26話 開戦
激しい風が吹いている、その風は彼の髪なびかせ
「んっんー!ついに始まったのかーなっ!!」
「どうやら東京の各地でクイックリンパサーの襲撃が始まった、僕は池袋、巣鴨、秋葉原の対処に向かう、君は前伝えた通り渋谷を守ってくれ」
渋谷で一番高いビル、黄金に光る屋上でスリーはスマホを使ってワンと電話をしていた。
「了解だーよっ!」
スリーは飛び降りた。白いスーツをはためかせ真っ逆さまに落ちていく。傍から見たら自殺行為だが彼はヒーロー、なんともなく地面にひびを入れながら着地する。
「スリーさん!?」
一般通過一般人が驚いて目を見開く。だがスリーの視線には一般通過の一般人など眼中にない。代わりにクイックリンパサーが流体となって人々を襲い、その手に一人の女性が流体の体の中に捕らえられている姿を目に映していた。
「んっんー、私がいる前でそんな愚行、自殺行為だーよっ」
スリーが前に手をかざすと流体となっていたはずのクイックリンパサーの体がプルプルと揺れ始める。
「あ?なんなんだこれは!?」
自分の体がちぎれ始めているのを見て飛んで行かないように手を伸ばすが、今度は伸ばした手もちぎれ、スリーの方に飛んで行く。
「んっんっーこっちに来い」
「スリーか!!」
スリーは声を荒々しく上げるクイックリンパサーを無理やりに引っ張る。
「た、助かった?」
クイックリンパサーの体の中に捕らえられていた女性は息を切らしながら自分の手を見ながら生きていることを確認する。
「来た、来てくれたんだスリーがっ!!」
女性が襲われているのを見ているしかなかった男がそう叫ぶ、それに呼応するように周りの人間も叫びだす。
「スリーだ!」「ジュエリースリーが来てくれたぞっ!」
過度な期待、それは一般人の思考を持っているスリーには重すぎるものだった。
(………俺は陽気なだけのただの一般人だっていうのにな)
「ほんとありがたいことだーねっ」
拳に力を込めたスリーは引っ張ったクイックリンパサーの体めがけてその拳を振り下ろした。
ぱぁぁぁぁんっとクイックリンパサーの体は四散した。
「おそらく、これがワンが言っていた分身だーねっ、ということは………」
スリーが視線を寄ってきた被害者達に移す。
「スリー!あっちの方で同じような姿をしたやつが所かまわずに人を襲っているんだ!助けに行ってくれないか?」
「あー了解だーよっ」
「スリー駅前のコンビニにでも同じやつを見かけました!」
「おっけーおっけー、あとで行くーよっ」
「後でじゃ遅いんですっ!」
「んーそれは困ったなーあっ」
「スリー!」「スリー!」
各々が言いたいことだけを言っていくその現状はとどまることを知らず、その騒ぎに気付いた他の被害者すら集まってきた。
「っ!!」
その視線に耐えられなくなったスリーは真っ直ぐ上空に飛んだ。スリーを囲っていた被害者達は一斉に上に飛んだスリーを見上げる。
するとスリーは近場にいたクイックリンパサーの分身体を引っ張ってきて見せつけるように握りつぶす。
「僕は第三位のヒーローさっ!見てわかるように僕にかかればこんな敵一瞬さ、だから安心していてよ僕がいる限り君たちは死なないんだかーらっ、そしてこれ以上の被害者も出さないーよっ」
「と、いうわけなので、被害に遭われた方々は我々の会社で保護いたしますので、こちらへどうぞ、それ以外の方々は緊急時用の個室を用意しておりますのでそちらにご案内いたします」
するとスリーが所有するビルのドアから出てきたスーツを着た役人の女性がスリーを見上げるしかなかった被害者達に向かって言い放った。
すると彼らの顔は自然とその役人の方へと向いた。
彼らの視線の先には豪華に彩られたエントランスが目に入る。普段厳重な警備により中に入ることすら許されないスリーのビルの中に入ることができる。
それは一般人からすれば耐え難い欲求であった。
「わかりました、そちらに身を置かせていたただきます」
一人の男が下手な笑みを浮かべ足早に役人の横を通り抜け、エントランスの中に入った。
それに釣られたある女性が言った。
「そうね、私達がここでなにかできることはない、スリー頑張ってね」
「もちろんだーともっ!ありがとうーねっマダム」
「あらやだ、マダムだなんて」
女性は腰を大胆に振りながらビルの中に入っていく。
「そ、そうだよな、ここでできることはもうないよな」
自分に言いつけるようにある男がまたビルの中に入っていく。こうなればもう止まらない、次々とその人個人の理由を抱えながらビルの中に流れ込んでいく。
そして残ったのは善良な心を持った迷惑な人間達だけだった。彼らは互いに見つめあいどうするべきかを考えている。
(んっんっー、申し訳ないがあぁいうしょうもない偽善を掲げられるのが一番邪魔なんだよーねっ、やるならやると覚悟を決めてほしいものだーよっ)
スリーは残った彼らを冷ややかな目つきで見下ろす。
「あの、スリーの邪魔になるので早く非難してもらっていいですか?」
そのスリーの視線に気づいたのか否か、役人の女が目の前に当人達がいるのにも関わらず、少しも表情を崩さず言う。
「え」厳しいことを突然言われた彼らはあっけにとられ、口を開ける。
「いいから早くこっちに来いって言っているんだ、お前らじゃ邪魔にしかならないんだよ」
「あんた、なんてことえを………」
「うろたえるな、もう一刻の猶予も………っ!!」
役人は抗議してきた男の後ろから襲い掛かろうとしているクイックリンパサーの姿を見たその瞬間、男を蹴り飛ばし、その流れで伸ばしてきた液状の手に自らの腕を噛ませる。
「くっ!」
毒の粘液に変質していたらしいクイックリンパサーの体は役人の腕を焼く。
「全くヒーローとはつくづくうっとうしいな」
「里奈!!」
そう叫んだスリーが役人の体に張り付いたクイックリンパサーの体を引きはがし、重力の能力によって散り散りにする。
「私に構わずスリーは他の救助に向かって!!」
骨まで見えるほど溶けた腕を無視して、役人は声を張り上げた。
「………了解したーよっ!!」
スリーはしばしの沈黙の後、空中で跳躍し一瞬の間にその場から立ち去った。
それを見送った後役人は自分の焼けただれた腕をその場にいた被害者達に見せつける。
「これを見てまだ自分が助けに行きたいと言いますか?」
「いや、その………」
勇敢な自分でいたい、優しい自分でいたい、だが目の前の彼女のようになる覚悟だけがなかった。
「部屋を貸してください」
一人の男がそう言った。
「わ、私も………」
一人の女が続くように言う。
「やっと決心がついたか腑抜け共、こちらへ来てください、ご案内いたします」
「は、はい」
言葉遣いが悪いのかいいのかよくわからない役人の後について彼らはビルの中に入っていった。
「………スリー気をつけてよ」
目を細めて役人はビルの中に消えていった。その視線の先には大量のクイックリンパサーの体を四散させているスリーの姿があった。
・
同刻ホロウ株式会社内は荒れていた。そしてトレーニングルームにて仕上げと言わんばかりに1000キロのダンベルを肩に乗せながら汗を大量に流していた。
そこに扉をけたたましく蹴りながら入ってきたのはファイであった。手にスマホを持ち、額に汗をにじませている。
「ワン!来たわ、クイックリンパサーの反乱がついに始まった、各地に潜伏させていたヒーロー達も一斉に動き始めたわ」
「了解した、そのまま以前決めた通りに動けと伝えてくれ」
「ワン、あなたも行くんでしょ?」
「あぁ、ヒーローとしての役目を果たそう」
バスタオル10枚を使って汗をぬぐったワンは近くにあったシンプルなシャツを着る。そのシャツには真ん中に熊の顔が書かれており、これはファンからもらったものである。
「もっと防御力高そうな服を着なくていいの?」
「いいんだよ、こういうシンプルな奴の方が動きやすい」
「まぁ私はどうでもいいけど」
「じゃあ行こうか」
ワンはファイが蹴り開けた扉をくぐる。
その瞬間横からナイフを片手に持ったクイックリンパサーがワンの首元に向けてナイフを突き出す。
「ワン!」
ファイがそう叫ぶが一歩遅くナイフは首元に当たった。
ぱりんっ!
そのナイフは見るも見事に砕け散った。
「俺を舐めるなよ、ゴミクズが」
ワンは軽く拳を振るい、クイックリンパサーの体を四散させる。
「行こう、これ以上被害は出さない、ファイも自分の持ち場に向かってくれ」
「えぇわかったわ」
ワンの瞳は暗く、そしてどこか悲しかった。
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