第8話 決着
「わ、わ、わ、ワン様ぁぁぁ」
「どうしたのゲマズ」
「いえ、何でもないですぅ、でふゅう」
「そ、ならいいや」
無駄に体をすり寄らせて来るゲマズをしり目にワンの視線はある一点に注がれていた。
「ヨー・ヘイは対能力者最強、そんなのを相手に彼は悠然と勝って見せた、つまり彼は能力者ではない?ではあの異常な身体能力の説明がつかない………もしや彼は”オリジナル”?いやそれはないか、僕の考えすぎだな」
そこでワンは一呼吸置き隣にいるゲマズに「ねぇゲマズ」と一声かける。
「僕も少し体を動かしたくてね、君に彼女を預ける、頼んだよ」
「………任せてください」
ワンのその言葉と共にゲマズの目の色が変わり、すぐにワンの隣から離れ声をワントーン低くして答える。そしてワンから優しく渡されたポン・カーネの体をを抱きとめた。
「やっぱりそのモードの君は本当に頼りになるね」
「お気を付けて、ボス」
「うん、行ってくる」
まるで綿毛のように体重を感じさせないような飛翔を見せたワンは、そのまま一直線に少年のもとに降りていく。
(最初は監視だけにするつもりだった、第八支部に入っていったときも極力干渉するつもりはなかった、ナインズは突っ込んでいっちゃったけど、負けるとは思っていたけどあそこまで圧倒的にやられるとは思わなかった)
(つまりすべての能力が予想外だった)
(僕は興味があるんだ、君が何者なのか、君のやりたいことはなんなのか、本当は君を確保するつもりはなかったんだけど、もう我慢できない、君は捕まえて僕の糧にさせてもらうよ、副産物もとらせてくれたお礼もかねてね)
空中に放り出された体をひねり気絶しているポン・カーネの方を見やる。
「勝負といこうじゃないか、君と僕どっちが強いかのね」
ワンは笑った、ただただ楽しそうに、無邪気に笑みを浮かべたのだった。
・
「この俺の攻撃を喰らっても未だぴんぴんしているのか」
「あなたの攻撃だからじゃないの?」
「おい、うるさいぞ年増」
「あら、ここに一本の包丁が」
「その程度でびびるとでも………」
「びびる、びびらないの問題じゃないの、私がそれを言ったならばすでにその行動は終わっているのよ」
「はぁお前何を………」
つーっと七の頬に一筋の血が流れる、七は自分の頬に触れ指先についた自分の血を見て目を見開く。
「………いつ切った?」
「さぁいつかしら?」
ファイは包丁についたおそらく七のものと思われる新鮮で真っ赤な血をなまめかしく舌で舐める。
「ふんまぁいい前を見ろ、来るぞ、コード1の開始だ」
「あなたに言われなくてもわかっているわぁ、さぁショーを始めましょう」
ファイは両手に包丁を持ち、まるでいつ来ても構わないとでもいうかのように両腕を広げて待つ。
そこには確かな余裕の笑みがあった。
だがその笑みはすぐに崩されることとなる。
「ばぁ!!」
ファイが瞬きのために目を一瞬閉じ、そして開けた次の瞬間には目の前に満面の笑みを浮かべた少年がそこにいた。
(早い、けどワンほどじゃない)
少年が振りかぶった拳を難なく躱し、カウンターに包丁を首元に向けて突き出す。それを首を180度に曲げて回避する。
「はっ!あなた本当に人ぉ?」
これには著名なシリアルキラーであるファイも呆れ顔である。
「いいなぁお前も!」
対して気にする様子がない少年はごきごきと首を高速で元に戻し、ただ嬉しそうに笑う。
「俺もいるぞ」
ほったらかしにされていた七が眼鏡をくいっとしながら少年の横腹に向けて掌底を繰り出す。
「嫉妬すんなって、お前のこともちゃんと好きだからよ」
少年はその掌底を体の横腹にあえてくらい、その威力を腰を回転させることによって流し、さらにその勢いを利用し軽くジャンプしハイキックを七の顔面に向けて放つ。
七は瞬間移動により少年の背後に回る。
「きんっも!!」
七のその心からの言葉と共に放たれた渾身の正拳突きは少年の背中にクリーンヒットする。
その威力から強風が巻き起こるほど強力な正拳突きであったがしかし喰らった当の本人は何食わぬ顔で光悦の表情を浮かべる。
「これならどう?」
「………」
いつの間にか少年の視界から消えていたファイは四つん這いになり足の健に向けて包丁を振るう。それを過剰なほど高いジャンプで躱す。
「随分と高いジャンプをするのね?」
「あんたの攻撃だけは喰らっちゃいけないからな」
冷や汗を流した少年はしかし余裕の表情を崩さない。
「知っているの?」
「当たり前だろ?ヒーローランカーの人達はもれなく俺の恋人候補だからな」
「あらやだ照れるじゃない」
ファイは頬を赤く染め、土煙を立たせながら音速に近い速度の攻防を繰り返す。彼女は包丁による突き、横なぎ、そして打撃によるフェイントそれらすべては少年に華麗に躱される。
ファイにとっての限界を攻めた速度で繰り広げられる戦いに七は入れないでいた。
(あいつの、包丁を使った戦いに入って少しでも事故れば俺も危険だ)
彼女の能力”ジャック・ザ・リッパー”は包丁で切った場所を空間ごと切り裂くことができる能力、単純ゆえに強い極悪なものである。
ある程度拳を交えたあと、息を上がらせたファイが虚空を見上げたかと思うと包丁の刃先を下に下ろす。
「ふぅ、ふぅ」
「どうした?息が上がってるぞ?」
「疲れたー、こうたーい」
「了解」
その声とともに空中から現れたワンは少年の頬に向けて渾身の蹴りを入れる。ばきっと頬骨が折れるようないやな音と一緒に少年の体は数十メートル吹き飛んだ。
「来たか!ワン!」
吹き飛ばされながらも態勢を立て直し地面に足が触れた瞬間土を踏みぬき、ワンに向かって飛び出す。
「さぁ!全力でやろう」
両者は無邪気に笑い、拳に力を込めながら肉薄した。
・
俺は一体何を求めているのだろうか。
小さいころから憧れていた「かはっ!」という言葉を発すること、それはもう既に柊由香によって叶えられている、では今このヒーロー達と戦っているのはなんのためだ?
最初は俺の愛しい人である柊由香が連れ去られることへの怒りからかと思った、だがもう既にその怒りはなくむしろこの戦いへの高揚感で満たされていた。
俺は一体何を求めて………
「さぁ!本気でやろう!」
「いいなぁ!ワン!」
ヒーローランキング第一位”ワン”こいつとの闘いは俺の心臓の鼓動を高鳴らせてくれる。楽しい、楽しい、命がけの攻防、俺の本気のパンチも蹴りもこいつは軽くいなしてくる。
明らかな格上、俺の攻撃すべてが通じないこの無力感、あぁなんて………
なんて最高なんだ!
「すっ!」
「それっ!」
音速を超えたパンチをワンはしゃがんでかわし、返しのアッパーを俺の顎に当ててくる。
「ふぅ、なら、これはどうだぁぁぁ!?」
「っ!!」
一瞬逝きそうになった意識を取り戻し拳に力を込めて地面を殴る、その衝撃によって地割れが起こりワンの足場が崩れる。
「そこぉ!」
態勢が崩れたワンに向けてもう一度拳に力を入れて腹へと放つ。
「させるか!」
その瞬間、俺の横腹に七の蹴りが入る。それによって体は一回転しそばにあった壁に頭から突き刺さる。
まさに無音、壁に突き刺さった俺に対してファイが足の健に包丁を振り下ろしてきたため、足を逆に蹴り上げファイの手から包丁を落とさせる。
「やるわね」
そのまま背筋だけで埋まった壁を破壊して脱出する。
「………お前ら」
そこで一呼吸おいてヒーロー達を確認する、そのヒーローの誰もが俺を敵視しなんの油断もない殺す気しかない空気を感じる。
「やっとわかったよ」
「ん?なにが?」
「俺の生態についてな、やっとわかったんだ」
「そ、よかった、そんなにうれしいならそのまま僕たちについてきてほしいんだけど」
「それは無理だな」
ワンからの提案を即断る。
俺は最初ポン・カーネのことが好きではなかった、理由はあまり強くなかったからだ、少し期待外れだった。そして地下に落とされたときあった大量の死体を見てもっと失望した、時間が経てば俺の首を刈り取ってくれるような存在に成長していたかもしれない人達を大量に殺していたから許せなかった。
許せない、許せない、そんな感情が俺を支配した、だけどすぐにその考えは変わった。ポンは空間にあった空気を抜き真空にするという殺意しかない技を使ってくれてた。
今はポンには感謝しかない、俺を苦しくさせてくれたから。
俺を苦しくさせるために人を殺すのなら俺はそのいっさいを許せる。
次に現れたヒーロー達にも最初はいらついた、俺の恋人である”ポン・カーネ”を連れ去ろうとしているのだからな。
けどその考えも変わった、こいつらヒーロー達も俺を苦しめてくれる候補たちだ。それポン・カーネを捕まえたことはすべて水に流した。
そして気づいた、俺はどうしようもないМなんだということを。こんなこと恥ずかしくて誰にも言えないけどな。
「愛してるぜぇお前ら」
「「っ!!」」
ヒーロー達はおびえたチワワのように青ざめた顔をする。まるで人外の存在でも見ているかのようだった。………心外だ。
「まぁいい!もっとテンション上げてこうぜ!」
「その意見には賛成だよ!ド変態少年!」
「失礼だな純愛だよ」
「ならばこちらは大儀だ!」
歪んだ笑みを浮かべてワンと俺は拳をぶつけあった。
・
「それにしてもなぜボスはこいつを生け捕りにするのだろうか、殺してもいい存在だというのに」
第八支部のビルの内部、ポン・カーネの身柄の管理を任されていたゲマズは悪人であるポン・カーネへの憎悪を惜しみなく吐き出す。そんなとき急にポン・カーネの体が上に大きく躍動した。
「なん!?」
「っ!」
両手をゲマズにつかまれていたポン・カーネは背中に悪寒を感じ体を震わせながら立ち上がった。油断していたゲマズはついポン・カーネの両手をつかんでいた手を放してしまう。
「目を覚ましたか!?」
ゲマズは驚愕から目を丸くしてキャラにそぐわない大きい声を出す。しかし瞬時に臨戦態勢に入り、太ももにつけていたポーチから小刀を取り出す。
「嫌な予感がした、首を舐められたような嫌な気配がした、今のは一体………」
その予感の正体がつかめぬまま空白の時間が3秒ほど続く、そして、たらっとポン・カーネの頬を伝い、落ちたその瞬間ゲマズが仕掛けた。
(先手必勝!)
小刀を逆手に持ち替えポン・カーネに向かい切りかかる。
「誰よ、あなた」
「かはっ!?」
それをいとも介さず向かってきたゲマズの腹に腰を入れたパンチを入れる。その衝撃はすさまじいもので数秒だけではあるものの白目をむいて意識が飛ぶ。
「今はどういう状況なの?」
外の状況が気になり、崩れた前髪を直しながら下を見つめる。
「あれは………」
彼女の目に留まったのはヒーロー達数人を相手に大立ち回りをするあの少年の姿、ポンはそのヒーロー達の中には第一位”ワン”がいることに驚きが隠せない。
「なぜ、彼はヒーローと戦うの?」
彼女は少し前の記憶をさかのぼる、それはナインズとの戦いに敗れた後のこと、彼が言った「契約をしよう」という言葉だった。
「………そうか彼は私のために」
全く的外れな予想をしながらもポン・カーネこと柊由香は涙ぐむ。その涙をぬぐい、後ろから聞こえた物音の方に振り返る。
「お前は敵だ、なんの罪もない住民を殺し、弄んだ、万死に値する」
「足、震えてるけど?それにいいの?勝手に私を殺すなんて言っちゃって、まぁ殺せるわけないか(笑)」
柊由香は煽るような嫌味な笑顔を浮かべた。
「うるさい!」
ゲマズが生まれたての小鹿のように震える足をなんとか立たせながら柊由香と相対する。
「………ふっ確かに私は悪人だ、それは否定しない、最低な人間だと自分でも思うよ、それでも別に生を手放したいわけじゃない、お前が全力で正義を執行しようとするのなら私は全力の悪で対抗しよう、来い雑魚」
「私はヒーローだ!」
鋭利な小刀の刃を柊由香の首に向けてふるった。
・
8分後
「はぁはぁはぁ、案外手ごわかったな」
柊由香はゲマズの予想外の強さに驚きながら息を整える。彼女の足元には弱弱しい息をしているゲマズの体が転がっている。
「さて、あっちももう終わってるかな………え?」
「あら?正解よ、よくわかったわね」
「なぜ、ここに………」
柊由香が下の状況を見ようと壊れた外壁から顔をのぞかせた瞬間後ろからなまめかしい声が聞こえ、後ろを振り向くと同時に冷や汗が一気にあふれ出す。
彼女の後ろにはいつの間にか少年と戦っていたはずの第五位”ファイ”がいやらしい笑顔を浮かべていた。
「ん?そんなの一つしかないじゃない、あの子は負けたのよ私達にね、まぁほぼワン一人の功績だけどね」
「あり、えない、だってあいつは化け物で………」
「じゃあ私達のボスの方がもっと化け物だったことじゃない?」
「そん、な………」
柊由香は信じられないとでもいわんばかりに顔をゆがめる。だがファイの顔には確かに戦ったような切り傷や内出血があった、それがファイの言っていることの信憑性を底上げしていた。
「じゃあ、おやすみー」
「あ」
首の後ろを手刀で叩かれた柊由香は次の瞬間には意識を失っていた。
場所は変わり第八支部から数100メートル離れた広場
半径50メートルほどの大きなクレーターがいくつも作られたその広場はもともとあった緑ゆかしい雰囲気などどこ吹く風といった感じである。
これを見るだけでここで行われた戦闘はどれだけ激しいものだったかわかる。
「強いよ君は、僕、七、ファイを相手にここまで戦ったのだから」
「………」
「もう答えられないか………」
ワンは目の前に立つ、血だらけの少年にもう声が届いていないことを確認したあと力が抜けたのか、へたっとその場に腰を下ろす。
ワン自身、軽くはない怪我を負っていた。数か所に切り傷と打撲痕のようなものがある。
しかしそんなのとは比にならないほど少年の傷は深かった、打撲痕は数百箇所にもおよび、切り傷はいたるところに存在している。
さらに肋骨、右腕、左腕の骨は粉砕骨折をしており、力なくうなだれている。
今こうして立ちながら気絶しているだけでも奇跡なのだ。
「七、おい、七、生きてるか?」
「………」
半ケツになり、頭から地面に直角に生えている七の体の方に視線をやるが七の体はぴくりともせず、気絶しているのか死んでいるのか傍目からはわからなかった。
だが地面の中から微かな呼吸音が聞こえてきたためワンは七が生きていると判断し、「よっこいしょ」と言いながら立ち上がる。
「さて、彼を回収しないと………なんだ?」
そこでワンは歩みを止める、なぜか?それは理由なき悪寒に襲われたせいである。
数秒ほど、ワンが静観していると、ずっと少年の体が少し動いた。
「まずっ!」
ワンが気づいたときにはもう遅かった。謎の引力によって少年の体は夜の闇へと消えていった。
「あー、やられた」
ワンは今日一番のため息をついた。
肌寒い気温の中満月の淡い光だけがワンのことをほんのりと温めていた。
………ワンは気づかなかった上空を無音で羽ばたいているカメラを携えたカブトムシがいることに………。
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