第9話 姉
「目が覚めたノネ」
「あぁ、俺は負けたのか………」
虚ろな目の中視界に入ってきたのはいつも見ている自分の家の天井、質素で安易なその白い天井を見てほっと息をつく。
少し首を動かして自分の体の状態を見てみるとそれはもう酷い状態だった、元の正常な肌色の皮膚はどこに行ったのかと思うほどアザだらけだった。
俺が負けたということを認識するのにそう時間はかからなかった。
「そう、負けたノネ、それもこっぴどく………悔しい?」
「ごめん姉ちゃん、俺さ全然悔しくないんだ、むしろ人生で一番幸福だと思う」
「はぁ、ほんと呆れるほどのドМなノネ」
俺の頭を膝に乗せながら黒髪のツインテールの子供っぽい顔をしているこの女は全く呆れるほどお菓子が好きな俺の姉だ。(あと語尾がなぜかノネ)
「なんか食べるノネ?」
「”ワンのパンチ”」
「うどんね」
俺の提案は完全スルーされ、深くため息をついたあと姉ちゃんは立ち上がった。
「いてっ」膝枕されたままだった俺は地面に頭をぶつける。
「ちょっと待ってるノネ、すぐ作るノネ」
姉ちゃんはツインテールをほどきポニーテールに髪を束ねたあと、鍋などをコンロの上に置き始める。
ちなみにだが俺に両親はいない、いるのは姉ちゃんと飼っているカメの”サメちゃん”だけだ。
いつも姉ちゃんは昼はバイトをしていて、夜は恐喝しに歌舞伎町のやのつく人達にカチコミをかけに行っている。
もちろんそんなことをやっていれば人の目にもつくわけで、歌舞伎町では”姉御”と呼ばれやのつく人達以外からもお金を貢がれいる。だからお金には困っていない。
多分昨日の夜俺とヒーロー達が戦っていた場所は歌舞伎町の近くだったのだろう、帰り道のついでに持って帰られたのだと思う。
うん、我が姉ながら大分頭がおかしいと思う、俺が言うのもなんだがヒーローに歯向かうのが怖くはないのだろうか。
「あ、そうそうあんたが寝てる間に家にヒーロー達が来たノネ」
「え、まじ?」
「うん、そこにいるノネ」
姉がうどんを混ぜている箸を片手持ち換え体をひねって後ろを振り向き、俺のすぐ横のソファーを指さす。
「うわぁ」
それはもう人間泥団子といってもいい状態だった、全員もれなく息があるがおよそ12人の大の大人たちは縄で一括りにされている。
「あぁ、あれは悪魔だ、勝てっこない、化け物なんだぁ」「無理だ、無理だ、無理だ」「ヒーロー、もうやめよう」「ワンさんの命令だからってこなきゃよかった」
中にはヒーローランキングに名を連ねたことがあるヒーローまでいた。
それをこうもさせるとは………うん、もう一回くらい姉ちゃんと喧嘩したいな。
「あんたは重症なんだからそこでじっとしてるノネ」
「おーけー」
だが今はそれはできないと思い、暇つぶしに天井を眺める。
「今何時ー?」
「午後の3時なノネ」
「うわーおやつの筋トレの時間じゃん」
「今はできないノネ」
「わかってるよ、毒を飲むくらいにするさ」
「「………」」
なぜか場が静かになった、さっきまでがやがやしていたヒーロー達も俺の方を見て絶句している。
姉はいつもどおり呆れてため息を吐いている。
その光景を見て思わずほくそ笑む。
日常が戻ってきた、そんな感じだった。
でも、日常が戻ってきたのは俺だけだ。
………柊は大丈夫だろうか、ヒーローにつかまってしまえばまともな扱いはされていないだろう、早急に助けに行かなくちゃな。
でもこの怪我じゃそれは叶わないしな、仕方ない今は治療に専念するか。
そう考え、今は目を閉じた。
・
ぽつん、ぽつんと朝露が落ちる肌寒い部屋の真ん中にある木製の椅子に縛られている柊由香は一人静かに俯いて時が過ぎるのを待つ。
縛られている縄にはどうやら特殊な加工が施されているようで、能力や普段の超人的な身体能力を出せなかった。
そんな暗い部屋に一筋の光が入る、重く重厚な扉が開かれた先にいたのは眼鏡をかけた少女だった。
鼻筋が真っすぐで綺麗であるにもかかわらずその顔はどこか幼さを感じられる。その大きな要因はあの大きくてクリッとした瞳と150cmという女性にしても小さい身長だろう。
「ふむ、君が第八支部のボスポン・カーネか」
しかしその声は見た目から考えられないほど落ち着いていて、醸し出す雰囲気が大人びている。
「えぇそうよ、もう拷問くらいならしていいわよ、けどその代わり絶対に組織のことについては話さない」
その目からは確かな覚悟が垣間見えた。
「いやいや、そんなことは気にしなくていいよ、絞り出すだけだから♪」
ひょうきんな声色で喋るその少女だが、携える瞳だけは冷たくポン・カーネを見つめていた。
少女が出す威圧にポン・カーネは唾を飲み込む。
「さて始めようか、覚悟はいいかい?」
白衣から細長い針を取りだした少女はそれだけを告げ、そして特徴的な犬歯をむき出しにして笑った。
「やれるもんならやってみ……」
ポン・カーネの続く言葉は額に針が突き刺さった瞬間そこで止まり、力なく項垂れる。
「さて、と」
突き刺した本人である少女は一人邪悪な笑みを浮かべて、額に刺さっている針を抜く。
「ボスの所在は?」
少女が針に向かって聞くと、針はひとりでに動きだし鉄製の地面を削りながら文字を形成していく。
"分からない"
「ふむ、では他の支部の場所は?」
"分からない"
「はぁこいつはやはり捨て駒のようだな」
少女は深くため息を吐き、天井を仰ぐ。無機質な天井を永い間見つめ、視線をポン・カーネに戻す。
(革命軍の実態はいまだにつかめない、つかめていたのは第八支部の所在のみ、それ以外はまるで分らない、おそらくだが第八支部は革命軍にとっての隠れ蓑的な存在なのだろう、大本が来るのかと期待して監視だけにとどめていたが無意味だったかもしれなかったとはな)
(そして今、日本中で行われている革命軍の布教活動をしているのは末端の構成員達、その活動の過激さは日に日に増していっている、第八支部の幹部を捕まえたことを建前に蜂起を起こさなければいいが………)
「本当に厄介なものだ」
再び大きくため息を吐く少女、彼女の正体は第10位”テンヒ”、またの名を”拷問官”。メディア露出を嫌うヒーローである。
・
あの事件が起きて二か月後の東京の街は騒がしかった。
「二か月前、革命軍第八支部を襲撃した少年の動向はつかめてはいるものの向かわせたヒーローがすべて行方不明になることから、今は手を引いているとのこと、そして警察はこの少年を未成年でありながら指名手配犯にするようです………えぇそして次のニュースです」
東京の街中、淡々としゃべるアナウンサーが特徴的なニュースを垂れ流している電光掲示板の下をせわしなく社会人達が行きかう。
しかし、今日ばかりは様子がおかしかった。
「世界はもうすぐヒーローに支配されてしまう!皆さんも世界のためにヒーローをこの世界から追い出しましょう!」
「ヒーローに異端者がいますか?いいえいない!これは差別だ!ヒーローとは名ばかりだ、本当の正義は我々”革命軍”にある」
さわがしい路地においてさらに騒がしく声を張り上げる革命軍の末端の構成員がいた。
今までは通行人に無視されていたが最近は違う。
二か月前動画サイトに流されたポン・カーネ対ナインズの戦いはあまりにも残虐的なものだったためいい印象にはならなかった、さらにそのあと追加されたポン・カーネ背景の情報によって日本国民は完全にヒーローに対して不信感を持つようになる。
それもすべて革命軍の仕業ということは誰しもが理解していたが、流された映像がありのままの事実だったため、それを受け入れたうえで革命軍に入る人間は増えていた。
「俺も、革命軍に入りたいんだ」
勧誘に乗ってきたその人物はまるでカエルのように瞳孔が大きく、瞳の中に白い部分はほぼ見えない、さらにその肌は艶やかで湿っぽく、どこか荒々しさすらある体表は決して人間のそれではなかった。
だがそれ以前に体中につけられた打撲痕、切り傷はとても痛々しかった。しかし、道を歩く普通の姿の人々はその姿を見てただただ顔をしかめるだけで、まるで助けようとしない。これが今の日本の現状だった。
「えぇ、あなたなら大歓迎です」
そう答えたのはゴキブリのような触覚をたらした、詐欺師のような笑みを浮かべた喪服を着た男は腕を大きくふるって受け入れる。
以前からでも異端者からの支持を多く集めていた革命軍はこの事件をきっかけに全国にいる異端者のうち約9割が革命軍に入るという快挙を成し遂げていた。その理由はポン・カーネが狐の姿をしていたことも起因しているからだろう。
「俺、カエルみたいな見た目だから学校でもいじめられてて………さっきも財布盗られたし、でも、革命軍には入るなって親が言ってて、でも、でも、ここなら僕を受け入れてくれるかもって思って………」
「周りは気にしなくていいのです、我々と共に歩けばその悩みはすべて解決されることでしょう」
「は、はい!あの俺、あなたたちについていきます!」
「えぇ、それが正解………」
ゴキブリの触覚を持っている男が続く言葉を言おうとしたときビルの裏から強烈な爆裂音がした。まるで大砲でも打ったのかと思われるほど大きいその轟音はその場にいたすべての人の目を引いた。
「一体、何が………」
ゴキブリの触覚をひくつかせ、ビルとビルの隙間から出てくるであろう化け物の気配に冷や汗を流す。
「………」
そこから出てきたのはまさしく美人といって差し支えないスレンダーな黒髪の女だった。
「え、あれは………」
さっきまで入信しようとしていたカエル顔の男は女が片手に持っている三人ほどの人間でできた球を目を丸くして眺める。それは先ほど自分から財布を強奪していった、悪漢どもであった。その人間達をボール状に丸めていたのだ。
「これ、あんたの財布、あそこの路地裏で無理やり取られてたでしょ?」
「え、あ、ありがとう、ございます」
「ん」
100mほど離れた場所かた1秒とかからずカエル顔の男の前まで飛んだその女は手に持っていた三人のうちの一人から財布を抜き取り、カエル顔の男に渡す。
茫然とされながらも感謝された女は少し顔を赤く染めながら、その場を去ろうと一歩踏み出したところで歩みを止めた。
「あー一つだけ助言してあげる、いじめられるのが嫌ならちゃんと言わなきゃだめだ、つらいことから目をそらして逃げて、逃げて、逃げてるだけじゃまた別のやつに付け込まれるぞ、だからお前は誰かに頼るんじゃなくて自分が強くなればいいんじゃないか?」
女はゴキブリの触覚を持つ男を人睨みしたあと、手をひらひらさせてその場を去っていく。
「っ!ま、まぁあんな女のことなんて気にせず私達は入隊の手続きを………」
背筋が凍るような体験をしたゴキブリ男だったが、今一度カエル顔の男の方を向き、話の続きをしようとしゃべりだすが、そのカエル顔の男はまるで自分を見ていないことに気付く。
「俺、やっぱり革命軍に入るのやめます、進むべき道が見えました」
「はぁ?貴様何を言って………」
急に言われたその言葉に激高したゴキブリ男は思わずカエル顔の男の腕をつかむ。
「放してください」
「お前は革命軍にはいるべきだ、きっとこれからもお前を見下す輩は呆れるほど湧いてくるぞ、だが革命軍に入ればお前はもう傷付くことはない」
「それじゃ俺は弱いままだ」
「弱くていいだろう!何が不満なんだ!」
腕を握る力をさらに強める。
「………正直、まだ未来は怖いよ、これからどうやって生きていけばいいのかって思う、暗くて、暗くて、足を止めてしまいそうになるけど、それでも”光”はあった」
カエル顔の男はつかまれている手を振り払い、走り出す。
「くそがっ!」
ゴキブリ男は苦虫を嚙み潰したようように顔をゆがめ、地団駄を踏んだ。
「あの!俺、あなたについていきたいです」
「はぁ?」
先を行く女に追いついたカエル顔の男は肩で息をしながらも輝いた瞳でそう言った。対する女は急なことで頭を傾けている。
「俺、あなたについていきたいんです、あなたのような”ヒーロー”に!」
「………そ、師匠って呼ぶならついてきてもいいわよ」
「はい!師匠!」
女は案外単純であった。
「それで師匠は今からどこに?」
「え、あーそれは………パチンコ屋に行こっかなって」
「パチンコ屋ですね!そこに悪い奴がいるんですね!」
「え、あ、まぁ………」
「ならすぐに行きましょう!」
「う、うん」
気まずい顔を崩さない女の本当の目的は純粋にパチンコを打ちにいこうとしていただけであった。
女の名前は加恋、約二か月前にヒーローを退職させられ、挙句財布を盗られ、奪い返そうとしたら謎の少年に会い、結局文無しとなった、少しばかり不幸な女である。
そして今は生粋のパチンカスとして昼で稼いだバイト代をパチンコに溶かしていた。
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