第17話
戸和市から車で四十分ほどの距離にある監視局支部は、周囲の建物の雰囲気に合わせて建てられた古風な見た目をしている。大正浪漫を感じさせる和と洋を取り入れた建物は、もともと旅館として使われていた。旅行や観光はヴァーチャルやオンラインで完結することができるようになった現代、旅館利用者が減って廃業の一途をたどっている。人がいない建物は取り壊すしかなかったのだが、監視局が建物ごと買いあげて利用することで、貴重な歴史的建造物を保管しているという経緯がある。
國臣と隼は装甲車に乗せられて、補導という名目で監視局に連れてこられた。
ひとりにつき二台のオルターエゴに挟まれ逃げることは叶わない。先頭を星宮、続いて隼と國臣。最後尾から雨甲斐が歩くことで厳戒な体制をとる。
「隼……」
『私語は慎んでください』
「はい……」
先程までの興奮した隼がぐったりして前を歩いており、名前を呼んでみたがオルターエゴに注意され口を閉ざす。
足下がおぼつかない隼は自分の力で歩けず、両脇からオルターエゴに持ち上げられていた。
「っ……!」
彼の治療をしてくれ。助けを求めるように振り返り雨甲斐に目をやる。だが、雨甲斐は何事もないかのように表情を変えない。
すれ違う者はいない。
助けてくれる人はいない。
社会に絶望した瞬間だった。
誰も信用ならない。隼を助けられるのは自分しかいないのだ。
この場から逃げ出す方法がないかと考えている間にも薄暗い通路を指示される通り歩き、二人隣り合った別々の部屋へ通された。
元旅館なだけあって、部屋の設備はとても整っている。和室の中央にテーブルと座椅子。窓から外を見ることだってできる。てっきり取り調べのための無機質な場所かと覚悟していたのだが、この部屋ではそういうことをするような雰囲気はない。ただの客室で気が抜ける。
『しばらくこの部屋でお待ちください』
オルターエゴが唯一の出入り口である扉の前に立つ。部屋の中にはもちろん監視カメラが多数。不審な行動をすればオルターエゴに取り押さえられるようになっている。
この部屋は八階。窓から逃げることもできない。
逃げ道は――ない。
「くそっ……」
何もできることはない。國臣は座り込んで中央のテーブルに顔を伏せる。
ことりは見つからなければ、隼の様子がおかしい。どうして隼がことりのネックレスを持っていたのか、どうして隼のスコアがあんなに低くなってしまっているのか。
ひとりで考えても分からないし、どうしたらいいかも分からない。
このまま監視局に捕まるのか。
犯していない罪を背負うのか。
何も成し得ていない自分に。
助けない大人に。
理不尽な社会に。
腹の奥底から煮え立つものがあった。
「失礼する」
ひとりにさせられた時間は五分。
いつの間にかオルターエゴが道を開け、雨甲斐が部屋に入って来た。
國臣の部屋でもないため、どうぞとは返さない。ただ、担任教師である彼を前にするとどうしても姿勢が良くなる。
國臣は身体を起こし、雨甲斐と向かい合うようなかたちになった。
「先生……俺、捕まるんですか?」
「そんなにかしこまるな。今すぐお前たちを捕まえようというわけではない。トラブルが起きているとオプティが認識した以上、形式的に監視局での聞き取りが必要なんだ」
「そう言われても……」
旅館の一室。ここが監視局だということを忘れそうなほど整った部屋に似合わぬ雨甲斐の威圧感。身構えるなというほうが無理がある。
「それと。この場で先生はやめろ。教師は潜入捜査上で必要だった仮面。本職は監視局補佐官だ」
「補佐官?」
「星宮のようにスコアの異常やカメラの異常を先陣切って調べる監視官のサポート役だ。俺は
年齢では雨甲斐の方が上だ。しかし、立場上はどうやら逆らしい。しかもそれはスコアで決まっている。
生活していく上で、切り離せないスコア。
國臣は隼のスコアに染まって低スコアになっている。ここからの這い上がりは厳しい。國臣は口をつぐんだ。
「監視局の話は今はいい。こちらが訊きたいのは、御月隼とのトラブル、そして君のスコアについてだ」
「隼は大丈夫なんですか?」
「それは君が気にすることか? 君を殴った男だぞ? 暴力は繰り返す。御月隼は保護施設送りになるだろう」
「え? 気にしない訳ないじゃないですか。隼は俺の親友なんです。あんなにふらふらしてるんですよ? 隼は暴力なんてやらない。先生も隼のことわかってるでしょ……?」
信じられない雨甲斐の言葉。國臣の顔がひきつった。
「君のその傷が暴力の証拠だろ。手をあげるような興奮状態からの脱力状態はおそらく電子ドラッグ――しばらく不安定になるだろうが、抜ければ落ち着く」
「ドラッグ……? 隼が、隼はそんなこと……」
「可能性だ。今星宮が調べている。」
國臣は強く唇を噛んだ。
「御月と揉めた理由は?」
「……言いたく、ありません」
冷たい対応をする雨甲斐に、國臣は拒絶を示す。
「拒否は分が悪くなるだけだが?」
「構いません。人としての扱いをしない先生に答えたくないです」
「はぁ……これだから子供は面倒なんだ。黙るなら質問を変える。ここからは君のスコアについてだ」
聞いたことないぐらいの大きなため息をついて雨甲斐は話す。
「先程君のスコア変動について確認させてもらった。一時スコアが全く変動しない日があったが今朝までは17000点台。それが急に249まで落ちている。これはオプティのエラーか? それとも君の行動によるものか?」
雨甲斐はタブレットでここ数日における國臣のスコア変動を見せる。
監視局でしか確認出来ない詳細なスコア変動記録だ。
國臣はジッと画面を見つめた。
地下にいた期間、オプティの監視から外れていたためにスコアは全く変わっていない。それがグラフとなってわかりやすくなっている。
その後隼と揉めて殴られたときに、國臣のスコアが隼のものに染まった。グンと急激に下がっている。自分の体質から、急激な低下はわかっている。しかし國臣にはまだ他に気になる点があった。
「おい、聞いているのか?」雨甲斐は言う。
「聞いてます、聞いてます。でも、違うんです。何か他にあるんです。スコアがおかしいところ――」
國臣が必死に考えると、室内に非常事態を伝えるアナウンスが届く。
『戸和地区においてスコアの異常を感知。現在、オルターエゴによる現場調査を開始。捜査員は直ちに現場へ向かってください。繰り返します――』
「戸和? タブレットを貸せ」
國臣が見ていたタブレットを取って操作する。コロコロと画面は変わっているのは届いた資料を見ているようだ。そののちに、雨甲斐は「クソッ」と吐いた。
「あの何が?」
「詳細は分からんが、スコアの異常から暴動が起きている。おそらくFreedだろう。君はこのままここで待機……」
「待ってください。その写真、関係あるんですか?」
食い気味に國臣はタブレットを指し示す。そこには大勢の人に暴動の様子をおさめた幾つもの写真が表示されている。
真っ赤な炎があがり、オルターエゴと争っている様子。地面に倒れているのは人間もオルターエゴも混ざっていて、血とともに機械部品が散らばり、荒れているのが目に分かる。
その中にひとりを守るように白いバンドをつけた多数の人が壁になっている写真があった。
中心に写っているのは――ことりだった。
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