第31話


『先日、戸和市を管轄するオプティに起きた異常について、監視局が会見を行っております。中継です』


 一月一日。新年を迎えたばかりにも関わらず、お昼の報道番組において昨日の混乱が全国ニュースで流れていた。

 会見で説明するのは監視局副局長。一切の乱れのない短髪は七対三に分けて、整ったスーツに身を包む。背筋をピンと伸ばしてマイクを前に説明している姿からはとても真面目な印象を受ける。


 その副局長は、オプティの暴走について淡々と説明していく。

 オプティのスコアについての認識が逆転したことで起きた、一般人を取り押さえて負傷者た出したことが注目された。今までになかっただけあって、今後も同じことが起きないか心配が募っているのだ。そのため会見も長くなりそうだと画面越しでも分かるくらいだった。

 國臣たちもテレビの前で食い入るように見ている。

 お昼のニュース番組で全国放送されるのは珍しいことだ。それだけ監視局はこの事件に重きを置いていることが分かる。


『今回のケースでは、オルターエゴを介して未知のシステムデータをオプティに送ったことで起こされたものです。本来オルターエゴに外部データを組み込むことは不可能ななめ、現在詳細を確認中です』


 Freedのことや、ことりのことは伏せられたまま会見は続く。質疑応答になると、記者がさっそく手を上げた。


『監視局が試験的にオルターエゴをハッキングしたって噂は本当なんですか?』


 その質問に副局長の眉が少し動く。しかし、すぐに冷静な表情に戻り答えた。


『そのような事実はありません。我々は常にオプティと共にあります。オルターエゴはあくまでもオプティの目のひとつ。オプティの目をいじろうとすることはありえません』


 きっぱりと否定すると、次の質問へ進む。


『オプティは今まで通りになったとのことですが、再び同じことが起きないように何か大作をしたのであれば具体的に教えてください』

『オルターエゴの総点検、ならびにカメラの確認はもちろん、各システムにおけるセキュリティを再構築しました。今後も定期的にセキュリティを見直し、必要に応じてバージョンアップをする予定です』

『それでは事後処理になってしまい、再度同じことが起こるのではないですか?』

『後手に回りかねないことは承知しています。なので、オプティによる行動把握領域を拡張させることで、悪意ある行動がないか、全てを視る体制を構築し情報と情報を結びつけることが出来るシステムを導入しました。異常を見つけた際には、オルターエゴだけではなく監視局も調査に向かいます。今可能な対策は以上になります』


 飛び交う記者からの質問にも、冷静に適切に答えていく。その様は感情の起伏が乏しいようにも見えた。

 その後もいくつかの質問に答えていくも、時間が来てしまい会見はまとめに入る。


『――我々は安心安全な社会を作るために、スコアライフを構築するオプティの点検を怠りません。また、オルターエゴへ危害を加えることは犯罪です。決して行わないようにしてください。ご協力、お願いいたします』


 資料を見せながら説明する副局長は、いかにもといったようなビジネスマンのようだった。

 それを吞気に見ているのは國臣と隼のふたり。共に國臣の自宅でテレビをみながら休んでいた。


「大変な一日だったなぁ……」


 ソファーに座って國臣がボソリと呟けば、隣の隼が申し訳なさそうにうつむく。


「俺のせいでごめんな。ほんっとにごめん! 振り回して、殴って、酷いこと言って。ドラッグまでも。俺、ほんとにだめなやつで――」


 過ちを振り返り後悔と懺悔の言葉を綴る。幸いにも隼は電子ドラッグの後遺症もなく、今はもう落ち着いていた。依存性があるため今後は要経過観察でいいそうだ。

 医師の葛城の診察でも異常はないとみなされたので、國臣はひとまず安心している。

 電子ドラッグにより虚ろだった隼。今はもう本来の覇気ある姿だ。

 戻ってきた今までの隼が隣にいる。それがなによりも喜ばしい。


「ううん。こっちこそごめんね。隼が悩んでいたことも、家のことも何にも知らなくて。俺、ずっと隼に甘えっぱなしだし、隼がいないのは怖かったよ」


 オプティは正常運転に戻った。それに伴い、隼は低スコアを保持。スコア改善に向けたセミナー受講が必須であり、スコアに基づく収入は雀の涙程度になっている。本人はもとより、國臣もそれを受け入れて、二人は『監視局』で働くことになった。

 今はまだ、スコアライフに欠かせないオプティやオルターエゴの改修で監視局は多忙なため、ひとまず自宅待機を指示された。


 ひとりで過ごすには、心寂しい。そう感じた國臣が隼を家に招いた。おかげで二人ぼっちの新年を迎えている。


 やや重苦しい空気が流れたものの、設定時刻を迎えたライフサポートシステムにより可愛らしいハチのキャラクターがふたりの上空を飛び始める。


『お疲れさまです~☆ まもなく正午を迎えます。本日の昼食はいかが致しますか~?』

「お昼、隼どうする?」

「任せる」


 ぐるぐると円を描くように飛ぶハチを隼は気にしない。


「適当な出前メニューを表示して」

『かっしこまりました~! メニューを検索しまーっす! スマートフォンをお確かめくださーい』


 ブブッと振動した國臣のスマートフォン。ポケットから取り出してみれば、画面には出前可能な店舗一覧が表示される。


「食べたいものは何かある?」

「ねぇな。金もねぇ」

「それねー、どれも時期が時期だからなかなか届かないだろうし……あれ?」


 画面をスクロールして眺めていたところ、新しくメッセージを受信したようだった。

 誰からだろうと見てみれば、國臣の顔が緩む。


「何変な顔してんだよ?」すかさず隼は言う。

「ううん。俺たちがお腹を空かせてるのを見透かされてたみたい」

「は?」


 どういうことだと隼が聞くよりも先に、来訪を告げるインターホンが鳴る。家主の國臣はにやつきながらも玄関へ向かい、その人物を招き入れる。


「よお、だらだらしてるか?」


 先に部屋に入ってきたのは黒沼だ。軽い声とは裏腹に、手には中身が詰まってパンパンになったビニール袋がある。


「冬休みだからと、だらだらしていたら困る。課題も終わらせるんだな」

「ああ、アタシは終わっているよ。あんなの一日で終わる量だし。アタシはもう少しで学生終わるけど、君たちはあと一年は少なくとも学生だからね。怖ーい雨甲斐先生に厳しく指導されなきゃね」


 続けて雨甲斐、星宮がやって来た。二人もまた、大きな紙袋を手にしている。そこから腹の虫を呼び起こさせるような匂いがただよっている。


「あれ? 連絡では他にも来ると……?」


 玄関にはもう誰もいない。國臣は送られてきていたメッセージを再度確認する。


「先生は日の光を浴びたくないから来ないってな。まあ、正直なところ、お前さんに合わせる顔がないってところだろ」

「別に気にしなくていいのに……」


 元研究所職員の葛城は欠席だという。黒沼は「大人っていうのはそういうもんなんだよ」と付け足した。

 納得いく理由ではないが、國臣は本当に言葉通り「気にしていない」。生まれがどうであれ、特異体質が今回の事件で役に立てた。さらに体質を活かした就職先と親友の未来も救うことができた。これ以上のものは求めていない。


「昨日までの事故処理は一通り終わったからな、ここはぱあっと正月らしいことをしようじゃねぇか。なあ? 監視局さんよ」


 黒沼は星宮を見る。


「そ、お疲れ様会と新年会を合わせて開こうってワケ。だからはい」


 星宮は黒沼、そして雨甲斐に手のひらを見せる。その行動が何を意味しているのか、國臣と隼も理解し同じポーズをとる。


「何だその手は……?」


 雨甲斐は分かっていないために、隼が「お年玉に決まってるじゃんか」と呟く。


「大人にたかるっていうなら、俺も請求せねばなるまい」


 雨甲斐は黒沼に手を向ける。


「おいおい……よってたかってジジイに金をせびろうってのか?」

「アンタ、金あるだろう? 息子を放置してまで働いてたんだから。この際まとめてお年玉を払うんだな」

「あー、よしてくれ! ジジイにゃ金足りねぇよ」


 笑いが飛び交う。

 戻ってきた日常がなによりも安心し、心から笑えた。


「それよか、飯だ! せっかく買ってきたのに食わなきゃもったいねぇ。奢りだからたんと食え」


 逃げるかの如く、黒沼がテーブルに料理を置く。

 購入してきたのは、贅沢な寿司。見た目でわかるほど、豪華だ。

 それを前にして、歓喜の声を立てる星宮と隼に雨甲斐が身を引いているものの表情は緩んでいく。


「お前さんも食え。嫌いか? 寿司」

「いえ……本当にいいんですか? これといって、役立てたわけでも。むしろご迷惑しかかけていないというのに」

「いいんだ、いいんだ! お前さんがいたから、元に戻った。そういうことだろ?」


 大きく口を開けて笑う黒沼は、國臣の背中を強く叩いた。そこから伝わる痛みは、國臣の心を支え、前に向かせる。


「じゃあ。遠慮なく! いただきます」


 五人は騒ぎながら食卓を囲む。


 大切なことりを失った。家族と思っていた人は家族ではなかった。

 失ったことによる見えない傷は、國臣の心を深く抉っている。


 スコア、オプティ、体質。

 どれも切っては切れぬ関係。この社会で生きていくには、考えなければならないものだ。

 窮屈でもあるし、悩みの種でもある。しかし、國臣は新たな居場所を得た。


 悩んだときには親友を頼り、それでも難しいようなら先輩に。

 自分ひとりでは成し得ないことがあったとしても、ひとりで生きているわけではないのだ。國臣の事情を知る仲間がいる。


 まだ癒えない傷が、彼らと共に過ごすことで癒える日も遠くない。



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