03 表裏一体
第15.5話
十二月二十九日。戸和市役所内、会議室D。少人数での集合にはほどよい広さを持つ白い内装と、長いテーブルが四つに椅子が八脚。いたってシンプルな部屋。
出入り口に近い席には、山口が座る。
テーブルにノートパソコンを置いて作業をしつつ、隣には分厚いファイルが積まれている。少しの振動で崩れてしまいそうだ。
眼鏡の位置を直したところで、山口の後ろの扉がノックなしで開いた。
「あの、何か俺に用事すか?」
やって来たのは隼。山口から貰った名刺の連絡先を登録した際に、誤ってメッセージを送ってしまったことで連絡先を知られてしまっていた。無言メッセージだったし、山口から返事もなく過ごしていたのだか、突如として『市役所に来て欲しい』と呼ばれていたのだ。理由は聞かなかったものの、山口と言えば妹か両親に関することだろうと、隼は足を運んだ。
「こんにちは。寒かったでしょう、座って」
「うす」
外気温七度。凍える寒さに太刀打ちするには厚着するしかない。分厚いコートのポケットに手を入れてきたが、隼の指先はかじかんでいた。
そんな状態でくると見込んでいたのだろう。山口は準備していたペットボトルのホットコーヒーを隼に渡す。それで何とか血流を正した。
「呼び出してごめんね。どうしてもスマホじゃ伝えにくいことが二つあって」
「……なんすか?」
山口は言いにくそうに口をつぐむ。早く言えばいいのに――隼は待つ間にホットコーヒーをひとくち飲んだ。
「まずひとつは、君のスコアがレッドラインに近いからセミナーに出なさいってお知らせが来てる」
「ああ……そすか。特に予定あるわけじゃないんで日程出してくれれば出ますよ」
山口は一枚の紙を渡した。スコア改善に向けたセミナーを受講する方へ、と書かれた用紙だ。
上限のないスコアには下限もない。マイナスすら存在する。マイナススコアはそれこそ存在価値がないと言われているようなもの。まだそこまで下がっていないが数日前も平均よりかなり低かったスコアが、さらに下がったのだろう。
低スコア者用のセミナーを受けるのは初めてではない。去年にも受けていた。
「年末年始はやってないから、年明けに申し込んでおくね。日程は後から送るよ」
山口はパソコンへ情報を入力した。
これで呼び出しした用件のひとつが終わる。カタカタ音を立てて入力し、その後資料を漁り始める山口。
隼は次の話を出される前にもうひとくち、喉を潤した。
「それでね、もうひとつの話はね。僕のところに警察から連絡があったんだ」
「警察?」
「前職が一応警察だったらさ。そのときに僕ぁ追ってた事件が解決したよってお知らせだった」
それが何だっていうんだ。隼はジッと山口を睨むが、山口はパソコンの画面に何かを表示させて隼に見せる。
「僕ぁ追ってたのはね、君の妹の行方。名前もなかった君の妹さ」
「はっ……? 妹……?」
「うん。残念なことにこの世にはもういなくなってしまったんだけど、とある火災で見つかった子が君の妹だった」
画面半分には火災のニュース記事。タイトルは『戸和市の空き家で火災。原因は調査中』。
見覚えがあるニュース。現場まで行って、今も向き合っているもの。
隼が知っているのは、火災で三人が亡くなり内一人の身元が分からなかった。さらに現場からひとりが逃げていること。
山口の話から、この身元不明者が妹だというのか――隼の表情が凍り、ホットコーヒーを落とす。キャップが閉まっていたので、こぼれはしなかった。
「火災で亡くなったって。色々調べていると、誘拐事件のときに使った君の両親のDNA鑑定記録から親子だと分かった――紛れもない君の妹だよ」
「え、え……?」
言葉にならない。過去にないほどの動揺で何も考えられなくなっていた。
「ごめんね、僕ぁ何もできていなくて。絶対に君の家族を守るんだって思っていたのに、なのに、なのにッ……!」
山口は悔しそうに涙ぐむ。
「僕ぁ、僕ぁ、本当に何も出来ないんだッ……誰も守れない、誰も助けられない。僕ぁもっと早くに妹さんを見つけられていれば。オプティへのアクセスで調べていたらッ。そうしたら助けられたはずなのに。みんなが幸せな家族になれたはずなのにッ」
隼よりも山口の方がぐしゃぐしゃな感情を表に出していた。頭をかき乱し、ボロボロと涙を流している。感情を表に出す山口を前にし、隼は突如として与えられた現実に涙も出ず呆然とするしかない。
山口は目をこすり、鼻をすする。それを何度も繰り返して目も鼻も真っ赤になる。一度落ち着こうとしたのか「ちょっとごめん」と言うと部屋の外に出ていく。
「死んだ……誰もいない、俺はひとり……」
ひとりになり、真っ白になった頭で隼はつぶやく。家族が恋しい。両親が命を絶ったあとも、かすかな希望だった行方不明の妹。血のつながりが、隼が生きる糧になっていたというのに。
孤独に苛む。誰も血縁者はいない。
みな、隼を置いていなくなった。
生きるのが辛い。
ひとりでいるのは辛い。
こんなの受け入れられない。
助けを求めるように、スマートフォンを開いた。唯一の親友に連絡しようとしたのだ。今日はまだ見てなかった通知で親友から届いていたメッセージを開く。何やら動画が送られてきていて、隼はジッと見てしまった。
流れ込む動画は、脳みそをシェイクしたかのような激しい頭痛と目眩を引き起こす。視界がねじ曲がる。それても目を離せない何かがある。
「國臣ッ……」
頭を押さえながら、思考を犯していく真っ黒の何かに抗った。
しかし、記憶に存在しない少女の影が隼の耳元で『なんで貴方は生きているの?』と囁く。さらにひとり、ふたりと両親の影が寄ってきて同じ内容を繰り返して言うように聞こえている。
幻聴と幻覚。
本来ならば電子ドラッグによる作用で見る幻覚は幸福感を与えるはずが、隼に見えてしまったものは絶望を与えるものだった。
「わかんねぇよ、なんで俺が……!」
苦痛に満ちた声は儚く消えていく。寄り添う者もいない今の隼が、電子ドラッグに負けるのに時間はかからなかった。
ガチャリと会議室に戻ってきた山口は、それからも泣いていた。出すものが無くなったのはそこから十分近く経ってからだ。
「ごめん、大人のみっともない姿を見せちゃって。話はね、これで終わりじゃないんだ」
「はあ、なんすか」先程と変わって、据わった目をして隼は聞く。
「あのね、妹さんとの面会が出来るって。遺体の損傷は酷くなかったから……血縁の君に確認と遺留品などの引き取りをお願いしたい」
血縁といえど、会ったことはない。顔を確認しても分からない。けれど、隼はうなずいた。
「ありがとう。僕も一緒に行くから、心配しないで。大丈夫、僕ぁ君を守る味方だよ――」
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