34話 オリジナル
「そぉれ!!」
がくつく足を根性だけで動かしてクイックリンパサーの軽い動きだけで発生する大量の礫をかいくぐりながら彼女はなんとかしてクイックリンパサーの足元にはりつき、能力を発動した。
「ぐっ!」
ここで初めてクイックリンパサーは苦悶の表情を示した。
「あぁん?やっと俺のパンチが効いたか?」
「なわけあるかぁぁ!このくそがきがぁぁぁ!」
「かはっ!」
突撃してきた変態ドМ男を叩き落とす。
(一体何が!?あの変態の男でもこんな痛みはなかった、体の内部から浸食されていくような生命的危機を感じる痛みだ)
思わず下を見るとそこにはかつて排除したはずの”天敵”がいた。
彼女の能力は”魂への意志の付与”、大量の魂を内包しているクイックリンパサーにとって天敵ともいえる相手だった。クイックリンパサーの魂の一部に意志を付与し、体から離脱するよう命じればそれは本体へのダメージにつながる。
この場では一番のダメージリソースである。
だから彼は念のため彼女に一人だけで革命軍の支部を指揮させて、自分から遠ざけるように本部と切り離すよう下の者を通して命令した。彼自身柊由香という不安定な存在に近づきたくなかったというのも遠ざけた理由の一つであるといえよう。
そして彼は不安定な彼女に”ある命令”をした、その内容は”なるべく目立つように人の魂を採っていけ”というものだった。そんな目立つ行動をとったためか彼女はあの男に、そしてヒーローにしっぽを掴まれた。
だが彼女自身影野瑛斗の魂の維持に必死だったため、革命軍の命令がなくともどんな方法を使ってでも人から魂を抜き取っていただろう。そして革命軍に入っている手前命令に従わないという選択肢もなかった。
だから彼女はできうる限り目立つように人をさらっていった。
すべてはクイックリンパサーの思い通りに動いていた。
クイックリンパサーの心中には早くヒーローに見つかってほしいというものがあったのだ。
だがクイックリンパサーの予想は外れ、いつまでたっても現れないヒーローにイライラしていた。
うっとうしいと思っていた柊由香がようやくヒーローに捕まったかと思えば今、目の前に再び現れてしまったのだ。
舌打ちをするのも仕方ないだろう。
「なぜお前がいる、ポン・カーネ」
「誰よ、あなた」
「くっそがぁぁぁぁぁっ!」
「っ!!」
たとえ天敵であったとしても蹴り飛ばせば問題ないとばかりに思い切りよく蹴りを入れる。確かな肉の感触、だがそれは女性にしてはあまりにも硬くて………。
「またお前か」
クイックリンパサーは顔をしかめる他なかった。
「はっはっー!よかった目が覚めて、お前は本物なんだな」
「本物って何よ、私は一人しかいないわ」
「………そうだったな、そうだよな!」
クイックリンパサーの声など聞こえていないようで男は抱きしめた柊由香にご執心だ。
その行動に一層いら立ちを覚えたのか、眉の下に血管を浮かべたクイックリンパサーは手に力を込め、渾身の一撃を柊ともども叩き下ろす。
「いやぁ、ほんとよかった」
「くそ、がき………」
だがその渾身の一撃はクイックリンパサーにとっての忌むべき者がかろうじて食い止めていた。
「ねぇ、作戦があるの」
「………聞こうか」
今度は柊までもがクイックリンパサーを無視して目の前の忌むべきものにある提案をした。
忌むべき者は笑いながら受け止めたクイックリンパサーの拳を弾き飛ばす。
「ねぇちゃん、ちょっとこいつの相手お願ーい」
「ガリガリ君3本なノネ」
「りょーかいっ」
「プレミアムのやつなノネ!!」
「はいはい、わかったって」
女にクイックリンパサーの相手を任せた男は柊を抱え、近くの高台に移動した。
「逃がすかぁぁ!」
その高台に向けて拳を放つクイックリンパサー、だがその拳は軌道がずらされ隣にあった別のビルにあたる。
彼は恨みがましく後ろにいるであろう忌々しい存在第2号が彼の拳の軌道を変えていた。
「聞いてなかったのか?お前の相手は私だ」
「ちっ役不足じゃないか?」
「言ってろ愚図」
互いの視線が交錯し、時間稼ぎと名を冠した戦いが始まった。
・
荒れに荒れた池袋を見下ろす影が一人。
「はわわやばいですぅ、やばいですぅ」
なにがやばいのか言語化できないほどに彼女は焦っていた。
彼女のヒーローネームは”ゲマズ”目立たない探索系の能力ではあるものの、探索系能力者に乏しいホロウ株式会社にとっては貴重な人材ではあった。
………性格に難あり、という部分に目をつむればの話であるが。
「ワン様、お願い立ってくだしゃい!」
葉っぱと視覚を共有できる彼女ははるか離れた下の状況を明確に理解していた。
だがそれは誰よりも絶望を知っているという意味でもある………。
「………さっきの二人、一体何を」
最前線を張っていた男の一人が抜け、一人の女性を抱えて戦線を離脱していたことを気にかけ、葉っぱをその二人の方に操り、ワンから視線を移す。
「”私の能力であいつの魂を削る”?」
ゲマズの能力は葉っぱを使って視覚は確認できるが音や声を聞き取ることはできない。
そのため読唇術を極めるための練習を重ねることにしていたのだ。
その成果が今出ているわけだが、その内容は自分が習った読唇術の技術を疑うほど衝撃のものだった。
「………ちょっと、待って今あの子が話してる相手って捕まえてるはずのポン・カーネなんじゃ………」
”いやほんとどうなって………”脳が考えるのをやめようとするのを根性で止め、その異常事態を一旦置いておき、現状を受け止めようと爪を噛む。
「あの男がここに来た時に何かを背負っていた、それが人であることくらいはわかっていたけど、まさかポン・カーネだったなんて思わないでしょ、となるとテンヒさんはやられてしまったという考えなければな」
完全に爪をかみ切り、にらみつけるように葉っぱを通して二人を見る。
「………受け入れがたい状況だけど、まぁとりあえず呑み込むしかないわよね、そして今私ができる最善は………」
「うーん、風向きが少し悪いな」
「ふえ!?」
隣に波風立てずに現れたのはスレンダーな女性、どこにでも売っているような単色の赤色のワンピースの腰あたりをベルトで閉めている。
その顔つきは何も考えていないようなぽけっとしたものだ。しかし女性の象徴ともいえるやる気を削ったけだるげなたれ目は確かにクイックリンパサーのことを射抜いている。
冷たい、ゲマズが女性を見て最初に抱いた印象はそれだった。腑抜けたたれ目とは対照的な雰囲気を感じ取った。
「なぁお前は本当に命を削る覚悟でここに立つのか?」
「ふぇ!?私ですか?私はその………」
「そうだよ、私の役割はここにしかないと思っているからね」
女性の問いかけはゲマズに向けたものではなく、その後ろにいた一つの人影に向けたものだった。それに気づき、ゲマズは気恥ずかしさからか顔を俯ける。
俯いたときに横目で後ろに現れた初老の男を見やる。
「あの、あなたたちは一体」
「ふむ、じゃああいつまで飛ばすよ?」
「あぁ頼むよ」
ゲマズの問いをまるっきり無視して女性が軽く手首をひねると初老の男は回転しながらクイックリンパサーに向かっていった。
「一体何が………」
「あぁすまないねゲマズちゃんの質問に答えようか」
女性は笑い、ゲマズの頭に手を置いた。その笑みは優しくもあり怖くもあった。
「え、あ、私の名前」
「私は神薙由奈、この世界の秩序を作った一人よ」
やられ役になって「かはっ!!」って言いたいだけなのに鍛えすぎて正義対悪対俺の第三勢力に組み込まれてしまった件について @rereretyutyuchiko
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