第33話


「人道的かどうかはさておき、それをどうして私に? ただの子供にやらせるものではないでしょう?」


 ケーキをたいらげてしまった。ことりは口ではそう言いながら、テーブル備え付けのタブレットで更にパンケーキを注文した。


「君が最適だと思っただけだよ。チップの認識もなく、居場所を探す人がいない。まあそういう人は親のエゴだったりで幾らか存在はするんだけど、思考に偏りがあるから採用はできない。でも君なら。物事を冷静に見て判断できるでしょ? 君が最も適してると思ったんだ」

「かいかぶりすぎです。冷静を装っているだけですから」

「そうかい? 冷静じゃないとするなら、そうだな……無頓着? 自分のことはどうでもいいみたいな。自分じゃない大切な人……最近関係を持った彼のためならどうだい?」


 ことりの眉がぴくりと動く。

 山口はそれを見て、ことりが自分よりも気にかけている存在が『彼』であると確信する。そして追い討ちをかけるように話を続けた。


「大変だよね、被験者って。自分は知らないのに、周りの人はみんな知っている。知っていて伝えない。被験者がずっと研究されているってことをさ。生きにくいよね、大変だよね。君は知っているけど、知らないふりをして。嘘をつくのは大変だろう?」

「……どこまで知っているのです? 私の何を見ているのですか?」

「何って全部だよ。僕ぁ全部を見たいんだから。君が彼の手袋を川に入って拾いに行って、そこから関係を築いて付き合って。これから先にもデートするんでしょう? クリスマスデートももちろんあるよねえ」


 ことりは口を閉ざす。山口の発言は全て正しい。監視局局長という立場があるからこそ、ことりのすべてを見ているという話しは信用に足りる。

 クリスマスにデートに関しては、まだ予定ははっきりしていない。ただ、つい先日例えばの話として挙がっていた。直接会って話したのではなく、スマートフォンで連絡を取り合って浮上した話題だ。オプティにその内容は筒抜けなのは分かっていたが、ここまで直近のことを知られているとストーカーのようにも感じていた。


「多くのカップルが綺麗なイルミネーションを見に行くんだろう? 商店街も電気でピカピカにするだろうな。さぞかし楽しみにしていると思うけど、このまま行ったらそのあと迎える正月は混沌と化すよ」

「……何か起こるとでも?」

「ああ。君の親代理の人たちがね。社会をひっくり返そうと企んでるじゃん? その実行日がクリスマスと大晦日のツーステップ。今のまま放置しておけば、君たちに幸せな年明けはないね」

「ああ、あの人たちの計画ですか。どうせ失敗するんじゃないですか? 今まで成功した試しがありません」


 ことりをこき使う親代理――滑川則真と赤坂説子――の姿が思い浮かぶ。彼らが悪事をもくろんでいることはことりも知っている。かといって、スコアを持たぬことりにはどうでもいいことだったので、今更社会がどうなろうが知ってことではない。


「君はよくても、彼は違うだろう? 体質があれど、オプティの元で生活する以上、彼は混沌に巻き込まれることになる。それは君も不本意だろう? 僕も避けたい」


 しかし、山口は違う。

 山口が求めているのは『オプティの作る社会』。それを乱そうとする人は排除したいのだ。


「それで。彼らに接近できる私を使おうと?」

「うん。君が計画を崩すキーパーソンだ。ちょちょっと手を下して、そのあとにオプティに入る。少しだけ社会は乱れるだろうけど、すぐに元通りになれるさ」


 ことりが失敗すれば、社会は混沌に。それがどのようなものなのかは山口は話す気がないようだ。

 山口を睨むように見るが、彼はどこ吹く風だった。それどころか楽しそうに話を続ける始末。


「僕ぁオプティの下で過ごす人たちを見ていたい。なのに、あの人たちってば、君そっくりのオルターエゴを作って、スコアを逆転させるウイルスをオプティにねじ込もうとしてるじゃん。それもわざと元研究員のデバイスを経由させることで犯人を仕立て上げようとしてる。私利私欲と言ってもやりすぎなんだよ」

「……そこまでご存じなのであれば、貴方自ら止めに入ればいいのでは?」

「それはできないんだ。僕は監視者。調律者じゃないもんでね。身勝手な介入は許可されてないって言えばいいかな」


 だから君にお願いしてるんだ、と山口は話を締めくくった。

 ことりは少し考える素振りをする。そしてゆっくりと口を開く。


「貴方の言葉を全て鵜呑みにすることはできませんが、貴方とあの人たちを比べてれば、貴方の方が信頼できます。それに私は彼を護りたいという気持ちがありますし、あの人たちの操り人形を辞めたいと思っていたところです。できることがあるのなら、協力いたしましょう」


 ことりは山口を真っ直ぐ見る。その視線に迷いはない。

 山口はその返答に満足したように笑う。


「いいね、流石だよ。それじゃあ、流れを説明するね」


 説明に入る前に、頼んでいたパフェがやっと運ばれてきた。

 甘味を味わいながら、ことりは静かに話を聞く。

 その内容はこうだ。



 第一段階として、クリスマスの街中のカメラや巡回アンドロイドのオルターエゴのメンテナンスの際に仕組まれるFreed特製プログラム。これに手を加えておく。この段階で仕組まれないようにしてしまうと、Freedが勘付いてしまい新たな策を講じてしまう恐れがある。それを防ぐために、一度は第一段階を成功させたように思い込ませる。そしてこの段階でことりはオプティの内部に入る。


 このプログラムが起動するのは、大晦日。

 メンテナンスで確保できた容量に新たなプログラムを書き加えることで、スコア価値の反転が起きてしまっている。それはまだ、市内規模であるが年を越す際に全国へプログラム情報が送信、新年は全国で同様の現象が起きてしまう。防ぐためには、市内管理オプティの再起動が必要になる。監視局員が起動させるだろうから、ことりはそれまでの時間稼ぎをすること。


 手段は問わない。ミスは許されない。

 ことりは話を聞いた上で、疑問に思ったことを山口へぶつける。


「私にプログラミングのスキルはありませんよ」

「大丈夫。僕があらかじめ必要なデータを作っておくから、君はそれを元のプログラムに組み込むだけでいい」

「行うにあたって、あの人たちがそれを許すはずがありません。あの人たちをどう対処すればいいのです?」

「そりゃ、君の好きなようにしちゃっていいよ。こっちが後始末するからさ」

「後始末……」


 ことりは顎に手を添える。しばしの沈黙を経てからひとつの提案をする。


「ではあの人たちの灯を消してもいいと?」

「大胆だねえ。もちろん構わないよ。彼らはオプティが不要と判断した人たちだ。だったら消えたって問題ないからね」


 ことりの言葉が何を意味しているのか、山口は分かって言っている。しかも笑って。


「でしたらそれで私は罪を犯すことになりますが、それでもオプティに手を貸すべきですか?」

「うん。だって君は透明人間だ。透明だから罪は背負えないでしょ。何をしても罪は消えていく」

「まあ、たいそうな立場ですね」


 わざとらしい驚き方をすることり。


「もうひとつ、お伺いしても?」

「どうぞどうぞ」


 パフェをすくうスプーンを置いてから続ける。


「私は死んだことにしてほしいのです」

「理由を聞いてもいいかい?」

「彼を前に進めるためですよ。私がいないともなれば、血眼になって彼は私を探すでしょう。ですが、死んだともなれば彼は気を落とすでしょうが、いずれ受け入れる。死の受容には時間がかかりますがきっと前に進んでくれます」

「君はそれでいいのかい?」

「はい。私は彼が幸せになってくれればそれでいいのです」


 ことりは即答する。山口はその表情から、嘘偽りない本心だと理解する。


「分かったよ。君の希望通りにしよう。オプティに入る前に君の遺体を偽装しよう。そうだな……燃やしちゃおっか。識別できないぐらいにこんがりと。カメラ記録の心配はしなくていいよ。僕ぁその辺の改編ならお茶の子さいさいさ」

「……ありがとうございます」


 これ以上の質問もないことを確認し、パフェを完食したことりは席を立つ。


「オプティって意外と自由が効くんだ。そこでの働きは君に一任する。体調は僕が見ているから、悪そうなときは手を貸すし、次の候補者が見つかったら世代交代する。お役御免になったら、その後の生活も保証しよう」

「至れり尽くせりですね。では、その時には貴方の財布を空にできるほど食べてみせます」


 ことりは不敵な笑みを見せて、店を出る。

 足取りは強い。ことりは山口の提示した内容に満足していた。


 あとは自分の力量次第だ。いかにしてあのを出し抜くことができるのか、試されているようで気分が高揚する。

 きっとうまくやってみせる。

 そう自分に言い聞かせたあと、ふと空を見上げる。

 雲ひとつない青空が広がっていた。




 Fin

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