第12話


 きゅう城宮しろみや駅の隣駅であるきゅうみなみ城宮しろみや駅。國臣が落下してきた第九口にほど近い駅である。

 そこを目指して、國臣と黒沼は二人でやってきた。目的は國臣の紛失したスマートフォンを見つけること。葛城は「動きたくないからパス」とあの部屋から出なかった。確かに葛城がいた部屋をでて、ここまでくるのにすでに四駅分歩いている。


「あの、まだ先でした……?」


 一度は通った道であるが、記憶は定かではない。薄暗く、決してきれいではない空気に満ちている。短期間で慣れるはずはない。右も左も同じような壁のせいもあって、こんなにも歩いていただろうか、あとどれくらい歩けばいいのだろうか。ついて行くだけの時間が辛くなり、國臣の顔はひきつる。


「次の駅が南城宮、目的地だな。今のペースで歩いていけばあと十分ちょっとぐらいだろ」そう言いながらポケットに手を入れて振り返る黒沼。


「へばんなよ」

「まだ先……了解しました」


 もうひと踏ん張り、と気合を入れて歩く。

 たかがスマートフォン。されどスマートフォン。

 片手におさまる小さな機械でも個人情報の塊だ。持ち主の情報だけでじゃない。関わりのある人すべての情報が詰め込まれている。連絡先、交流記録、検索履歴に購入履歴。最悪の場合、口座や貯金まで明らかになってしまう。チップの認証が必要なスコアの確認や各種手続きは出来ないものの、盗まれる情報の方が圧倒的に多い。

 その情報を元に何をされるかわかったものじゃない。


「ったく。情報を盗られるってことはお前さん自身が素っ裸にされるようなもんだぞ。全裸で歩かされるってこった。今の若いモンは危機管理が甘い」

「……すみません」


 歩きながら黒沼は低い声で説教じみたことを言い始める。


「上じゃあみんなが『善人』の仮面をつけてるが、素は分からない。あくまでも社会が視ているのは表立った行動。どんな考えなのかは知ったこっちゃねぇんだ。カメラに見えないように小細工されることもある。もっと危機感を持て」

「はい、肝に銘じておきます」

「ふっ、心構えだけはいいようだな」


 ぴりついたのは一瞬で、すぐに黒沼の顔はほぐれる。

 会話中も足は止めなかった。そうして見えてきたのは瓦礫の山。國臣が地下へと落ちてきたところ。落ちた直後は痛み、そして戸惑いでいっぱいいっぱいだったが改めて現場を見てみると、よく生きていたなと思うほど地上ははるか上に見える。


「周りにはないから、この山ん中に埋もれてる可能性があるな。無ければ地上だが……ここから上にあがるのは無理。無かったらお前さん、早めに上に戻れ」

「……わかりました」


 二人は階段の残骸を大きいものから少しずつ退かしスマートフォンを探す。残骸に比べれば、スマートフォンは小さく、すぐには見つからない。

 埃が舞い、國臣が涙にじみながら咳き込んだりしても黒沼は手を止めず次々と退かしていく。


「スマホで思いだしたが最近、電子ドラッグがスマホを介して広がってるらしいな。お前さんのスマホを拾って入れられたら、媒介にされる可能性もある。Freedってのはそういうのを平気でやるやつらだ」


 だから気を付けろよ、と言う黒沼はまるで父親のようだ。目線はずっと國臣に向けられていないのに、言葉に思いやりが詰まっている。それを感じとれた國臣は胸が温かく感じた。


「なに、手を止めてんだ。とっとと探せ。あと三十分探しても見つからなかったら、お前さんは社会で素っ裸になるぞ。街中をフルチンで歩けんのか?」

「はいっ、すみません! 探します!」


 急に乱暴な言葉に肩が跳ねたものの、すぐに國臣はかがんで視線を下げる。瓦礫の隙間をのぞき込んで、不自然な存在がないかを見ていると、錆びた階段の足場が重なる中に目的のものが見えた。


「あ、ありました!」


 歓喜し手を伸ばす。細い隙間だ。肘まで腕を入れてやっと指先がスマートフォンに触れた。その様子を黒沼は腰に手を当てて見守る。


「もうちょっと……とれました!」


 ぐっと手を伸ばし入れてやっとスマートフォンを掴んで引っ張り出す。

 傷は出来ているが、割れてはない。電源はすんなりと入り、画面が点灯する。動作は問題ないようだ。

 安堵した直後、横から伸びてきた黒沼の手がスマートフォンを奪い取った。


「ちょっと、なにするんです?」

「いいから」


 取り返そうにも、黒沼は離してくれない。よく見れば黒沼は真っ黒なフレームの眼鏡をかけていた。そのレンズにスマートフォンの画面が反射している。

 スマートフォンにはロックをかけていた。だから黒沼がいじっても解除はできない。そう踏んでいた國臣。眼鏡レンズに反射した画面はどうやらロックが解除されているように見える。


「え、え? 開けてます、スマホ」

「あ? 当たり前だ。お前さんが画面を点けたときに、ロックは解かれてるんだから」

「ええ……」


 確かにロックは虹彩認証を使用していた。國臣が触れたときにそれは解除されている。だからといって勝手に人のスマートフォンを見るなんてどうかしている。

 唖然として見つめる國臣は、取り返すのを既に諦めている。何をしているかは知らないが、無駄なことをしない人だとこの短い時間で理解していた。それゆえ黙る。


「さっき電子ドラッグの話をしただろ?」

「はい」

「電子ドラッグはウイルスみたいなもの。フラフラ調べてるうちに、いつの間にか入り込むこともある」

「何もかも初めて聞きましたけど……まさかそのスマホに入っているとかですか?」

「そうだ。電子ドラッグは視覚から脳へ直接作用しドパミンをガバガバ放出させて多幸感を与えるものが多かったが、今はそれを改良して本人の思考を停止させるほどの快楽物質を出させるもんになった。摂取し続けると別世界にトリップするような感覚らしい。次第に幻覚幻聴も現れ、一種の洗脳状態になる。電子ドラッグの奥深くに隠されたアクションをし続けるようになるんだ。依存性のおかげで途切れることなく摂取しては行動してのループだ。その電子ドラッグを遮るのがこの眼鏡でな」


 そんな物があるとはつゆ知らず。何もかも初めての情報に頭が追い着かない。國臣は理解出来ていなくても、聞き上手なところが黒沼の口を走らせる。


「視覚情報の一部をねじ曲げることで電子ドラッグとしての効果を無くしてくれる優れものだ。俺としちゃあ、老眼鏡の役目も入ってくれれば尚良かったんだがな」

「へぇ……対策アイテムも出来てるんですね」

「市販はされてねぇけどな。っと、お前さんのスマホは案の定電子ドラッグの媒介にされちまってるな。勝手にあちこちへばら撒くのは止められたが、完全除去はここじゃあできない。早めに修理に出した方が良い」


 それに。と黒沼は画面を消灯させてからまじまじと辺りを見る。その視線を追ってみたが、國臣の目では何も捉えることはできていない。だが、黒沼は眉をしかめて言う。


「あそこらに人工筋繊維があちこちに落ちてるだろ? ってことはここにオルターエゴが入ってきてる証拠だ。電子ドラッグを入れた犯人かもしれねぇ。嫌なことが重なりすぎてる。嵐の前触れでないはずがない。ゆっくりしてらんねぇぞ」

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