うなんて、君は薄情で変わり者だね」

『それはお互い様でしょう? 貴方も早く、戻った方がいいのでは? 混乱を極めているでしょうし』

「ええー、せっかく会いに来たんだよ? 僕が頼んだこととはいえ、代わってくれたんだからお礼も言いたいし。あ、でも権限の移行は正直驚いたよ。君がそんなことをするなんて」


 モニターの奥。人が入れるほど大きくそして黒く塗られた箱がある。それがオプティの本体だ。内部を窺うことはできない箱から複数の配線が伸びており、モニターや電源に繋がっている。


 山口は箱に手を添えた。無機質な箱。微かに聞こえるモーター音。この箱は機械であると示す。

 それにも関わらず、機械とは異なる様々な表情を浮かべる彼女へ山口は眉じりを下げて言う。


「人生はオプティの……いや、君の、そして彼の言いなりさ。君が生かすべきではないと判断したならば、その人物は地面をはいずりながら生きることになる。逆に、この人は素晴らしいと判断すれば輝かしい未来を作れるだろう。そんな力がある君が気にしている彼らが生きる道をも作ってあげられる。どんな道でも君次第だ。でもさ、もっと人間が踊り騒ぐような様子を見てみたくはないかい?」


 その目は怪しく光り、声は深い闇に堕ちているようだった。

 山口の問いかけに、彼女は答えない。画面の中で優雅にティータイムを過ごしている。


「興味が湧いたらいつでも言って。僕ぁひとまずここでの仕事はおしまいなんだ。またどうにかして話そうね。そのときは無視しないでほしいなあ」

『うーん、そのときの気分次第ですね。貴方と社会について会話するよりも、彼を見ていたいので』

「うわあ、何それ、ストーカーみたいじゃない? 度が過ぎると気持ち悪いって言われちゃうよ?」

『余計なお世話ですよ。ほら、すぐに戻ってください。もうすぐ人が来ますよ』

「はいはい。じゃあね、


 山口が言うとモニターは再び沈黙し、彼女の姿ではなくて流れるような文字列が表示された。直後、足音が止まり開けっ放しのドアをノックする音が響く。


「おい、山口ー……やっぱりここにいたか。ちょっと聞きたいんだが」


 ひょっこりと黒沼がコントロールルームにやって来る。


「はいー、何です? 片付けも終わったので、この部屋は閉めておきますね」


 黒沼に向ける表情はいつもと同じ、どこか頼りなさげだ。

 山口はコントロールルームを施錠して黒沼とともに今後について話をしながら去るのだった。

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