第16話 温度差

「っていうことがあったノネ」

「へー姉ちゃんも大変だったんだな」

「そうなノネー」

夜ごはんを食べているときに姉ちゃんから今日あったことを聞いていた。どうやらパチンコ屋の強盗を捕まえようとしたら一緒に捕まえようとしていた人が勢い余って殺してしまったらしい。


「とんでもないイカれたやつだなそいつ」

「そうなノネ、ほんと事後処理がめんどくさかったノネ」

「よくもまぁこんなに早く帰ってこれたね」

そこで姉ちゃんは今日俺が作ったカレーを一口ほおばり、「おいしいノネ」と告げてから話の続きをする。


「私を誰だと思ってるノネ」

カレーをよそったスプーンを片手にキランとでも効果音がつきそうな見事などや顔をしてみせた。あ、姉ちゃんほっぺにカレーついてる。横についてることをさりげなく伝えてティッシュを渡す。

「そういえば、まだ目覚めないノネ?」

「うん、息も安定してるし目を覚ましていいころだとは思うんだけどまるで目覚める様子がないんだよねー」

「そうなノネ、残念なノネ」

「まぁいつか目を覚ますさ、それまで待つのみ」

「前向きでなによりなノネ」

その後も家政婦となったヒーロー達を背にカレーを食べ続けた、いつかきっとよくなる、それだけを信じて………



ぴちょん、ぴちょん、と天井から漏れ出た水滴が落ちる、硬い地面に落ちた水滴は弾かれ椅子に縛られているある人物の足に当たる。


(捕まってから何日が経っただろう………)

重厚な扉を開いて入ってきたのは幼児のような体系をした白衣を着ている女、テンヒと、医療系ヒーローのバレントだった。

「やぁやぁ今日も元気かな?ポン・カーネ」

「………」

「はっ、しゃべる元気もないか」

(また来た、また同じ………)

「はじめるぜ、入ってきていいぞー」

テンヒが後方に向けてそう声をかけると、彼女たちを押しのいて老若男女問わずぞろぞろと大量の人間が入ってきた。埋め尽くさんばかりのその人だかりは縄で縛られているポン・カーネを中心に作られる。


「お前のせいで娘は!」

ポンは腹を殴られる。深々と刺さった拳は彼女の胃に多大なる痛みを与える。

「お前がいたから母さんは!」

ポンは顔面に膝蹴りを入れられる、瞬間鼻はつぶれとめどなく鼻血が流れ続ける。

「お前さえいなければあの子は死ななかった!」

ポンはみちっと爪をはぎ取られる。問答無用ではがされた爪たちをポンに無理やり食わせた。


ズボンを下げ、自分の陰茎部を口にくわえさせる輩まで現れた。

「あなたさえ!」「お前さえ!」


始まったのはポン・カーネへの虐待行為だった、殴る蹴る、踏む、犯す、ありとあらゆる残虐行為がポンに向けて行われた。


ここに集められたのはポンによって家族や親族を失った者たちだ、彼らはヒーローに”復讐の機会”と銘打って集められ、あらゆる法を無視してこのような残虐行為に及んでいた。


だがこうなっても仕方ないといえるほどの大きな罪を彼女は罪を犯していたのだ。一般人120人の惨殺、それが彼女の罪だ。それをヒーローは「大元を釣る」という目的だけで見逃し続けていた、しかしその理由は公表していなかったために親族を亡くした者たちは耐えきれないほどの精神的苦痛を味合わされていた。


「………」

その拷問をポン・カーネは「やめて」とは一言も言わず耐え続けていた。


「さて、お前らそろそろやめろー」

テンヒがこれ以上はポンの体がもたないと判断しそう声をかけるが、彼らは聞く耳を持たなかった。

「うるせぇぇぇ!俺は娘を殺されたんだ!」「私は息子を!」「僕は母さんを!」「私は!」「僕は!」「俺は!」「わしは!」

復讐にかられた人間は理性を失い自我が強くなるというのは本当だったらしい、復讐することしか頭にない彼らにはもうテンヒの声など届かないだろう。


「はっよく言うぜ、お前ら今どんな顔してると思う?」

「は?」

テンヒが小刻みに笑いながらスマホでぱしゃっと復讐に駆られた彼らの写真を撮る。


「こんな顔だ」

その画面に映っていたのは心底楽しそうに顔をゆがめた彼らの顔があった。

「え、これが………」「俺達?」

その衝撃の事実に全員が自分の顔を触る。

「別に私は”こんなこと親族は望んでいない!”みたいなくさいことをいうわけじゃないぜ、だがなこれがなりたいお前らの姿なのか?」

依然余裕を崩さずテンヒは煽るようなにやけ顔を続ける。


それを聞いた彼らは一時押し黙り、アザだらけになったポン・カーネのことを見つめる。そして眉を顰めてから口を開く。

「テンヒさん、俺今日でここ来るのやめます」

(きた)

「俺も」「私も」「僕も」

一人の男がそう言ったのを皮切りに次々とここをやめて出ていく者たちが増えていく。


気づけば周りに人はいなくなっており、残ったのはうなだれるポンとテンヒ、そしてバレントだけになっていた。

「ふぅ、今日も終わり終わり、ははっひどい顔だなポン・カーネ」

「あぁ、影野君、私が助けるから、だからずっとそこにいて、私がいるから、私が………」

「ついにイカれたか」

テンヒは淡々と事実を告げる。まるで吐き捨てるような冷たい瞳を携えながら………

「テンヒさんもうやめましょうよ、彼女の身がもたない」

耐えかねたバレントが必死にテンヒへと抗議する。それを聞いてもテンヒは表情を崩そうとせずただ悲しそうに笑う。


「お前はそれでいい………」

「え?」

テンヒはそう言って手をひらひらさせながらその場を去っていった。


「一体どういうこと………」

「あ、あ影野君、私が、私が救うから………」

バレントが茫然とテンヒが去った後の廊下を眺めていると縛られているポン・カーネがうなり声のような言葉を発する。


「………ごめんね今治すから」

そういうとバレントはポン・カーネに近づき、能力を行使する、能力名”無慈悲の治癒”、どんなものでもどんな傷でも無慈悲に治すことができる能力だ、それは彼女の意図に関係なく彼女が対象の半径1メートル以内にいれば発動する。


気づけばポンの体はきれいさっぱりと治されており、元のポンとそん色ないほど回復していた。だが………

「私は、助けるんだ、影野君を、きっと生き返させるんだ」

精神は壊れたままであった。

「私の能力じゃ壊れた精神までは治せない、ごめんなさい」

バレントは優しい性格の持ち主だ、つい先日彼女は彼女の目の前の患者の暴走を止めることができなかった。それを憂い半日寝込むほどのショックを受けていたほどだ。


「でも………」

と、彼女は続ける。

そんな彼女はポンと会話することを諦めない。

「あなたが今まで殺してきた人達って全員いじめっ子や犯罪者とかだったのね、………まぁやり方は間違ってたかもしれないけど、私はそういう割り切った正義嫌いじゃないわ、だけど当然罰は受ける、だから今は我慢して、いつか助はくるはずだから」

語り掛けるようにポンに話しかける。当然ポンの方から返事は帰ってこない。

「………ねぇ、あなたはどんな男の子がタイプなの?」

そんなポンを見かねて、ポンが縛られている椅子の横に背中を預けながらひょうきんな口調で語りだすバレントの顔は少し微笑んで見えた。


「あ、あ、影野君、影野君」

「そう、影野君って言うの、その子はどんな子なの?」

「影野君は私が助けるんだ、絶対に………」

「んもうっ私の話聞いてる?」

壊れてしまったポンに気付いていながらもバレントは続ける。

「私もね好きな人いたことあるのよ、学生のときの話だけどね」

「………」

「その人はカイト君って言うんだけど………「はぁ、あんたほんとしつこい」」

「あら演技はやめてくれた?」

「全部わかってたの?」

「もちろん♪私は元看護士よ」

ふぅーとため息を吐いたポンは冷たい目をバレントに向ける。


「随分おしゃべりじゃない、私は敵よ?」

「敵でも、今は捕まってて何もできないじゃなーい!」

つんつんとポンの頭をつつくもそれをうっとうしそうに顔をゆがめながらよける。


「さわんな!!」

「ぷぷー、生意気言ってもききませーん!!」

「ガキか!」

「あらぁ?大抵の大人は子供よ」

またも口をタコ型にすぼめてからまたも続けてぺちぺちと頭を叩くが縄で縛られているポンは身動きすらとれず無抵抗に受け続ける。


「………大丈夫あなたはきっと帰れる、だから大丈夫よ」

「ちょっ、あなた何を………」

一転ポンの頭を優しく包み込んでから離す。その突然の行動にポンはたじろいで頬を少し染める。


「じゃあねーまた来るわー」

「もう来るな」

なおも強気に返すポンを優しくも少し悲しい瞳で眺めてからバレントもまた部屋を出た。



「彼女は強い、けど………」

部屋を出たバレントは重厚な扉を閉めてからその扉に自分の背中をゆだねた。見上げる天井は白くて、どこかもの悲しそうに見えた。

「人間には限界がある………」

「おぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!がぁぁぁぁぁぁっ!!」

扉の向こう側、真っ黒い部屋から聞こえる嘔吐する音はバレントの耳をつんざいた。それを歯を食いしばりながら聞き耐える。


(人の憎悪という憎悪を一身に引き受けてしまった彼女がまともでいられるはずがない、強がりをしていただけなんだ、彼女はただの人間なんだ………)

看護師という職業についている以上人の表情から感情を読み取ることに長けているのだ、バレントがポンの隠された感情に気付かないはずがなかった。


「ごめんね、私の力じゃあなたを助けられないけど、いつか絶対に助けは来るから………」

彼女は白い廊下を歩く、無慈悲なほどに隔たれたあの空間から一人の女の子を救いだすために………。



そんなとき、ドМ宅では………

「やぁ私の名前は麻木楓あさぎかえで、革命軍のボスだよ」

「は?」

革命軍のボスが鎮座していた。






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