第13話

 スマートフォンの修理受付をしている店まで黒沼は教えてくれた。まるで他のところには行くなというかのように、指定したのだ。


 こだわりもない國臣は黒沼の案内で第九口以外の出入り口を案内されて地上に戻った。出口として使ったのは第七口。旧南城宮駅の隣駅、きゅう春沢はるさわ公園駅にある物資搬入口として使われていたところだった。


 久しぶりの地上。朝日で目が眩む。早朝だからか、人通りは少ない。車道を通る車は数台で、歩行者は散歩中の老人ひとりだけだった。地下で見た駅名のとおり、付近に春沢公園が目の前にある。


「えっと……公園を背中にして左へ向かう?」


 黒沼にもらったメモを手掛かりに店へ向かう。

 早朝だから営業しているとは思ってもいないが、一度店の場所を覚えておいて出直そうとしていたのだ。普段道を調べるのも、店を調べるのも全てスマートフォンに頼っていたが、手紙のメモだけでもなんとかそれらしき店を目指す。

 大通りから逸れて路地裏に入る。朝日は遮られて影になった道は肌寒い。本当にこの道で合っているのか不安になりながらも進むと、寝そべったり壁にもたれかかるようにしている三人の男女がいた。


 國臣がその傍を通ろうとすれば、うつろな六つの目が國臣に向けられる。

 怖気づき一歩下がると、三人はスマートフォンをいじりはじめた。ものの数十秒で、三人は不気味な笑みを浮かべ始める。

 気味が悪く、恐怖を覚える姿に國臣は逃げるよう走り抜けた。

 幸運なことに三人は追いかけてくることはなく、ただただ不気味さを抱えて店探しに戻る。


「ここ、だよな」


 時代錯誤の店があった。ガラス戸に『修理受付中』と書かれた小さい黒板がかかっている。カーテンは開かれていて店内は丸見えで、何か細かい引き出しが並んだ棚と机があるが人影はない。

 やっているのかやっていないのか、一目では判別しにくかった。

 國臣は入っていいのか足を止めて悩む。


「あれ? もしかしてお客さん? 僕ぁ、この時間に予約してた人はいないと思ってたんだけども」


 声に振り返ると、寝癖のついた頭に毛玉だらけのニットを着た男――山口が不思議そうな顔で立っていた。


「スマホの修理、ここに行けって言われて来たんですけど、出直した方がいいですか?」

「スマホを? 言われて……ああ、黒沼さんかな。あの人しかそういうことは言わないもんね。どうぞ、入って。店はぼかぁ出勤するまでのちょっとしかやってないんだ」


 指示通りに店内に踏み入る。すると山口は定位置である机まで移動し、席に着いた。


「それじゃあちゃちゃっとやりますよぉ。どれ、見せてくださいな。何を直せばいいのかな?」

「これです。実は……」


 國臣は電子ドラッグがスマホ内に入っているということを端的に伝える。それですべてを把握したかのように、山口は机の引き出しからノートパソコンを取り出すと、國臣のスマートフォンを受け取り接続する。

 カタカタ音を立ててパソコンを操作する山口。國臣はまたしても何もできず、黙っていたが知りたくなったことを訊いてみる。


「聞いてもいいですか?」

「んー。どうぞ」

「ここに来る間、変な人たち見たんですけど……地面で寝ているような。ああいう人たちって、警察とか監視局とかに連れていかれたりしないんですか?」

「変な人? 変な……ああ、中毒者たちかな?」


 閃いたように山口は続ける。


「そ、電子ドラッグ中毒者。やめられなくてずーっとスマホ見てる人たちでしょ? スマホ見てるだけで、社会に害を及ぼしてるわけじゃないからスコアは変わらない。だから放置されてるんだよね」


 國臣にとって衝撃を受けるほどの内容だったにも関わらず、山口はさも当たり前かのように言う。


「君のスマホもそんな電子ドラッグが仕込まれていたけど、僕の手にかかれば削除なんてお茶の子さいさいさ。オマケにドラッグ侵入不可の厳重セキュリティかけておいたよ」


 スマートフォンとの接続を絶ち、國臣へ差し出される。

 國臣の虹彩でロックが解除されると、今までと何も変わりないトップ画面が表示された。

 同時にインターネットにも接続される。たくさんの通知でうるさい。その中には定期的に送られるスコア通知があった。


「ありがとうございました。あの、支払いって?」

「ああ、いいよいいよ。僕ぁ、趣味でやってるだけだしね。黒沼さんの紹介ならなおさら貰えないし」

「いえ、そういうわけには」


 ポケットに手を入れて財布を取り出す。

 スコアを維持出来ていた分、支給額はそれなりにあった。とりあえず万札で足りると思ったが、山口は拒否する。


「いいっていいって。黒沼さんにもよろしく伝えておいてね」

「本当にいいんですか?」

「もちろん。そもそも副業しちゃぁいけないしね。これからは変なものを入れられないよう、気を配ってもらえれば何よりさ」


 行動には対価が要る。

 社会はそう成り立っているはずなのに。

 どうして店主は対価を求めないのか。


 國臣は現社会の中で当たり前だと感じていたものがそうではないことがあると学びを得る。同時に、対価無くして行動する人の心情が理解できなかった。




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