第14話
店に出る前にスマートフォンに来ていた通知を確認してみると、星宮からの連絡が増えていた。最初に来ていたものも読んでいないのだが、さらに追加で長文が来ている。反応がないことに怒っている内容もあるが、重要な内容は最も長文のもの。
さらりと読んでみると、どうやら内容は火災現場で見つかった遺体についての情報らしい。警察から得た情報のようだ。
「
ぼそりと國臣が書かれた名前を読み上げたとき、山口が派手な音を立てて椅子から落ちた。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん。ちょっとびっくりしちゃって……」
山口の目は明らかに狼狽えている。
「あの――」
「いや! 何にも知らないよ!? 僕ぁ何も知らない! 決して赤子誘拐事件なんて調べてもいないからね! 何にも知らないよ!?」
ベタな焦りと発言。國臣はすぐさま『赤子誘拐事件』を頭に刻む。國臣の頭にはそのような事件の記憶はない。ここ最近の話ではないのだろう。かといって、歴史の授業でも扱っていない。どちらかといえば新しい事件か。
「さ、さ、さぁさぁ。そろそろ帰るんだ。もう店じまいだから! じゃあね、黒沼さんによろしく!」
「あ、ちょっと……」
追い出されるように店から出される國臣。
外へと背中を押されて出されると、すぐに店には鍵をかけられて、カーテンも閉められた。
「何だったんだ――……?」
國臣は閉められた扉を背にして、その場で『赤子誘拐事件』を検索してみる。
すると出てくるのは『十七年前に新生児が行方不明になった』というニュース記事が多数。事件は未解決のまま今に至っているようだ。
星宮から送られた二人の名前とこの事件。関連があるのだろうか――。
顔を上げればだんだんと人通りが増えてきていた。立ち止まっていても寒いだけ。ひとまず國臣は情報共有のためにも、再び地下へ戻ることにした。
☆☆☆☆☆
「それで
正常な動作をするようになったスマートフォンを持って、第八口から地下へ戻ったら黒沼はずっとそこで待っていたようだった。
國臣が上での出来事を伝えると、唸りながら考え込む黒沼。
「その人と知り合いなんでしょうか?」
「いや。アイツの知り合いがその事件の被害者家族なんだよ。俺も昔はその事件を追ってた」
「なるほど?」
「その二人の名前。確かにお前さんが探してる子の家で見つかった遺体なんだな?」
「……そうみたいです」
別々の事件が繋がる。
黒沼が更に渋い顔をして思考を巡らせる。刑事としての顔が見えてきた。かつてはこのような表情で仕事をしていたのだろう。
しかし、第八口でそのまま考え込んでいても埒が明かない。
「お前さんに送られてきた情報の整理が要るな。ひとまずは先生のとこに戻るぞ。あそこの方が静かでいい」
「わかりました」
二人は揃って葛城がいる部屋へと向かった。
部屋の扉が見えてくるだろう距離になったとき、黒沼が突然叫ぶ。
「しまったっ!」
黒沼が走って部屋へと向かって行く。國臣もそれに続いて走ってついていくと、部屋の扉が開け放たれていた。
部屋に入るなり目に入ったのは、床に広がる赤い液体。中央で倒れる人物――葛城の姿。周囲は荒らされ、本や紙が散らかる。まるで強盗が入ったかのような部屋に思わず息をのんだ國臣。広がる血が國臣の恐怖を煽る。
「先生、生きてるか? しっかりしろ」
全く恐れることはない黒沼は、すぐさま葛城に駆け寄って状態を確認する。
黒沼の呼びかけに対し、葛城は目を開いた。
よかった、生きている――安堵から國臣は腰を抜かす。
「死んでられない、っしょ。いくらかやられたけど、内臓は無事だよ。足、切られたけどね」
出血量に比べて、怪我は致命傷ではなかったようだ。
葛城はよろめきながら身体を起こす。それを黒沼は支えるように手を差し伸べる。
葛城の右足は赤く染まっている。どうやらそこを傷付けられたらしい。凝固していない血。圧迫止血をしつつ、黒沼がせっせと何かを取りに左右の部屋へ入って戻って来る。
「ほんと最悪。でっかい鉄のネズミが入り込んでるんだよ。おかげでこっちが死ぬところだった」
口を動かせるほど体力はあるようだ。
医師なだけあって、黒沼が別室から持ってきたものを使って手際よく傷口を縫っていく。
痛みもあるだろうに顔をしかめることはあっても、手を止めなかった。
一通り終わり、止血縫合完了したところで黒沼は葛城をソファーへと座らせる。そこでやっと國臣も足に力が入るようになった。
よろよろした歩きでなんとかソファーに着く。葛城が三人掛けのソファーに。國臣は一人掛け、そして黒沼は相変わらずスツールに座る。
三人が揃うとやっとテーブルを囲んでから黒沼が訊く。
「何があったんです、先生」
何もない、とは決して言えるはずはなく。葛城は睨むように鋭い目つきになる。
「ネズミだ。地上の! 憎たらしいったらありゃしない」と怒りに身を任せて乱暴に言う。
「それだけじゃあわからねえですよ」
「だから、ネズミ――オルターエゴだよ! 物音がすると出てきたら、部屋を漁っていやがった。それで私を見た途端に襲ってきたんだ。どこからかガラス片を拾ってきていて、振り回してきた。私もむかついて、そいつの足もえぐり取ってやったよ」
葛城は倒れていた場所を指さす。すると黒沼が立ち上がり、そこへ向かうと血だまり中から何かを拾い上げて戻ってきた。
國臣にも見えるようにテーブルにそれを置く。
糸のような繊維片。二十センチほどの長さで、五本ある。
「長さ、太さから見ても腕あたりの人工筋繊維か? 先生の力でオルターエゴから取れたっていうなら、もともと破損しているやつだったんだろう。他の場所で拾ったやつと同じやつかもしれない」
黒沼はポケットから拾った筋繊維を取り出す。
長さは三十センチを越える。針金のような丈夫さをもちながらも伸縮性がある。両端はほつれたかのようにボサボサになっている。無理に千切れた影響だろう。
血で染まった人工筋繊維と比べてやや太い。
國臣は初めて見る人工筋繊維をジッと見つめる。
「どんなオルターエゴだったんですかい?」
「女型だ。若い長髪の女」と葛城。
「なるほど。一体だけで?」
「そうだよ」
黒沼はテーブルの下に手を伸ばしてメモ用紙とペンを持ち出した。それに次々とメモをしていく。
「三原則に従わないオルターエゴなんか、見たことはないが……あり得ないことではないか」
「三原則?」
國臣は今まで黙り続けていたが聞き慣れない単語を復唱する。
「ロボット工学三原則。作家アイザック・アシモフの小説において、ロボットが従うべきとして示された原則だ。簡単に言うと『人を傷つけるな・人の指示に従え・自己を守れ』の三つ。オルターエゴにも適応していて、人を取り押さえることはしても、刺す殺すなんてことはできないプログラムになってんだ」
「そんなのがあるんですね」
「そうだよ。どんな機械でも遵守する大原則のはずだが適応されないとなると……こいつぁ、改造されたオルターエゴが地下にいるかもしれねぇ。スコア社会で、スコアを無視するような兵器になったヤツが」
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