第19話


 オプティの制御下で動く自動運転で目的地――戸和市の中央に位置する戸和駅――へ向かっていると、大きな爆発音が窓を揺らした。

 異常を感知した車は急停止したので、國臣は額を前方にぶつけた。


「何事だ?」と星宮。

「爆発……のようで。あの方向はおそらく役所、といったところだろうか」


 建物に遮られて直接見えているわけではないが、奥では黒煙が上っているのが見える。赤い炎もちらついている。

 一か所だけではない。反対側の窓から見える商店街方面にも同様に炎と煙。

 同時に二か所で起きる異変を見ても星宮と雨甲斐は冷静だ。

 監視社会は爆発と無縁。爆発物を作ろうとするだけで、オプティに見透かされ捕まるのだから。

 なのに今、爆発が起きたということは監視の目を無視してまで強行突破した、あるいはオプティが機能していないことを意味している。


「やだなぁ。私、か弱い乙女なのに」

「どの口が言うんだか。今回は気合いを入れないとボコボコにされるだろう」

「えー。肉体労働は雨甲斐の担当でしょー。頑張ってきてよ、見守ってるからさ。その頑張りで加点されるって。ファイト」

「馬鹿を言うな……」


 深刻さがうかがえない会話は逆に國臣を焦らせる。

 こんなに吞気に過ごしていてもいいのかと、窓の外と二人を交互に見ていると、國臣のスマートフォンが突然鳴り始めた。


「っ……電話? 出てもいいですか?」


 自分のスマートフォンの音に驚いたのち、画面を見る。表示されているのは相手の携帯電話番号。電話帳登録のない人からかかってきたようだ。非通知だったら出なかっただろうが、今回はそうではない。なおかつ、ことりが電話をかけてくるわずかな可能性もあるので、着信には応じるように心がけていた。

 おそるおそる通話の許可を聞けば、星宮が「どうぞ」と言うので通話ボタンを押してスマートフォンを耳にあてる。


『やっとでたっ。お前さん、今どこにいる?』


 低い声。聞いたことがある声だ。


「え、っと……もしかして。黒沼さん、ですか?」

『そうだよ。連絡先は勝手に調べさせて貰った。それよりも、お前さん、今どこにいる?』

「どこって、えーっと……?」


 戸和に向かっているのは間違いない。煙が上がっている方角に市役所があると仮定しても、現在地が具体的にどこと言うべきかと外に目を向ける。車に乗る機会もなければ、必要最低限の外出しかしない國臣。位置がわかるような知っている建物は見つけられない。


「ルート七〇四沿いといえば伝わるはずだ」


 見かねて雨甲斐が言う。まったく同じことを國臣は黒沼に伝えた。


『七〇四!? 車か?』

「ええ、そうです」

『今すぐ運転モードを切り替えろ! オートを切ってマニュアルにしろ! 今すぐにだ!』

「? あの、運転をマニュアルに変えられますか?」


 かなり焦っているように黒沼が言うので、國臣は雨甲斐に伝える。すると雨甲斐はハンドル下の切り替えレバーを操作し、すでに停車していたものの運転モードがアナログなマニュアルに切り替えられた。


 その直後。

 異常を感知し停止していた他の車が一斉に動き出す。停止したままの國臣たちが乗る車を避けて走り始めたが、動き出した車の速度が異常だ。アクセルを全開にしたような猛スピードで走るものの、すぐさま歩道へ突っ込んで街路樹にぶつかって止まったり、交差点の信号を無視して衝突事故を起こした。信号待ちをしていた人を轢いてもお構いなしにスピードを上げて走り去る。


「なに、これ……?」


 悲鳴が響きわたる。血が散る。人が飛ぶ。

 あちこちで広がる光景は地獄そのもの。

 血の気が引くような光景に、國臣は唖然とする。


『間に合ったか?』

「間に――?」

『話せる程度には大丈夫そうだな』


 スマートフォンでの通話を再開する。

 黒沼の声は安堵したようで低くなっている。


「いったい何なんですか、これ……車が猛スピードで歩行者をはねたり、赤信号を無視したり。あっちこっちで人が……オルターエゴもいないし。黒沼さん、これは何が起きてるんですか?」

『俺の推測だが、オプティの暴走だ。とりあえず、お前さんの力を借りたい』

「力? ですか?」


 電話越しでも黒沼の呼吸が分かるほど、大きく息を吐いて間をつくる。


『カメレオンだ。他者のスコアをそっくり写し取るその体質ならば、打開できそうなんだ』

「いや、俺の体質どうこうよりもこの現状を……」


 戸惑いを隠せず、知っていそうな黒沼に答えを求める。その間にも星宮と雨甲斐は車に備わっている機器を操作して困っていた。


「雨甲斐。状況は?」

「……本部との通信は遮断されているようで。こちらへの情報はなにも来ていないな。負傷者の救助は消防と警察に任せて、ここはいったん移動するべきだ」

「警察、来るのか?」

「どうだろうな。だが、監視局俺たちが出ても何もできない。すぐにオルターエゴが補助を――ん?」


 ふと雨甲斐が前方の事故を見る。轢かれた人を囲う人々とエアバッグが膨らんだ運転席で気を失っているのか動かない運転手。そこにゆっくりと駆けつけた、人の姿を模したオルターエゴの瞳が青く光る。災害事故が起きれば、人命救助を行うはずのオルターエゴ。当たり前のように与えられた役割を果たすとばかり考えられていたが、全員の目を疑うような行動にでた。


『スコアが高いため、確保します』


 オルターエゴは負傷者を手当てするのではなく集まった人を取り押さえ始める。

 やってきたオルターエゴがそれぞれ動き、ひとりではなく、全員を背後から迫り、逮捕術の動きで拘束。携行しているオルターエゴ用の拘束具で、その場にいた人全員が取り押さえていく。

 負傷者を救おうとする行動は、悪ではない。スコアが下がる要因ではないことは明確だ。人命救助をする人をオルターエゴが取り押さえていくなんてありえない。

 オルターエゴの発した音声。それを聞いていた人が怒鳴るように「ふざけるな」、「スコアが高くて捕まるなんておかしい」と叫んでいた。


「どういうことだ。スコアは……はあ!?」


 星宮はオプティマイズを集まる人へ向ける。

 撮影測定したスコアを見て驚愕の声を上げた。


「雨甲斐。社会は壊れちゃったみたいだ……」


 画面には個人の名前と共に、それぞれのスコアが表示されている。マイナスでも、低スコアでもなく、いたって正常なもの。なのにオルターエゴに捕まる。

 社会の理が崩壊している確たる証拠だった。

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