第18話


「……俺、ことりちゃんは居ない気がしてきました」


 監視局所有のワゴン車は、一般車と見た目は変わりないが内部が少し異なる。ハンドル傍に通信機や、ナビ機能を兼ね備えた小型のモニターに付近のエリアの平均スコアが表示されているのだ。

 現在走行中のエリアの平均スコアは『20651』。見たことのない平均スコアに國臣は「その程度なのか」と抱いた興味はすぐに消えた。


 機器の多いワゴン車の運転席には雨甲斐、助手席に星宮が乗る。その後部座席に座った國臣はボソリと言ったのだ。


 運転席はあっても基本はオートドライブモードだ。オプティの監視下にある社会では、目的地を入力すれば自動運転してくれる機能が主流だ。緊急事態がなければハンドルを握らなくてもいい。免許は存在するが、チップに資格情報は組み込まれる。無免許の人がハンドルを握っても発進しない仕組みが自動車にはある。

 このメンバーの中で資格を持っていたのは雨甲斐だけだった。

 バックミラー越しの國臣を見て、雨甲斐は言う。


「ことり、というのは火災現場から逃げた人物か。その根拠は?」

「それは……」


 國臣は地下で得た情報を話していいのか悩み、答えなかった。


「何も根拠が無いわけじゃないんだろう? アタシも木島ことりはこの世にもう居ないと思う。でしょう? 御月クン?」


 國臣は振り返る。

 一番うしろの席で死んだようにサイドに身体をもたれている隼。星宮に返事をしない。


「もう、だんまりかぁ。そういえばさ、ここで情報供給するけど警察情報によれば、身元不明の遺体、彼の妹だと確定したよ」

「妹……? でも、隼からそんな話は一度も――」

「だって戸籍上にもいないもん。誕生直後に担当医と看護師による誘拐で行方不明になってたからね」

「そんな……」


 与えられる情報が國臣を動揺させる。

 ことりが隼の実の妹。亡くなってから知った存在が友人の恋仲だった。それを知らされて何を感じたのか。

 國臣のようにだんだんと現実を受け入れる態勢が取れていたわけではないだろう。

 頭が白くなってしまうのも無理はない。


「あと、君は彼の家について知ってる?」

「家……? 両親と暮らしてるって聞いてますけど……」

「そんな嘘までついてたんだ。御月くん、両親他界してるよ。祖父母も親戚もいない天涯孤独。知らなかった?」


 家庭のことを話題にすることはなかった。かつて幼いころに聞いた話をそのまま今も信じていたのだ。

 隼がひとりになっているなんて想像していなかった。


「彼、ほんと役満でさ。ストレスフルになったんだろうね。簡易スキャンで調べたんだけど、彼、電子ドラッグにやられているみたい」

「え? そんな……じゃあ、隼はもしかして……」


 自分が拡散してしまったのではないか。國臣の拳に力がこもる。

 謝らなくてはならない。「ごめん」と言いかけたが、遮るかのごとく星宮が入る。


「監視局の人手不足は酷いもんで、電子ドラッグ漬けの彼を検査保護する要員もいないの。そのまま放置しておくわけにはいかなくて連れて来ちゃったけど、なーんか末期みたいに見えない? 雨甲斐」

「そうだな。かなり電子ドラッグで脳にダメージがいっていて、正常な思考は難しいだろう。スコア低迷の理由もそこだろうな」


 目が合わない隼。電子ドラッグに落ちた人はここまでではなかったのに。もしかしたら自分が送ったものに電子ドラッグが付いていたのかも。

 國臣は自分のスマートフォンを睨んだ。


「何か、隼を助ける方法はないんですか?」


 何もかも新しいことだらけ。経験も知識も少ない國臣の頭で考えられる低スコアかつ電子ドラッグにハマってしまったの隼の未来は暗い。廃人として路地裏で寝転ぶ、オルターエゴに連れて行かれる、自由なんてない保護施設と銘打った牢獄に入れられる。そこでの生活は文字通りの地獄。やることなすこと指示されて、時刻表通りの生活を送る。

 善人になるためのプログラムだ。

 意志は関係ない。オプティが善人とする、模範的な人間に組み替えられる。


「助ける? 君がそれをする義理はないだろう? 私にもないし」


 星宮が身体を捻って振り返って言う。


「彼を助けたところで、誰のスコアも上がらない。廃人は所詮廃人。一度ハマったら抜け出せない。社会にとって救いようがないんだ。だったら切り捨てて、隔離する。そうすれば他の人に広まらないから。ま、運が良ければ社会復帰だ」

「待ってください! それじゃあ、まるで隼は捨てられたっていうんですか?」

「そうだよ。助かる見込みがない。低スコアに電子ドラッグ。ツーアウトで社会から退場をくらう。もし犯罪を犯したりすればスリーアウトで警察行き。どっちにしろ隔離生活だけど、生活は保証される」

「そんな……」


 國臣は唖然とした。

 ただの点数なのに。今現在において犯罪を犯していないのに。

 勝手にオプティによって付けられたスコアで決められた将来。納得なんて出来るはずもない。


「……というのは、オプティの定義に則っての模範解答。ここからは私の個人的な意見になるけど、聞く?」

「…………」

「沈黙は肯定とする、ってことで話そうか」


 そう言う星宮の横では「まったくこの人は」と雨甲斐が呆れている。

 それを気にもしないで、星宮は身体を前に向けて話す。


「電子ドラッグは視覚から脳機能を狂わせて廃人にさせるけど、最初はアルコールと同じ嗜好品だったみたい。だんだん摂取量が増えるうちに、改良されて沼にはまるってね。つまりは、中毒ってコト」

「はあ……?」

「中毒のときには対処方法が考えられるだろ? 薬物ならば吸収防止、排泄促進、そして拮抗剤の投与。電子ドラッグにも拮抗剤を作れば即時解決。ま、このオプティに支配された社会じゃあ作れる技術者がいないんだけど」


 軽い口調だけれども、國臣にはその内容が希望のように感じた。


「技術者がいればいいんですね?」

「お? 思い当たる人がいるとでも?」


 脳裏に浮かぶひとりの男。

 訛りが入った声で話しながらも、あっという間に電子ドラッグを消し去ったあの人なら。


「ひとり、います。お願いします、その人のところへ向かって貰ってもいいですか?」

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